縁結びの女神様、誤爆する~俺と良縁で結ばれたのは女神様だった!?~
源朝浪(みなもとのともなみ)
琴姫神社の縁結び
ネットで見つけたご利益最強の触れ込みの神社『琴姫神社』。縁結びの神社として有名であるらしいこの神社に、俺は全てを賭けることにした。
俺――
容姿は、可もなく不可もなくと言ったところか。少なくとも不細工ではないと自認している。成績はそこそこで、運動は割と得意。スペックだけで見れば、どこにでもいるような平凡モブそのもの。
「これが、俺の限界なのか!?」
「否!」と俺は叫びたい。何故なら彼女が欲しいから。
そういう訳で良縁を求めた俺は、ご利益最強とネットで噂の神社へとやって来た訳だが。
「う~ん、この寂れた感じ。交通の便も悪かったし、本当にこんなところが縁結び最強なのか?」
境内の中は、一応手入れはされているようだけど、
本当に縁結びの神様としてご利益最強なら、もっと需要がありそうなものだけど。
とりあえず礼に則って、お辞儀をしてから鳥居をくぐり。敷石の中央を歩かないように左に寄って社殿の前までやって来た。
建物は、はっきり言って古い。傷んではいないようだけど、ところどころ苔むしているし、風格があるかと問われれば、「それなりにある」と答えるだろう。
賽銭箱の上に取りつけられた大きな鈴と、そこから垂れ下がっている、お世辞にも綺麗とは言えない太い綱。年季の入った佇まいは、これはこれで神聖な雰囲気と思えなくもない。
俺はこの日のためにと稼いできた一万円札を、財布から取り出す。
「頼むぜ~、俺の一万円。しっかりと神様に俺の願いを届けてくれよ~」
そうして、俺はその一万円札を賽銭箱の中にそっと差し入れた。
二礼、二拍。そして願う。
どうせ誰もいないのだからと、俺は精いっぱいの大声で、こう告げた。
「神様お願いします! 俺に彼女をください! 贅沢は言いません! ずっと隣にいてくれて、傍で笑ってくれる人がいいです!」
思い切り、最後の一礼で深々と頭を下げていると、つらいコンビニバイトの日々を思い出す。
高校生で新人だというのに連日のクレーム対応。しかもそのほとんどがカップルで、彼氏側が調子に乗っているタイプばかりだった。何故か俺が勤務の時はいつも店長が不在で、現場リーダーはやる気のない大学生のお兄さん。頼れる相手もおらず、俺は単身、クレーマーに立ち向かうしかなかった。
それでも俺は一度たりとも笑顔を崩さなかったし、全てのお客様に、最後は納得してお帰りいただいたのである。これは俺の誇り。誠実であることこそ、人には重要なのだと、そう思っているから。
「本当に最低限でいいんです。俺の傍で笑っていてくれる人なら……」
さて、言うべきことは言った。あとは縁結びのお守りでも買って帰ろう。そんな風に踵を返そうとした時だ。
場の空気がキリッと引き締まり、社殿の奥から光が溢れる。
あまりに強い光に右手で目を覆い隠していると、やがて光は収束し、社殿の方から「シャラン」と鈴の音が鳴った。
何事かと手をどけてみれば、賽銭箱の向こうには、それまでいなかった美少女の姿。巫女服に似ているが、もっと煌びやかで、神々しい装い。風になびく長い黒髪すら、キラキラと光を放って見えるほど。
「よく来たな。お前の願い、聞き届けようではないか」
声もまた透き通っていて、爽やかさを伴いながら耳に届く。まるでこの世のものではないと思うほどの、絶世の美少女。
その彼女が言ったのだ。「願いを聞き届けよう」と。
「それにしても一万円とは……やり過ぎだろ……」
加えて、小声でそんな風に言ったような気もするけど、とにかく俺はその彼女に声をかけた。
「えっと、あなたは?」
「この神社で祀られている子宝と縁結びの神、琴姫だ」
確かに神がかった登場の仕方だったけど、神様が目の前に現れるなんて、そんなことある訳がない。
「何だ、その顔は。疑っておるのか? 信心の足りぬ者に授ける加護はないぞ?」
やや冷ややかに見えるが、どこか人間くさい仕草。何と言うか、無理して強がっているかのような。
「いえいえ、滅相もない! ただ突然のことでしたから、少々驚いてしまって……」
嘘は言っていない。
ただ、確認したいことがある。
「あの、琴姫様が、俺の願いを叶えてくれると、そういう認識でいいんですよね?」
「そう言っているだろう。ほれ、左手を出せ。お前に良縁を結んでやる」
言われるままに俺は左手を出したが、それを取る琴姫様の手は少し震えていて、落ち着かない気分になる。
「手が震えてますけど、何かありました?」
「い、いいや! 何もないぞ! 同業の女神が結婚ラッシュで焦ってるとか、そういうのでは決してないからな!」
