第2話「追放」

「なんだとぉぉぉおおおおおお?!」


 ビリビリビリ!!


 屋敷中に響き渡る大音声に、使用人たちがすくみ上る。

 それは、他の兄弟やキャシアスも同じで、めったなことで怒りを見せない父がこの時ばかりは怒髪天をついていた。


 それというのも……。 


「も、もう一度言ってみろ……」

「え? は、はい。授かったジョブは──その、ふ、付与術でした」


 ヨロリ。


 まるで貧血でも起こしたかのように父が体勢を崩す。


「父上!」「お父様!」

 その様子に駆け付けるキャシアス以外の兄弟たち。


 すでにジョブを授かった兄弟たちはキャシアスと違い、直立不動ではなく、補佐役として傍らにいるのだ。


「よ、よい──離れろ!」


 父ほどではないが、それぞれの要職についている兄弟たちを払いのけると父は、この世の終わりと言わんばかりの顔でキャシアスをみた。


「ふ、ふふふふ」

「ち、父上?」

「ふ、ふはははははははははははははは!」


 その笑いには狂気が含まれていた。

 間違っても我が子の成功を喜ぶそれではなかった。


「魔法使いが衰退してはや100年──ようやく……ようやく、我が魔道の道を世に知らしめるチャンスが訪れたかと思えば、神よ──なんという仕打ちを」


 そういうなり、もはや何も映していない視線を虚空に向ける。

 そして、つぶやきは一層深くなり──。


「【魔力無限】を我が息子が授かったとき、感謝した──我が知識、能力……そのすべてを与えても惜しくはなかった! 否、与えたのだ!!」


 え?

 え?

 え?


「それが……それが────!!」


 ばぁぁああん!!


「付与術?! 付与術だと、この愚か者めがぁぁあああああ!!」


 執務机を叩く大音声とともに父の怒声が屋敷中に響き渡る。

 とくにそれは、明確にキャシアスただ一人に向けられていた。


「いったい!! いったいどれほどお前に投資したと思っている!! いくらの金をつぎ込み、いかほどの教育を与え、将来に備えてどれほどの根回しを……」


「ち、父上──自分は」


 バァン!!


「父などと呼ぶな、この出来損ないないが!!」

「で、できそこない……ですか? し、しかし自分は、本日たしかに魔法使いの端くれに──」


「そうだ端くれ・・・だ!! まごうことなく端くれだ! 端の端のさらに大端のなぁぁああ!!」


 ──がっくり。


 それを叫んだきり、落胆したのか執務椅子に沈みこんでいく父は、もはやキャシアスの顔をみることなく言い放った。

 それも冷たく、たったの一言──。



「出ていけ」



「え?」


「──出ていけといっている!! お前がいるだけですべてが無駄になる!! すべてがむなしくなる!! すべての投資した金と労力が無駄になったことを思えば、パンのひとかけらさえこれ以上、与えることすら惜しくなるわぁぁぁあああ!」


 うがー!!


「うわぁぁああ!」


 ──バァッァアアアアアアアアアアアン!!


 今度は、父の放つ攻撃魔法『突風』がはなたれキャシアスに叩きつけられる。 

 それが火や氷などの物理干渉の強い魔法出なかったことだけが、最後の親としての愛情だったのかもしれない。


 それでも、扉に──そして、その先の壁に叩きつけられ全身がボロボロになるのを感じた。

 あとは朦朧とする意識の中、矢継ぎ早に支持を出す父の声をぼんやりと聞いていた。


  曰く、後継ぎは兄にすること。

  キャシアスを本日より、「オーブリー家」から除名すること──。


  そして、何一つ持ち出すことなく、追放すること。



 最後に見たのは、蔑むような父の目つきと、にやにやと嘲る兄弟たちの顔。

 どうやら、キャシアスの人生はこれで終わりらしい。


 部屋に戻ることも許されず、着の身着のまま、

 今朝方まで優しかった執事も使用人もとたんに冷たくなり、ボロボロのキャシアスを引きずっていったかと思えば、そのまま屋敷の外に放り出したのだった。



 屋敷以外になにも、

 世間も、世界も、何も知らない元貴族の少年はそのまま冷たい路上に打ち捨てられることになってしまった。



※ ※



「う……」


 それからどのくらい、うずくまっていただろう。

 王都の貴族街にある路上とはいえ、この季節は冷たく薄暗い。


 まだ夜が明ける前ということもあり、気温は氷点下を割っていたかもしれない。

 みれば、うっすらと雪が体に積もっている。……よく凍死しなかったものだ。


 ──顔を上げれば、そこには暗く灯の落ちた屋敷が見える。

 なんとか、入れてもらおうと、体を引きずり門に縋り付くと、すぐそばの詰め所から険しい目をした番兵が現れ、キャシアスをゴミのようにあしらった!


