01
ここは、こじんまりとした町の路地裏。
幼気な小動物がまさに今、鼻息荒く目を血走らせた二人組に追い詰められようとしていた。
「いい? フィリア! これを逃せば私たちに待つのは死あるのみ! 死ぬ気でやんなさい! 行くわよ!」
「はい、アレク様! 今日の晩御飯にかけて私やり遂げます!」
「よく言ったわフィリア! 左右から攻めるわよ! さん、にい、いち、今よ!」
「うっす!」
姿勢を低くした2人――ド派手な化粧を施した元勇者アレクサンダーと、メイド服を着た平民の娘フィリアは雄叫びを上げた。
本日の依頼――依頼主の大事な飼い猫を探し出すこと。この報酬を逃せば、今夜は絶食確定である。
であるからして、逃げ出した子猫を鬼気迫る表情で捕獲する事を試みたのだった。
「この……! ちょこまかするのはおよしなさいっての!」
「アレク様の顔が怖いから逃げてるんじゃないですか? 笑顔! 笑顔ですよアレク様!」
「だまらっしゃいフィリア! アンタだって見られる顔してないわよ!」
それもそのはず。この2人、もう3日程まともな食事にありつけていなかった。今日の依頼を失敗すれば名実ともに餓死一直線なのである。
「あ! アレク様! 猫ちゃんが!」
「あ、嘘……嘘よお!」
子猫は「ぎにゃッ!!」と怯えた悲鳴を上げ、まるで魔王に追われているかのような速度で駆け出した。小猫は2人を気にする様子もなく一目散と逃げていく。
がくり、とアレクサンダーは鍛えられた体を小さくして地面に膝をついた。
アレクサンダーはフィリアと出会った当初は、上半身裸にサスペンダーの付いたズボンという変態まっしぐらな格好をしていたのだが、フィリアと共同生活をすることとなったため、嫁入り前の小娘に見せるものではない、ということで今はまともな格好をしていた。
フィリア的には目の保養でしかなかったため、残念に思っているのだがそれをアレクサンダーが知ることはない。
「アレク様元気出してください……ほら! あそこに生えてる雑草食べてみたら美味しいかもしれないじゃないですか!」
フィリアは落ち込んだままのアレクサンダーの逞しい背中を慰めるように、コテコテと磨くように撫で続けた。
そして目についた道端の雑草に目を付けたのだ。
「何を言っているのフィリア……バカも程々にしなさいよ!」
「ええ……でもほらアレク様! 雑草のわりに凄く活き活きとしてるじゃないですか? 食べられるってことです……よ」
フィリアは爛々と輝かせていた瞳を曇らせると、さっと顔を逸らした。
今まさにフィリアが目につけた雑草へ野良犬がおしっこをかけていたからだ。
つまり、活き活きとしていたのは、何かしらの栄養があったからなのだった。
「う、うぷっ」
「ちょっと、フィリア! だから言ったのよ、やめなさいって。これに懲りたら拾い食いなんてしたらだめよ?」
「は、はいい。うっぷ、うぐ」
フィリアだって平民ではあるが、拾い食いなどしたことはなかった。
だが、吐き気が止まってくれなかったので、アレクサンダーの言葉に渋々と従順に頷いたのだ。
アレクサンダーは派手な化粧の施された端正な顔立ちを心配げに歪ませると、蹲ったままのフィリアの背を優しく撫でてやった。
「アレク様あ……フィリア歩けそうにないですう」
「子供じゃないんだから甘えないで。立ちなさいな」
「アレク様あ。立てないですう。えーんえーん……」
勿論フィリアのそれは噓泣きでしかない。鼻を啜る乾いた音がフィリアから聞こえている。
フィリアはアレクサンダーがこのような見た目になったことを良いことに、遠慮なしに甘えまくっていた。
つまりは、以前のように男性らしい見た目をしていれば、フィリアはこのように甘えることはなかったのだろう。
今の女性らしいアレクサンダーの見た目は、フィリアの警戒心をあまりに容易く取り払い、なんなら同性に向けるような遠慮のなさを獲得していたのだ。
「……フィリア。立ちなさい」
「やですう。アレク様、アレク様あ。抱っこしてください~! えーんえーん!」
「もう……あんたって子は本当に困った子なんだから。……わかったから泣き止みなさいよ」
アレクサンダーはため息を吐くと、えんえんと泣き続けるフィリアを簡単に抱き上げてやる。
勿論フィリアのこれは嘘泣きでしかないため、フィリアはアレクサンダーの見えない所でにんまりとほくそ笑んだのである。
「アレク様いい匂いです~」
「こらっくすぐったいじゃないの! すり寄るのはやめなさい!」
フィリアはそんなアレクサンダーの言葉を無視すると、子供のようにアレクサンダーの逞しい首に両手を回して抱き着く。
アレクサンダーは見た目に反して、クラクラするくらい甘くてスパイシーな大人の男の人の匂いがする。
フィリアはあまり男性が得意ではなかった。けれど、どうしてかアレクサンダーだけは大丈夫だった。
それは過去に魔物に襲われている時に、アレクサンダーに助けてもらった事によって、盲目的な信仰心になってしまっただけなのかもしれない。
けれど、フィリアはアレクサンダーがどんなに変わったとしても、元気でいてくれるならそれだけでいいのだと思っていた。
自分の知らない所で誰かと結ばれるとしても、見向きされなかったとしても、虫けらのように見られたとしても。
だって彼はフィリアにとっては神様で憧れの人で恋愛感情あるなしに限らず、ずっとずっと大好きな人に変わりないのだから。
アレクサンダーはため息を吐きながらも、その腕に宿る力は驚くほど優しかった。
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