第3話「冒険者ギルド」

 ぐーぎゅるるる……。


 痛みを伴うほどの空腹に顔をしかめるキャシアス。


「はぁ、おなかすいたなー」


 周囲には忙しそうに動き回る市勢の人々がいた。

 皆、険しい顔をして、たくさんの荷物を誇んでいたり、額に汗して道具をふるっている。女の人だって、山のような荷物を運んだり鋭い刃物で何かを刻んでいたりとだれもかれもが一心不乱に働いていた。


 これが市井。

 これが世間────。


「邪魔だぞ、小僧!!」

「うわ!」


 ぼんやりと立ちすくんでいた。キャシアスを背後から蹴り飛ばさんばかりに押しのけるのは、露店のおじさんだ。

 どうやら、仕入れに行っていたらしく、朝いちばんの商品を並べるべくこれから回転準備の様子。


 何を売っているか知らないけど、それよりも目を奪われたのはおじさんはかじっている干し肉だった。

 どうやら時短至上主義なのか、食べながら作業するのが日常らしい。


 露店に商品を並べつつ、カジカジ。


「……なんだてめぇ! 金もないのに、ジロジロみてんじゃねーぞ!」

「う……」


 か、かね。

 そうだ、お金──!


 おじさんが並べだしたのは、郊外で収穫したらしい野菜類だった、

 土付きの物も多いが、どれも瑞々しい……。


「ごくり!」

「けっ。物珍しそうに見てもやらねーぞ。……ったく、このところ、魔物の影響で浮浪児だらけで嫌になるぜ────ん?」


 ふ、浮浪児?!

 僕が浮浪児だって────!


 思わず、反論しようとしたキャシアスだが、言われてみればまさにその特徴にドンピシャだった。


 家もない

 金もない

 なんなら、汚い──。


「ぐ……」


 金。

 金。金!!


 なにをするにも金が要るらしい。

 そういえば父も金だの投資だのと叫んでいたっけ。


「──おい、小僧。お前、親は?」

「え? い、いや……その──」


 急に眼踏みすうようななおじさんの目に思わず震えるキャシアス。


「ふん。その様子だと最近に親を亡くしたってところか? どっかの商人の跡取りかなんかだろ、意外と小綺麗な格好しているガキはたいていそうなんだよ」

「え、う……」


 見知らぬ大人との会話なんて習っていない。

 それに粗野な言動──。


「ほれ、食いな」

「へ?」


 急に投げ渡されたのは、紫の物体。

 ……なすび?


「ふんっ。一回だけだ──次に付きまとったら、小便ふっかけるからな!」

「い、いや、僕は物乞いじゃ──」


 け!


「その身なりでよく言う──……どうせ、王都に来たてで、親も失って当てもないんだろ」

「う、うん……」


 正確には親がいると言えばいるのだが──いいか……追放された身だし。あんなのもう親じゃない。


「ふん、だったら、まずは仕事をみつけろ。そんで寝床を確保して、身綺麗にしてな──そしたらとりあえず人に好かれる。食っていける」


 え?


「教えるのも一回だけだ。ほら、わかったらとっとといけ! 開店の邪魔だ!」

「う、うん! ありがとう!!」


 もらったナスビを大切に抱えて駆け出すキャシアス。

 どうやら、平民街にも親切な人がいるらしい。


 今は何もできないけど、何かの時に恩返しできればと心に刻んでその場をあとにした。

 そして、キャシアスの背を見送ったおじさんは、ひとりで首を振る。


「まったく、世も末だね──……あんなガキがひとりで」


 王都に山のようにいる浮浪児の生存率は恐ろしく低い。

 子供に向けられる悪意はありとあらゆるものがあるのだから──……。


※ ※ ※


 そして、

「うえー……ま、まずい」

 生でかじるナスビは酷く渋い味がした、

 それでも空腹ということもあってあっという間に平らげてしまった。


「はぁ、少しお腹がマシになったや。……おじさんありがとう」


 見知らぬ露店商に感謝しつつ、

 彼が教えてくれた3原則を思い出す。


「仕事、寝床、そして身を綺麗に、か……」


 ぶっきらぼうに言われたけど、どれも確信をついていて大事なことだと思う。

 仕事をしなければ生きていけない。

 寝床がなければ生活できない。

 身を綺麗にしなければ病気になるし、人に嫌煙される。


「うん! じゃあ、まずは仕事だ!」


 ……とは言ってもなー。


「はぁ、仕事ってどうやって探すんだろ」


 キョロキョロとあたりを見渡すキャシアス。


 王都では、誰もが忙しそうに動き回っており──その皆が何らかの仕事についているらしい。

 知識としては知ってはいたけど、凄いもんだと今更ながら感心する。

 そして、同時に自分の世間知らず具合に少し恥ずかしくなった。


「聞くのと見るのじゃ大違いだな」


 兵隊さん、

 商人さんに職人さん。


 みんな仕事をもっていてお金を稼いでいる。それがとても大変で凄いことなのだと今更気づく。見ればキャシアスよりも幼い子供も何かしらの仕事をしているらしい。


「よ、よーし! 僕も負けてられないや!」


 幸いにもまだ元気がある。

 そして、家で学んだ知識もある──それを活かせば何とか……。


 そういえばジョブを授かったばかりだし、これを生かせばと思い、市井の人々の生活習慣を学んだ時に聞かされた食い詰め者・・・・・の仕事を思い出す。


「えーっと、たしか──」


 ゴミ拾いに、こえ回収。

 傭兵……売春、そして、冒険者かな?


