居候初期:セックス

数週間ぶりに、東京でNと会うことになった。彼女は早稲田の、文化構想学部に通うことになっていた。Nの通う戸山キャンパスは、新造の建物がなだらかに、奥へと高く建ち並んでいた。昼時になると、洒落た食堂やパン屋に、垢抜けた女子大生たちが列を作った。

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構内で会った時、Nは、いつもの調子で太めのジーンズにTシャツという出立ちだった。今は、昼休みらしい。灌木の茂るスロープの途中、少し座れそうなコンクリート塊の縁に腰掛け、僕がパン屋で買っておいたクロワッサンを2人で食べた。確かに美味しかった。クロワッサンのかけらは、パラパラと散って、キャンパスの地面を汚した。

そのあと、キャンパスを案内してもらった。息苦しそうな新しい建物ばかりだった。誰ひとりいない部屋には、こんな晴れた日でも電気がついていて、プラスチックの椅子や机が、その煌々とする中、戸惑いを浮かべていた。階段の掲示板にはまだ、革命派の学生のポスターが息巻いていた。

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Nは次に授業があるらしく、僕はひだまりで昼寝をしていた。なんとこの校舎には芝があるのだ。そこで、日傘を地に置いて、その陰に隠れて寝ていた。しばらく経って、Nを迎えに行った。

まだ日が高くにあったので、そのまま僕の日傘にNを入れて、高田馬場から、中野の彼女の家までついていった。

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彼女の部屋は、塀で堅牢に固められたマンションの二階にあった。建物の入り口は自動ドアのオートロックで、カードを差し込んで開錠する形式だった。かなり贅沢だな、と思いつつ、そのようにしなければ身を守れないことの恐ろしさを感じた。

階段で2階まで登り、Nは扉を開けた。短い廊下には、洗濯機、風呂場、コンロがふた口と、予想通り並んでいて、奥のドアを開けると、広くもなく狭くもない部屋だった。

ベッドが部屋の半分を占めていた。馬鹿じゃないかと思った。でも、その木造りの巨躯を眺めていると、学生なんて家にいる時間の大半を寝て過ごすのだから、合理的な投資なのか、と納得してしまった。

二人でスーパーに買い物に行った。僕はスーパーが大好きだ。所狭しと並べられる商品たちそれぞれに生みの親がいると考えると、それは世界の広さと直結するものに感じられる。

夕飯の買い物のほかに、「タケノコの山」を買った。この先ずっと、食費は彼女持ちだった。彼女はいつも、クレジットで支払った。

買ってきた食材を切って、野菜炒めを二人で作った。二人には手狭なキッチンだった。

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食事の後、Nがシャワーに入っている間、『鷹の爪団』をみていた。『鷹の爪団』は攻撃性が少ないため、いつでもみていられる。居候が終わるまでに、全てのクールを見た。

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Nがシャワーから上がってきた。彼女の髪を乾かそうとしてドライヤーを手に取った。髪をわしゃわしゃやっていると、「そのやり方だと髪が傷む」、と教えられた。髪をまとめて絞るようにするのが良いと初めて知った。

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僕もシャワーに入って着替えた後、『2001年宇宙の旅』を見た。『ツァラストラはかく語りき』にのせて、宇宙船が悠然と宇宙を泳ぐのを見ていたら、二人とも眠くなってきた。電気を消して、ベッドに一緒に潜った。木枠に支えられたそれには、十分な面積があった。

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暑く蒸れる暗闇の毛布の中、Nの顔をなぜて、唇を合わせた。「キスは保育園以来」と、少ししてNは言った。

保育園児のする馬鹿らしい口付けの後、僕の空虚な口付けを浴びたNを可哀想と思った。僕は、彼女の人生に、印象として残ることを酷く危惧した。

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セックスが始まった。挿入の時、コンドームがなかった。僕は、寒い中、遠く感じられるコンビニに歩いて行くのは骨が折れることだと思った。じゃんけんを提案した。偶然の結果だけが、僕らを黙らせてくれる。グーでNに勝った。彼女は、ジャンパーを着て外へ出た。

なんとなく萎えた僕は、また、望洋と、宇宙船の映像を見始めた。HAL9000と乗組員の会話が続いた。もう、セックスを面倒くさく感じていた。

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なんとか勃起させて、特にNが痛む様子もなく挿入までできた。痛む様子はなかったが、異物を押し込まれて、苦しそうではあった。動いて、止めて、動いて、続けた。こんなものか、という思いがとても強く押し寄せた。何より動きが滑稽だ。

セックスの本義は愛撫にあるのだと僕は感じた。僕はナイーブなのか?肌を撫でている時の方が、それで女が感じている時の方が、心は充足していた。

なぜ体の凹凸が違うのか。そのせいでこのような愛の形をとることを余儀なくされた生物を哀れに思った。

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彼女が絶頂し、僕もゴムの中に無用の精子たちを吐き出した。精子を作るのにかなりの栄養がいることを知ってから、射精は、体がボロボロの僕にとって、とても無駄なものであるように、感じている。

前立腺がんのリスクを考えて、一週間に一度射精する。しかし、射精の後の気持ち悪さは、本当に虚しい。どうしてこんなことをするのだろうか。このメカニズムばかりは、「女」の体が羨ましいと思う。

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それでも、僕らはお互いを求め合い続けた。

絡み合って寝る頃には、朝日が空を染め始めていた。

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