「ここはオーブリー家の門前である!! そうそうに立ち去れ!」

「そ、そんな! ぼ、ぼくは……!」


 思わず縋り付く。

 知らぬ顔ではないはずだ!


 それどころか、この番兵とだってつい昨日は笑顔で挨拶も交わしたはず!

 なのに!


「知らぬ!! しつこいと槍でつくぞ!! どこへでも失せろ!!」


 そう言うなり本当に槍を突き付けられるキャシアス!


「ひゃあああ!」


 その痛さと恐怖に悲鳴を上げて逃げるしかできなかった。

 どうやら、本当に除名されたらしい。


 今はただのキャシアス。

 貴族の名は冠せられず──ただの平民。そして、そんな平民がいつまでもここ貴族街にいればやがて巡察隊に見とがめられるだろう。


 許可なき平民の貴族街への立ち入りは厳しく罰っせられるためだ。


「うぅ、畜生! 畜生!」


 だから、

 世を呪い、家を恨み、何が間違っていたのかを自問自答しながら、震える体をさすりながら王都をうろつくしかなかった。


 着の身着のまま。

 足だってスリッパだけで、木靴のひとつもない。……もちろん、お金もない。


「はぁ。どうすりゃいいんだこれから……」


 なんとか貴族街を抜け出し、平民区に来たとはいえ──それでどうにかなるものじゃない。


 第一知り合いもいないし、

 なにより、今の状況がわけがわからない。


 父上だって、魔法使い系統ならなんだって役に立つと言っていたのに──!!


「くそっ! わけもわかららず、こんな目にあうなんて!」


 それだけは納得がいかない。

 それに、だんだんと腹が立ってきた。


 投資だなんだと勝手なことを言っていたけど、別にキャシアスが望んだことじゃない。

 たしかに後継者にともくされてきたけど、それだってキャシアス自身から一度だって頼んだわけじゃない。ただ、生まれつき稀有な『才能ギフト』を持っていただけで、勝手に父が期待したのだ。


 それを……。

 それを────!!



   『パンの一かけらも惜しいわ!』



「……勝手なことを」


 ギリリッ。

 あの光景がリフレインし、奥歯が砕けそうに鳴る。


 どうやら、父にとって我が子など魔法使いの復権と、貴族家系の肥やし程度でしかないらしい。

 そういえば、兄弟だってあの時の顔をみるに、ざまぁみろと思っているらしい。


 そして、使用人どもも、

 後々は後継者になると思っていたのか、当時は優しく接してきたくせにあっという間に手のひら返し──……それも「付与術」を授かっただけで?!


 ──ふざけんなッ!


「魔法に貴賤きせんはないんじゃなかったのかよ!」


 死霊術などといった例外を除き、

 魔法使いの力はすべからく世の役に立つ──そう父は言っていたのに、いったいどうして。


「まずはそれを確かめよう……。そして、付与術が役立たずじゃないことを証明してやる!」


 手ひどく追放されたことで、キャシアスの中にあった父への尊敬は消え失せ、

 むしろそれは、父の魔法使い至上主義ともいえる考えに対する反発となっていった。


 もともと、その考えに懐疑的だったキャシアスの逆心は早かった。


 魔法に貴賤なし。

 だったら、人々の持つ力にだって貴賤はないんじゃないか?


 国を守る兵士の大半は戦士系統だし、

 国の支える民の多くは職人が多い。


 それらに貴賤なんてないんだ!


「──……とはいえ、まずは食事かな」


 あと服に靴に、寝床に──……ああああああ、もう!


 一般的に世間知らずと言われる貴族子弟……もとい、もと貴族の少年の苦難は始まったばかり。

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