「ほかには、吟遊詩人とかもあるらしいけど、僕にはそんなの無理だし──」


 う~ん、どうしよう。


 キャシアスだって馬鹿じゃない。

 ゴミ拾いや肥回収がつらい仕事で、その上、資源に限りがある・・・・・・・・それには縄張りのようなものがあることくらいは容易に想像がつく。

 いきなり参入したら、おそらく軋轢あつれきを生むだろう。


 …………売春は論外。


 なら、おのずと限られてくるのが……。


「傭兵か、冒険者かー……」


 もっとも、傭兵は現時点では無理だろう。

 はまれば・・・・稼げると聞いたことはある。剣一本で領主にまでのし上がった英雄だっていることも知っている。


 だけど、今のキャシアスには剣の一つもないし、

 なにより戦士ではなく魔法使いだ。それも支援魔法バフ専門……。


「とすると冒険者かー」


 魔法使いの傭兵だっているけど、支援魔法だけで傭兵稼業というのは少々厳しいのはわかる。

 なら消去法で冒険者しか残っていない。


 この仕事なら、元手はほぼいらないと聞くし、

 仕事だって『冒険者』とついてはいるものの、言ってみれば世間であぶれた雑用専門だ。


 墓掃除に始まり、ドラゴン退治まで様々と聞く。 

 そして、加入条件はジョブについていること────ギリギリ、キャシアスの条件にあてはまる。


「よ、よし。まずは冒険者の様子見から始めようかな」


 なにせ、世間知らずを自覚したキャシアスだ。

 いきなり、見知らぬ世界に飛び込むのは抵抗がある。


 だから、冒険者があつまるそこ・・を偵察しようとそっとのぞき込むのだが──。


 わーわー!

  ぎゃはははは!


 ガッチャーン!!


「……え~っと、お店間違えたかな?」


 チラリ。

 一歩下がって看板をみると、盾とクロスした剣と杖の看板──間違いなく冒険者ギルドだ。


「え、ええー。柄悪すぎない」


 どうしよう……。

 中に入るのをためらっていると、がやがやと騒々しい声とともに武装した一団がやってきた。

 筋肉だるまに、色っぽいおねーさん。そして、出っ歯の盗賊風の三人組──うわっ!


「おう! 邪魔だどけ!」

「ほらほら、あぶないわよー」「どけどけー」


 うわ。

 わわわわ。


「ひぇ!」


 どさり。

 そのまま、押されるようにしてあれよあれよという間にギルドの中に押し込まれてしまった。


「いたたた……うわっ」


 呆気に取られていると、薄暗い店内にいつの間にか転がり込んでしまった。

 そして、たくさんの人が並んでいるカウンターの最後尾に並ぶ形に……。


(ひぇぇぇ……ど、どど、どうしよう)


 慌てているうちに、他の冒険者風の人がドンドンとキャシアスの後ろに並んできて今更抜け出せんくなってしまった。


「はい、次の人──……あら?」

「あ、えっと」


 そして、あっという間に順番が来てしまったので、しょうがなくカウンターに少し手をかけて一生懸命覗き込む。


「子供……? どうしたの、ボク」

「あ、その」


 目の前にはピチッとした制服を着たギルドの職員さん。

 メリッサと名乗った彼女は、片眼鏡モノクルで鋭い目つきをしているが、表情は柔和なお姉さんだった。


「そのぉ、ぼ、僕。冒険者になろうと思って──」

「あらあら、それは立派ですねぇ──え~っと新規登録ということでいいかしら?」


 新規?

 あ、そういうことになるのか。


「は、はい!」

「わかりました──では、こちらの用紙に記入をお願いします。……あ、もうジョブはありますよね? さすがに未成年は無理ですよ」

「だ、大丈夫です!」


 そうだった。

 この国にではジョブ有=成年と見なされるから、キャシアスはギリギリ条件をクリアしている。


「はい、それなら問題ありません。え~っと字は書けますか? ダメでしたら代筆します。あと登録料が銀貨1枚かかりますが──」


 え?!


「じ、字は書けます! でも、その……」

「あー……。なら、最初は貸付の形をとりますか? 金利は十日で一割となりますが、初級冒険者の方でしたら金貨1枚までの貸付が可能となっております」


 十日で一割?!

