第4話 姫騎士が、いじめを成敗!

 その時。

 廊下の少し離れた所から、ヒステリックな女子の声が響き渡った。


「あんた、私たちが体操着を隠したって言うの?」

 そちらの方を見ると、同じクラスの気が弱そうなメガネっ子、上原日美香が、三人の同級生に詰め寄られていた

 テレサを囲んでいた女子生徒の一人が、日美香を見て呟いた。


「あれ、あの子、さっき制服姿で体育を見学していたよ」


 日美香の声が、かすかに漏れ聞こえて来る。


「だって……。休み時間には、あったのに……」


 それを聞いて、俺は状況を理解した。なるほど、体操着を、あいつらに隠されたのか。女子のイジメって陰湿だよな。

 

 日美香と、彼女を取り巻く三人は、かつて水泳部の仲間だった。

 半年ほど前に、日美香が水泳部を辞めてから、それまで友達だったはずの他の三人は、何かと彼女に突っかかり、嫌がらせをする様になっていた。


 今、日美香をイジメている連中のリーダー格である石堂由莉は、クラスの中ではハイカーストの、いわゆるギャルだった。だが俺が知る限り、これまでは陰湿なイジメをする様なタイプではなかったのだが。


「あれは何をしておる」


 テレサの問いに、答えるのが気まずい。


「イジメ……ってわかる?」

「騎士団に新人が入ると、時々あるぞ。周囲の者は、何故止めない」

「人間関係とか、ややこしくってさ」


 周囲の生徒達が小声で「先生を呼んで来ようか?」と言い合う中、テレサは揉めている四人に向かい、ツカツカと歩み寄って行った。


「えっ、あの、テレサさん?」


 俺が呼び止めようとするのにも構わず、テレサは由莉の前に立つと、すぅっと空気を吸い込んで言った。


「何事だ。神聖な学び舎で騒々しい!」


 テレサの無駄に大きな声が、廊下に響き渡った。イジメっ子の一人が言い返す。


「異世界からの転校生かよ! お前には関係ないだろ!」

「関係なくなどない。アレハンドロ侯爵も言っておろう。『同じ屋根の下で一日でも過ごせば家族である』と」


いや誰だよ。アレなんとか侯爵って。俺が心の中でツッコむと同時に、テレサは日美香に尋ねた。


「何があった。言ってみろ」


 日美香は、テレサに向かって、おずおずと口を開く。


「私の体操着が、お手洗いに行っている間になくなっちゃって。体育の授業を見学するはめになったんです」


「ほう。この者たちが盗んだというのだな」


 テレサに指さされ、イジメっ子三人組はいきり立った。


「なんだよ。私たちがやったっていうのかよ」


 テレサの介入で少し勇気が出たのか、上原日美香は、か細い声で言う。


「だって……。由莉ちゃん達、今までも私に、いろんな嫌がらせしてきたし」

「ほう。お主はユリちゃん殿と申すか」


 名前をテレサに呼ばれ、イジメっ子のリーダー、由莉は声を荒げる。


「だから、私たちが盗んだって言う証拠があるのかよ!」


 その時。テレサは右の握り拳で、トン、と軽く由莉の胸を突いた。


「証拠は、ここにある」


 それと同時に、テレサの肩にボウッ、と青く光る物体が出現した。

 俺はギョッとした。由莉たちは勿論、周囲で見ていた生徒たちも驚く。皆が見つめる前で、出現した光る物体は、小さな人の姿を取った。

 光るこびとは、テクテクとテレサの腕を渡って行き、彼女の拳が当てられた由莉の胸の前で止まる。


「な、なんだよコイツ!」


 あわてふためく由莉に向かい、テレサは落ち着き払った声で続ける。


「証拠は、お前の胸の中にある。自分のやった事を覚えているだろう?」

「な……」

 

 言い返そうとした由莉だが、テレサの碧い瞳で見つめられ、黙ってしまう。


「証拠は、ここにも。そしてここにも」


 由莉の胸を拳で突いたまま、テレサは他の二人の顔も見た。


「お主たちの記憶が、やった事の証拠だ」


 俺は驚いた。まさか、テレサは魔法で人の記憶を読めるのか?

