第3話 姫騎士と、屋上でランチ。
「いやぁ、なんか改めて聞くと、テレサさんは、本当に異世界から来たんだねぇ」
「我々の世界ドゴノロスから、この北区に留学生を送る。それが『KIKP』こと『北区異世界交流プロジェクト』。これに選ばれるのは、凄く名誉な事なのだ」
『北区異世界交流プロジェクト』で『KIKP』だと、アルファベットじゃなくて、ローマ字の頭文字だな。
俺は「ドゴノロス? なにその喉に刺さりそうな名前……」と思ったが、余計な事は言わず「テレサさんはライオネル・ランドという国から来たんじゃなかった?」と尋ねた。
「君たちの日本が、地球にある様に、ライオネル・ランドもドゴノロスにある。ドゴノロスには数十の国があるが、毎年『KIKP』に選ばれるのは二、三の国の騎士だけだから、倍率が高いのだ。今年は我がライオネル・ランドが選ばれたので、私は国民の期待を背負っているのだ」
毎年、世界中から選ばれる、たった二、三人のうちの一人。テレサって、そんなエリートだったのか。
もっとテレサから話を聞き出そうとした時、俺たちは活気あふれる購買部にたどりついた。そこで売られている多彩なパンに、テレサは興味を引かれた様だった。
「これが全部パンか? 黄色いのやら、麺を挟んだのやら、妙な物があるが……」
「あはは。僕らの国は、よその国から入って来た食べ物を、アレンジするのが得意でね」
テレサに好きなパンを選ぶ様に言ったが、彼女は珍しがるばかりで、選べない様だ。
適当に幾つかのパンを見繕って買うと、俺はある事を思いついた。
「テレサさん、屋上で食べようよ。何もない学校だけど、屋上からの景色は良いんだ」
「ほう、屋上に上がれるのか」
パンを抱えて、テレサを屋上に連れて行く。
「おぉ……」
屋上に出て、降り注ぐ日の光を浴びたテレサは、目の前に広がる光景を見て息を飲んだ。
俺たちの学校は北区滝野川にある。その名の通り、東京の北の端にある街だ。
東に桜の名所、飛鳥山公園を望み。
西には池袋の高層ビル群が、日の光に煌めき。
北には学園のすぐそばを走る首都高速と石神井川が伸びてゆき、親水公園の緑が広がる。
そして南には下町情緒あふれる、巣鴨や駒込の町並みが広がっていた。
建造物や住宅に遮られて地平線は見えないが、三百六十度の視界で、東京の空と大地が一望出来る。それが滝野川学園の屋上だった。
「これは美しい」
テレサは屋上のフェンスまで駆け寄り、眼下に広がる市街地と、その向こうにそびえる山々を見て目を輝かせる。
「テレサさん、落ちるなよ」
冗談めかして言った俺は、屋上までついてきた同じ学年の連中が、自分たちを遠巻きに取り囲んでいるのに気づいた。
なんだかんだ言って、みんなテレサが気になるんだな。
そう思いながらテレサを見た時。俺は不意に、心を掴まれた様な気がした。
風に金髪をなびかせて、屋上からの景色に見とれるテレサは、異世界から来た騎士ではなく、普通の女の子に見えた。
そう、とびきり可愛い、普通の女の子に。
「ナオト、君たちの世界は美しい」
やわらかい陽の光を浴びながら、テレサは言った。
「天に伸びる銀の文明と、大地を覆う緑の自然が、見事に調和をしている」
それを聞きながら思った。なんで俺、こんなにドキッとしてるんだ……?
どぎまぎしているのをごまかす様に、俺は言った。
「テレサさんは詩人だね。は、ははは……」
「私が留学を決意したのは、ここが八十年間も戦争をしていない国だと聞いたからだ」
俺は、焼きそばパンをテレサに渡しながら言った。
「この世界にだって、戦争はあるよ。それにこの国にも貧困だの、少子高齢化だの、問題は山積みだ」
テレサはパンを受け取りながら、碧い瞳で俺を見つめる。
「でも君たちは、その問題を解決する為に、学んでいるのだろう?」
その言葉に、俺は虚を突かれた。
今まで、自分が何の為に勉強しているのかなんて、考えた事も無かった。せいぜい、再来年に控えた大学受験の為……。
そもそも、今生きてる世界を良くしようなんて思った事も無い。そんな自分が、なんだか急に恥ずかしくなった。
「私には、君たちの世界で学んだ知識を元に、やらなければならない事がある」
そう言うテレサが眩しく見えたのは、太陽の逆光のせいだけではないだろう。
「テレサさんが、やらなければならない事ってなんだい?」
その言葉に、テレサはニコッと笑い、右の人差し指を、そっ、と俺の唇に当てた。
「知り合ったばかりの君に話すほど、私は軽い女ではないぞ」
そう言うとテレサは背を向けて、焼きそばパンを頬張った。
「それに、故郷の皆の期待に応えられるか、不安で仕方ない」
そんなテレサを見て、俺は思った。異世界からの留学生、最初は変な奴だと思ったけれども、どうやら、いい子みたいだな。
昼食を終え、俺たちが屋上から降りて来ると、様子を伺っていたクラスメイト達に、周囲を囲まれる。
「新藤くん、一人だけで、テレサさんと仲良くしてズルい!」
廊下で俺をけしかけた女子生徒たちが言う。強引に行かせた癖に、よく言うよ。
イイ感じに利用されちまったな。そう思っていると、男子女子問わず他の連中も集まって来た。
「おい新藤、俺たちにもテレサさんを紹介してくれよ」
「男子、テレサさんに馴れ馴れしくしすぎ!」
クラスの連中が、続々とテレサを取り巻く。俺と一緒に昼休みを過ごしていたのを見て、テレサへの警戒心を解いたのだろう。
嬉しそうにクラスメイトと会話するテレサを見て、俺は少し安心した。
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