 そ、それって──。


「ニコリ」

「はい、それでお願いします」


 こ、こわぁ。


 いらんこと言ったら、何されるかわからない笑顔だ。そ、そうだよね。こんな柄悪いところで平気な顔しているお姉さんだもん。


「なにか、いらんこと考えてますー?」

「ぶんぶんぶん!!」


 考えてませーん。


「は、はい。書き終わりました」

「はい。では確認します──。キャシアス、13才。ジョブは…………あら、『付与術士』ですか」

「そ、そうです。えっと……」


 その瞬間、周囲で笑いが起こる。


「ぶはっ! ふ、付与術士だって?!」

「ぎゃははは! こりゃ傑作だぜ!」

「い~ひひひ! ひッさしぶりに見たぜ、寄生専門をよー」


 ぎゃーははははははははは!


(──き、寄生専門?!)


「こほんっ。ギルド内での騒乱行為は──」


 ジロリ。


 メリッサさんのひと睨みで、ゲラゲラ笑っていた人たちがピタリと笑みを止める。

 どうやら、メリッサさんは想像以上に怖いのかもしれない。


「……気にしないでくださいね。ただ、付与術士さんですか……」

「えっと? ま、まずいですか?」


 家でも散々馬鹿にされたことを思い出し、少し胸が痛くなるキャシアス。


「う~ん。まずいといいますか、ちょっと厳しいかなーっといったところです」

「き、厳しい?」

「はい。せっかくなので、ギルドのシステムを少し紹介しますね」

「お、お願いします」


 後ろの並んでいる人が気になったが、メリッサさんの睨みが聞いているのか不満の声は出なかった。


「まず、冒険者ギルドでは実力が全てです」

「は、はい!」


 実力主義。

 それはそうだろう。冒険者の仕事は、切った切られたの世界だ。知識や目端も大事だが、一番重要なのはクエストをこなすことなのだ。


「そうです。そのクエストをこなすには、絶対的に必要なものがあります。なにかわりますか?」

「えっと……。力──ですか?」

「はい、その通りです。……一概に力といっても色々あります。筋力、魔力、財力、速力、様々な力がありますね」

「はい……」

 そんなのは十分わかっている──。

「結構。ならば、付与術士が、今笑われたり、寄生虫といわれたのはせ、その全てが欠けているからです」


 え?!

 そ、そうなの?!


「で、でも──」

「そうですね。付与術士とはいえ、魔術師の端くれ──魔力はあります」


 うん、そうだ。

 魔力ならだれにも負けない!


「ですが、それだけです。……魔力があったとして、付与術士はそれ単体でクエストがこなせますか? 例えば、オークの討伐のクエストがあったとしましょう。……アナタはどうやってクリアしますか?」

「え?……あ、」


 そ、そうか。

 魔力があって、付与ができても──。


「ぼ、僕にオークを倒す手段がない」

「そうなりますね。……まぁ、アナタがよほどの剣の使い手で、素晴らしい装備を手にしていて──かつ運に恵まれていれば討伐も不可能ではないでしょう」


 あ、あぁ……。


「──だけど、僕には、それが何もない……」

「……そうですね」


 わかった。

 わかってしまった。


 どうして父があれほど付与術士に失望したのか。

 そして、ギルドで笑われたのか──。


「付与術士は……一人ひとりじゃなにもできないのか」

「……そうです。そして、付与術バフ魔法は魔力の減少も激しく、付与術をかける以外では、パーティで貢献するのが難しいため、あまり人気がない職業なのです」


 そういうことか。

 それで寄生専門──。


「で、でも! 僕は魔力なら自信があります! パーティ内では足を引っ張るかもしれませんが、エンチャントさえかけさせてくれれば」

「そうですねぇ。……実際、立ち回りの上手い人ならそうやって貢献します。中堅どころの支援術士さんだっていますよ? でも、それも立ち回りを覚えるために死に物狂いで努力します。戦闘となれば、支援術だけにかまけず、敵の目を引き──遊撃をする。ほかにも、雑用をこなし、パーティを陰で支える役目もあるでしょう。……ですが、初心者のあなたにはそれができますか?」


「う……」


 思わず口をつぐんでしまったキャシアス。

 それに分かってしまった。想像してしまった。

 たとえ付与術ができたとしても、パーティが戦闘で苦労している中、後方でウロチョロしているだけの自分を。それだけじゃない。時には、そんな自分を庇うためにパーティメンバーが余計な苦労を背負い込むことになるという事態を──。


「……お判りいただけたようですね。ですが、先ほども言いましたが中堅どころの付与術士さんもいらっしゃいます。なのでその方を参考にしつつ──」


 それからはギルドの説明を簡単にしてくれたが、キャシアスにはほとんど頭に入っていなかった。


 ただ、最後に銀貨一枚分の借金をして、それから一番下のFランクの冒険者認識票を貰ったところで、ようやく意識がはっきりしたときには、ポツンとギルドの隅にいたのであった。



「僕は……どうすれば」



 とぼとぼとギルド内を歩き、クエストボード依頼掲示板の前に立ち尽くすのだった。




────あとがき────

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『無限の付与術士』~追放されたバフ魔法使い、無限の魔力で世界最強に~ LA軍@呪具師(250万部)アニメ化決定 @laguun

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