語るに落ちるとはこのことか。しかし、彼女の手は温かくて、触れられていると何故だか落ち着く。
彼女は俺の左手の小指に両手で触れると、顔を近づけて、何か祝詞のような言葉をぶつぶつと唱え始めた。
正直、それだけでドキドキする。こんな見たこともないような美少女が、俺の手を取って、顔を寄せているのだから。
けど、しばらくすると、小指の根元辺りが段々熱を帯びてきて。それがこそばゆくて、俺の手が一瞬震える。
「こら、動くな。縁が乱れる」
「俺の心音はもう乱れてます」
「なら心臓を黙らせろ」
「それじゃあ神様じゃなくて、仏様のお世話になっちゃいますよ」
「何!? それは許せん! 営業妨害だ!」
と、琴姫様が声を荒げた瞬間だった。
シャララランと神々しい鈴の音が鳴って、空中に光る板が現れる。
「おっと、すまない。同業からの連絡だ……」
何だかSNSみたいな機能だなと思ったけど、ここはあえてツッコまず。ことの行く末を見守ることにした。
「……って、はぁ!?」
急に狼狽えだす琴姫様。何事かと、俺も光る板を覗いて見れば、そこには『祝・あまめ入籍しました♡』の文字と「大吉」と書かれたスタンプ。
(完全にLI○Eだ。これ……)
神様もこんなものを使うのかと面食らっていたのだが、琴姫様の反応は凄まじく、目が完全に闇堕ちしていた。
「こいつ……、格下のくせに私より先に結婚だと?」
琴姫様の動揺は明らか。でも俺にはどうすることもできない。
「あっ……」
琴姫様の間の抜けた声。
次の瞬間、俺の左手の小指からは赤い糸が伸びて、それが琴姫様の左手の小指と繋がってしまった。
「……これって、運命の赤い糸ってやつですか?」
「残念ながらその通りだ。しまったな……」
「残念ってどういうことですか!」
この状況で残念がられるのは、俺としては甚だ遺憾である。
この状況は俺が望んだ訳ではないのだし、赤い糸で結ばれた相手が俺で残念なんて言われたら、流石に傷つくというものだ。
「いやいや! これは事故だ! 業務上の
さすがに慌てた様子の琴姫様を見て、俺も心配になって来る。
「この糸って、このままだとどうなるんですか?」
「このままでいたらどうにもならん。お前と、別の人間の女性の縁を結び直さなければ」
「でもまずこの糸を外さないとですよね? どうすれば外れるんです?」
「……わからん」
「へ?」
「わからんと言っている! そもそも、私の仕事は縁を結ぶことであって、縁を切ることではない!」
どうやら女神様にも、間違って結んだ縁のほどき方はわからないらしい。
「いいか? お前は私に惚れるなよ? 私もお前には惚れない。それでとりあえず縁は定まらない」
「……ちなみに片方でも惚れたら?」
「糸の効果は強くなる。それがこの赤い糸の効果だ」
つまり片方でも相手に惚れた時点で、縁が定まる方に向いてしまうということか。
(理屈はわかったけど、人間と神様でも縁って成立するんだな……)
そんな風に考えていると、琴姫様は強い口調で念を押してくる。
「絶対に惚れるなよ? 私がどんなに魅力的で麗しい女神だからと言って、惚れたら許さないからな!」
「そこまで頑なに拒否られると、逆に振りっぽいですけど?」
「振りじゃない! 私だって彼氏欲しいけど、これは振りじゃないからな!」
そんな訳で、俺と琴姫様は、お互いを意識しないようにしながら、今後の対策を練ることになった。
と、ここで琴姫様が何かに気付いたように視線を参道の方に向ける。
「まずい! 誰か来る!」
俺は琴姫様に手を引かれ、そのまま社殿の中へ。そして、その奥にあった
御簾の中側からは外の様子が見えるが、光の加減もあるだろうから、向こうからは見えないはず。しかし、何が気になるって、琴姫様との距離が近いことだ。
「琴姫様、近いですって」
「仕方ないだろ。ここは元々神器が納められるための場所。つまり私一人用なんだ」
その神器というのが、見たところ陰陽石と呼ばれる物で、ネットで見た限りでは子宝の象徴なのだとか。
(子宝の象徴の前でこの至近距離……。正直気まずい……)
でもそれは琴姫様も同じようで、少し頬が赤く染まって見える。
「いいか? 声を出すなよ? 向こうに聞こえてしまうかもしれん」
「琴姫様の吐息はばっちり聞こえてますけどね……」
「聞くな。耳を塞げ」
「それは構いませんけど。でも、これって。いわゆるガチ恋距離ってやつでは?」
「ええい! そういうことをいちいち口にするな! こっちが恥ずかしくなるではないか!」
「しっ! 琴姫様、声が大きいですって……」
