魔王を倒した憧れの勇者様が、なぜかオネエになってました!?

世捨人@亀更新

プロローグ

 勇者により魔王は倒され、穏やかな平安が訪れてから5年ほどが経過していた。

 かつては王配に、と祭り上げられていた勇者であったがそれは叶うことがなかった。そして、誰とも結ばれることのなかった勇者は、辺境の外れにある小さな町の一角へ店を建てることとなる。

 その店は金さえ積めばどんなことでも請け負ってくれるという風変わりな店だった。

 そんな勇者の店の前で緊張したように深呼吸するのは、かつて勇者に魔物から助けられた娘であった。

 娘の名前はフィリアといい、彼女は何の取柄もないしがない平民だ。

 フィリアは再度深呼吸をすると、意を決したように扉の取っ手に手をかけた。

 ふわりと、店の中からは艶っぽい大人の香りがしていた。

 フィリアは妙に動悸が高まるのを感じて、思わず抑えるように胸の上にある服を握った。


「ごめんください……」


 店の中は薄ぼんやりと暗い。

 フィリアは恐る恐る店の中に踏み込んでいく。

 店の中の壁にはよくわからない道具がたくさんかけられていた。

 黒く光沢のある細長い棒の先には、ぴらぴらとした物がついている。

 二つの輪っかのような物に鎖のようなもので繋がった物もあった。

 他にはのこぎりや、鉄でできた大きな女性の像のような物まであるようだった。

 フィリアは何の用途で使うのか甚だ分からないままであった。

 しかしフィリアは勇気を出して、再度店員を呼び出してみたようだ。


「ご、ごめんください……誰かいませんか?」


 がたり、と店の奥から物音がした。フィリアは不安そうに背を丸めて音がした方を凝視した。

 軽やかな音を立てて誰かがこちらに向かってくるのがわかった。

 フィリアは期待に胸を高めると、ごくりと唾をのんだ。


(勇者様に会えるんだ……!)


 期待で手に汗をかいている。フィリアは慌てて服で汗を拭った。

 しかしそんな期待を他所にフィリアはあんぐりと口を開いた。

 店の奥から出てきたのは、ド派手な化粧を施した上半身が裸の男性が現れたからだ。

 上半身が裸にも関わらず、サスペンダーの付いたズボンを履いている。

 その晒されている上半身の体は妙に鍛えられているからなのか、何だか艶めかしく、フィリアはさっと視線を逸らした。

 しかし、とフィリアは冷静に思考した。


(え? え? え? このお店って勇者様のお店よね? もしかして、私間違えちゃったの!? でもでもでも、そんなわけないよね……? だって何度も確認したもの!)


 ド派手な化粧が施された勇者らしき変態は、フィリアに視線を合わせると女性らしい動きでくねくねと体をくねらせた。


「いらっしゃ~い♡ あらやだ♡ とんだ可愛い子ちゃんだこと♡ 一体誰の紹介なの、か、し、ら♡ 何がお望み?♡」

「ひえっ、あの、あのあの~! 私、勇者様に会いに来まして……! いらっしゃいますか……?」


 くねくねと動いていた勇者らしき変態はぴたり、と動きを止める。

 派手な化粧が施されても尚分かるほどの端正な顔立ちをしている。

 勇者らしき変態は、忌々し気に深く眉間の皺を刻むと、愛想も何もかもを取り払い深い深いため息をついた。


「へえ? お生憎様。かつて勇者で魔王を倒したのはこの、ア、タ、シ♡ 幻滅したかしらん♡ 気が済んだらさっさと帰んなさい小娘。ここはアンタが来ていい場所じゃないの♡」


 元勇者は目を吊り上がらせている。

 声は怖いくらい甘いのに痛いくらい刺々しかった。

 しかしこの娘、甚く面食いであった。美しければ何でもいいのである。

 睨まれているにも関わらず、フィリアはぽっと頬を染めていたのだ。そして、フィリアは思ったのだ。


(確かに、以前の勇者様は男らしくてかっこよかったけれども……今の勇者様も別の意味で目の保養になるなあ)


 と。フィリアは元勇者の言葉を右から左に聞き流していた。つまりは、話を聞いていなかったのである。


「あの、ここで働かせてください! 一生のお願いです! 働かせてください!」

「……なんて?」

「ここで働きたいんです!」

「なんなのアンタ。人の話聞いてる? ねえ、ちょっと……?」

「働かせてください! 掃除! 洗濯! 料理! 一般的な家事は何でもできます! 平民ですので雑草魂もあります! へこたれません! 頑丈です! 私、やれます! ここで働かせてください!」


 フィリアは、元勇者に喋る隙を与えないままくどくどと自己アピールしている。

 しかし、元勇者は何か惹かれるものがあったのか考える仕草をした。


「……お菓子はつくれるのかしら」

「簡単な物なら作れます! クッキーやカップケーキなら作れます!」

「ふうん。ねえ、ダンルンダも作れたり……するのかしら?」

「うちの郷土料理です! 作れます! ここで働かせてください!」


 しかし、これが決定打となった。

 フィリアは無事この元勇者の店で働く権利を勝ち取ったのである。

 本当であればフィリアは勇者の顔を一目見て、帰る予定だった。しかし、フィリアは思ったのだ。「勇者様に一体何があったのだろうか? 私はそれを知りたくてしょうがない」と。

 かくして、元勇者であるオネエ様と、面食いな平民娘の奇妙な共同生活が始まるのであった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る