 シーン、と静まり返る中、突然、由莉が涙声を漏らし始めた。


「だって私たち、ずっと一緒に部活を頑張ってきたのに……。こいつが黙って、いきなり辞めちゃうから……」

 それを聞いて、日美香も、ハッと両目を見開いて、驚きを押さえるかの様に口に両手を当てた。


「一緒に全国大会を目指そうって言ったのに……。こいつが辞めちゃうからアタシ達、嫌われたんだと思って、つい意地悪をしたんだ……」


 由莉は途切れ途切れに、必死に感情を絞り出す。


「私たちから、どんどん離れて行っちゃうから……。もちろん、悪い事だとは思ったよ。でも、あんなに仲が良かったのに、急に冷たくされたのがシャクだったんだよ……」


 聞いていた日美香が、意を決したかの様に顔を上げた。由莉の元に駆け寄り、その手を握りしめる。その行動に、その場にいる全員が驚いた。


「ごめんね、由莉ちゃん」


 由莉の目を見つめながら深呼吸すると、日美香は思い切った様に言った。


「私、お母さんが病気で入院しちゃって、看病や家の事をやらなきゃいけなかったから、水泳部を辞めたの」


 その告白を聞き、由莉の目が、驚きで見開かれる。


「なんだよ、だったらなんで、そう言ってくれなかったんだよ」


 周囲の仲間たちも、日美香に詰め寄った。


「そんな大事な事を、どうして黙ってたの」

「そうだよ、言ってくれれば、何かしてあげられたのに」


 そんな皆の顔を見ながら、日美香は言葉を続ける。


「全国大会を前に、みんなに余計な心配をかけたくなくて……。でも」


 彼女はそっと、人差し指で涙を拭う。


「黙っていたせいで、みんなを困らせちゃったみたいね。ごめんなさい」


 由莉は、今までの尊大な態度が嘘の様に、涙を流しながら日美香を抱きしめると、震える声で言った。


「謝るのはこっちだよ。私たち、お前に嫌われたと思って嫌がらせをしちゃったよ。ゴメンな……」

「私も!」

「ごめんなさい!」


 他の二人のイジメっ子も寄り添い、四人は抱き合って泣いていた。

 そこにはもう、陰湿な嫌がらせをしていたイジメっ子たちの姿はなかった。かつて同じ部で練習に励み、同じ目標を目指した仲間たちがいた。


「由莉ちゃん、もう部活は出来ないけど、お友達には戻ってくれる?」

「当たり前だろぉ、水臭い事言うなよぉ」


 これで一件落着か。俺はホッとしつつも、一抹の怖さを感じた。

 仲間たちに心配をかけまいと、水泳部を辞める理由を秘密にした日美香の思いやりが、逆に百莉たちに疑心暗鬼を抱かせてしまった。

 一人だけならまだしも、水泳部というグループだった為に、集団心理で疑心暗鬼は悪意へと膨れ上がり、イジメを起こしてしまった。人間関係のボタンの掛け違いは恐ろしい。


 百莉はテレサに歩み寄ると、照れくさそうに言った。


「ありがとう。アタシが悪かったよ。しかし魔法でアタシの記憶を読むとは凄いな」


 その言葉に、姫騎士はキョトンとした顔で答えた。


「は? そんな事は出来ないぞ」


 百莉と同じく、横で聞いていた俺も驚き、会話に割り込む。


「テレサさん、『お前の記憶が証拠だ』って言ったじゃないか。彼女の記憶を見たんじゃないの?」

「見たとは言っておらん。これは私の国で、嘘をついた子供を叱る時の言葉だ」

なんだそりゃ。「胸に手を当てて考えろ」みたいなもんか。

「じゃぁ、その青いこびとは、何の為に出したの?」

「これは私と契約した水の精霊でな。まぁ雰囲気作り? 君たちの国で言うハッタリという奴だな」


 そう言うと、テレサは笑いながら両手をパン、と叩いた。それに合わせて、水の精霊は姿を消す。


「なんだよ転校生、お前、面白いな」


 百莉は半分呆れた様に、半分感心した様に言う。

 結局、由莉たちはテレサの気迫に押されて自白したという事か。そう考える俺の横で、テレサは満足げに頷いていた。


「国王デリンチ三世もおしゃっておる。『ドラゴンが過ぎ去った後、大きな卵が残るであろう』と」


いや誰だよ、デリンチ三世。それ「雨降って地固まる」みたいなもんか。

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