参道を通って境内にやって来たのは、一人の女性。歳は二十代前半と言ったところか。不細工ではないが、美人とは言い難い絶妙なライン。様子からすると、目的は俺と同じなのかもしれない。
女性は恐る恐ると言った感じで社殿の前まで来ると、賽銭箱にお金を入れて、大きな鈴を鳴らし、参拝を始めてしまう。
「神様。お願いです。私に彼氏をください。高身長で、高学歴で、高収入で、イケメンで優しくて、包容力があって、私だけを見てくれて――。できれば、ありのままの私を好きになってくれる人がいいな」
最初は威勢のいい大声だったのに、最後の一言だけは呟くような小声で、俺はそれが妙に気にかかった。
「たった五円で注文が多いな。最近の若者は……」
琴姫様はそんな風に言ったけど、すぐにあの光の板を出して、何やら検索し始める。
「ええと、高身長のイケメンで、高学歴で高収入。気立てが良くて、浮気をしない。そんなところか……」
琴姫様が入力したのは、そんなスペックの部分だけだった。それでも、光る板は、まるでマッチングアプリかのように、何人かの男性をピックアップして見せる。どうやらこの光る板は、神様用のスマホかタブレットと言ったところなのだろう。
「いまいちパッとした男が出ないな……。どれも最良とは言えん……。このアプリ、壊れてるんじゃないか?」
(アプリって言っちゃったよ、この女神……)
琴姫様も困っている様子。しかし俺にはどうにも食い違いが起こっているように思えて、それを琴姫様に伝えることにした。
「あの~、琴姫様? 彼女の言っていた『ありのままの自分を好きになって欲しい』の部分で検索してみては?」
「何と言っている。それでは彼女が言っている条件に合わないではないか」
「いや、だから。その条件の重要な部分が間違ってるんじゃないかと……」
琴姫様はジト目で俺を見つつ、疑うように俺の言った条件を入力する。すると。
「お? これは――」
ピックアップに上がったのは一人の男性。データ的なスペックでは彼女の言った条件とはかけ離れているが、優しそうで穏やかな笑みを浮かべている。
「これは良い縁ではないか。この男で決まりだな」
琴姫様がそっと祝詞を唱えると、社殿の軒下に掛けられていた風鈴が鳴った。もしかしたら、これが念願成就のサインなのかもしれない。
もちろん女性のそこまで見通すことはできないだろうが。それでも彼女は、来た時よりも晴れやかな顔で境内をあとにする。きっと、最後に本音の部分を口にできたことも、気持ちの整理に繋がったのだろう。
「ありのままの自分を好きになって欲しい、か。でもそれって欠点も含めて好きでいてくれるってことだから、すごく素晴らしいことですよね」
「……確かに。本来縁結びとは、条件を満たした相手と結ばれることではなく、心を結ぶ相手を見つけることだったな」
俺と琴姫様は静かに笑い合う。それがどうにも心地よくて、俺はこの時間がもっと長く続けばいいのにと、そんな風に思ってしまった。
ともあれ、これで参拝者の女性の件については一件落着。しかし、肝心の俺たちの問題は未解決のままである。
「さて、あとはこの赤い糸をどうするかだが――」
「あの、すいません。俺の願い、もう叶ってるかもです。隣で一緒に笑ってくれる人が、ここにいます」
琴姫様は答えない。でもその表情はこれまでの自分の言動を思い起こしているようで、彼女はそのまま耳まで真っ赤にして、顔を伏せてしまった。
すると次の瞬間。
シャララランという神々しい鈴の音とともに、例のメッセージアプリが起動。他の女神様と思われる方々から、次々と祝辞の声が届く。今回は、どうやらグループチャットらしい。
『お、そっちもカップル成立か~! おめでとう!』
『ついに琴姫ちゃんにも春が来たんだね~』
『結婚式には呼んでくださいね? 何ならうちの神社で神前式でもいいですよ~』
さらに琴姫様への追撃は続く。
彼女が自らの宣伝に使っていたのであろうBOT機能が更新され、新たに「ここで私も幸せになりました~!」と文言の添えられた投稿がネット上に拡散されたのだ。
「おい! 宣伝の文言を勝手に増やすな!」
「いいじゃないですか。これでネット上の噂じゃなくて、本当にあった真実になったんですから」
「勝手に真実にするな~!」
最初はほんのりとしか見えていなかった赤い糸。それは今では、はっきりと見えている。
こうして俺たちの縁は結ばれた。今後どうなるかは、もちろん俺たち次第だけど。
縁結びの女神様、誤爆する~俺と良縁で結ばれたのは女神様だった!?~ 源朝浪(みなもとのともなみ) @C-take
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