蕎麦が食べたくて二日酔いになるまである

白川津 中々

◾️

 朝起きて「あぁやっぱりか」と、覚悟はしていたものの深い絶望を感じたのは、吐き気と頭痛が治っていなかったためである。


 年の瀬。自然と増える酒の席。平日休日関係なく繰り広げられる宴会は様々で、弁えたメンバーが集まる会もあればやんちゃな輩が揃う日もある。それでいうと昨日は後者。それも、飛び切りのカスが集まる一座であり終始酣。スタートから明日を考えないフルスロットルでのチキンレースが深夜まで続き吐瀉物を撒き散らしながら帰ってきたわけである。途中、二度三度目が覚めては胃の中の内容物を吐き出して水をがぶ飲みしていたから、もしかしたらアセトアルデヒドになる前にアルコールがすっからかんになって快調するかもという一縷の望みはあった。無念。案の定、大量飲酒のツケによりボロボロでの起床となる。


 ともかく起きねばなるまいと立ち上がると不思議と身体は軽く感じるがこれはアルコールが抜け切っていない証拠で、体には深くダメージが刻まれている。その証拠に水を一口飲んだ途端に吐き気に襲われ即座にトイレ。苦味のある黄土色の胆汁が口から溢れ出す。いっそ休んでやりたかったが社会人としてそれはできない。すぐさま歯を磨き、着替えて出勤。駅へ。電車に揺られていると、やはりぶり返す気持ちの悪さ。片道20分。いつもならうたた寝しながら待っている時間が今日は長い。線路の長さが倍になったようで、駅も幾つか増えたような感覚の伸びがある。猛烈な不快感と胃の蠕動に耐える。ひたすら耐える。そしてようやく会社最寄り駅。トイレに駆け込み吐き戻すと朝に飲んだ水が濁りながら搾り出された。猛烈な虚脱感のまま歩き出すも、目眩と手の痺れが酷い。おまけにエネルギーはゼロで腹も空。まったく食欲はないが、何か食べねば危険な状態。さてどうするか。こんな時、俺はいつも駅そばのかけを食べている。弱った胃に出汁が染みるのだ。蕎麦しかない。


 少しだけ湧き出した気力を支えにふらふらと倒れそうになりながら覚束ない足取りで店前へ。なんだかそれだけで達成感がある。


「かけと温玉」


 暖簾をくぐり注文をすると、「はいよ」と威勢のいい返事が聞こえた。鰹節と醤油の暖かい香りが、酒で縮んだ脳を揺らす。今日は会議があって残業も覚悟しなければならない。二日酔いでどこまでやれるか。そんな不安は風に吹かれてしまって、今は蕎麦の事しか考えられなかった。とにかく、食べよう。サラリーマンの朝は、そうして始まるのだから。

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