居候中期:新歓
Nと一緒に、早稲田の新歓によく行った。Nが音楽系のサークルを見てまわる中、僕は映画研究会に足を運んだ。そこではちょうど、自主制作映画の上映会が始まるところだった。
後ろにいた、男二人組に話しかけられた。僕は、Nから預かった日傘を握りしめながら、早く会話が終わってくれと願った。「俺はADHDを信じない」と急に一人が言い出した。もう一人がたしなめた。居た堪れなくなって逃げ出した。映画は一本も見れなかった。しょうがないので、エレベーターに乗ったまま階の上と下を行き来していた。
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Nはその日に体験した音楽系のサークルに入った。僕も次の日から体験入部をした。早稲田大学の文化構想学部の一年生だと嘘をついて、新歓の食事会に参加した。
サイゼリヤで催されたそれでは、サークルの先輩らが僕らと懇親を図ろうとしていた。僕は早稲田の履修など何も知らなかったので、とにかく、「今まで一回も授業に行ってなく、何を履修したかも忘れた」と言い張った。
堂々と言ったら、案外人間信じるもので、「面白いやつ」という、立場を得た。大学では、授業に行かない奴ほど面白いらしい。そんなしょうもない具合ならば、授業には行こうと思った。
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また別の日、その日は新歓の最終日であって、もう実際に楽器で演奏してみよう、という回だった。僕は、アゴゴという、カウベルがふたつ合わさったような楽器をやっていて、そこにはもうひとり、可愛く着飾り垢抜けて、顔の整った、一年生の王ちゃんという人がいた。餃子の王将が好きだから、という由来があるらしかった。
とにかく彼女に嫌われていた。元来あまり人に嫌われることがないのだが、時々、僕に猛烈な嫌悪を覚える人が彗星のように現れ、僕をぶちのめしにくるのだ。
彼女も例に漏れず、陰険なやり方で僕を貶めようとした。僕のできないことをあげつらって笑った。僕は黙っていた。
気の合う人ももちろんできず、仮入部後に幽霊となった。
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Nひとりがサークルを続けた。楽しんでいるようだった。自分の意思で酒を飲む、「飲むサー」を自称するそのサークルで、Nも酒をよく飲んで馬鹿騒ぎをして帰ってきた。大学に入りたての高校生の狂躁を見させられて、でも僕にはそれを、つまらない、しょうもないという権利もなくて、黙っていた。
しかしやはり、彼女が帰ってくると、シャワーに入らせ、その後セックスをした。時には、上り框で彼女を脱がせ、そのまま溶け合った。
コンドームが切れると、またじゃんけんをして、今度は僕が負けた。
一人で外を歩くと夜風に吹かれて気持ちよかった。Nの家の前は崩れかけの汚い保育園であって、その砂場などが、月の光でよく見えた。彼女はその時何を思っていただろうか。
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平日の昼間は、Nの大学の講義に出席した。たまたまディスカッションで同席した知らない人とLINEを交換したりして、今でもそれは残っている。その授業の内容は、覚えていない。
図書館に入ろうとしたが、学生証が必要で、わざわざNのところまで借りに行ったりした。でも、昼の時間のおおかたは、ぶらぶら散歩して過ごしていた。
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遠くに、春の過ぎゆく音が聞こえ、僕は焦りを感じ始めた。
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