追放は計画的に

赤川ココ

第1話

 前のパーティが解散して数年。

 男はすぐに別なパーティに誘われ、そこでは積極的に仕事をこなし、着実に実力をつけていた。

 だから、リーダーに個別で呼び出されたとき、何らかの報酬がもらえるのだと思ったのだ。

 男には、前のパーティにいるときから、一途に思っている女がいる。

 今回の報酬次第で覚悟を決め、女に告白しようと思っていた。

 だが、リーダーの前に立った男に告げられた言葉は、思ってもみないものだった。

「お前は本日付で、我々のパーティから追放とする」


「オレはこの数年、あんたらの元で真面目にやってきた。それなのに、何でっ?」

「何で? お前、本気で言ってるのか?」

 壮年の男は、険しい目を向けながら、言った。

「この数年、どれだけ我々が、迷惑をこうむってきたのかも、分かっていなかったのか?」

「はあ?」

「まず、どんな簡単な依頼でも、無駄に動いて時間を割く、余計な事をして失敗させる。挙句に、我々の名を声高に名乗って、様々な場所で諍いを起こす。極めつけが……これだ」

 リーダーは、テーブルに置いていた紙を、男の前に突き出した。

「役所への召喚状だ。召喚理由は、貴族の傷害罪、だ。お前、先の依頼で、貴族の令嬢にちょっかいをかけて、止めに入ったその婚約者に手を上げ、大怪我をさせたそうだな」

「あ、あれはっ。あっちが仕掛けて……」

「そんな言い訳、通じるか。相手は、御貴族様だぞ。その上……」

 リーダーは、歯を噛みしめて間を開け、言い切った。

「怪我をしたのは、王位継承権を持った、貴族だ。お前、国家反逆の疑いも、持たれているぞ」

「そ、そんな馬鹿なっ」

 余りな重罪をかぶせられ、驚愕するしかない男に、リーダーは重く言った。

「速やかに役所へ出頭するよう、命じられている。我々はすでに、身の潔白は証明済みだ。お前だけがこの件に関わっていたことも証明されて、お前を切り離せば、我々の責任は問われないことになった」

「リ、リーダー……」

「今更、敬われても、白々しいだけだ。この数年、これまで築いてきた顧客からの信頼を、何度壊されかけたと思っている? もう限界なんだよ」

 弱弱しく縋る声を出した男に、リーダーは冷ややかに告げたのだった。


 本当は、三年耐える気だったと、リーダーは苦笑いだった。

「そりゃあ、すごいな。忍耐が半端ない」

「お前が耐えたんだ。オレが耐えなきゃ、示しがつかねえだろ」

 何の示しだかと笑う男は、リーダーと同年の男だ。

 同じ時期にギルトに入り、それぞれパーティを組み、それぞれで顧客を増やしてギルトの優秀な冒険家として、肩を並べていた。

 数年前までは。

 あの男が現れなければ、未だに互いにけん制し合いながらも、今頃はギルトの重鎮として活躍していたことだろう。

 数年前、誰かからの紹介状を携えて、あの男は同期のパーティに入会した。

 自尊心だけは強い、人並み以下の能力のその男は、たちまちパーティの位を急落させ、三年ほどで数人のメンバーすら雇い続けられないほどに、落ちぶれてしまった。

 全員を解雇することを決めたが、その時には既に、解雇金を支払うのもままならず、パーティのリーダーだった同期は、苦肉の策で一人ずつ、解雇することにした。

 一番若く、将来性もあるだろうという言い訳で、件の男を真っ先に解雇勧告したのが、失敗だった。

 何を勘違いしたのか、当時同じパーティにいた女に懸想していたその男は、同期が嫉妬で解雇という名の追放をしたと、思い込んでしまったのだ。

 そう思い込んだのならば、前向きに見返す努力をすればいいものを、男は真逆に向かった。

 ちょうど今頃、あの男は魔人の配下として舞い戻り、当時ギルトの受付嬢に転職していた女を、手にかけた。

 英雄として名を上げていたパーティで、リーダーを務めていた男が、簡単に討ち取れるほど、男は魔人と共に軟弱だったが、同期は、先の行動を後悔していたようだった。

 その時には冒険家をやめ、事務職で細々と暮らしていた同期と、軟弱だが魔人を倒した功績で株を上げたリーダーは、それぞれ別な時間、別な場所で死を迎えた後、巻き戻ったのだが、戻った時も場所も、一緒だった。

 国全体であがめている獣神に、今後の活躍を祈っている時だ。

 年に一度、そういう祈りをささげているのだが、この日は、それぞれがパーティに、新人を一人ずつ迎え入れた年、だった。

 間が悪いことに、あの男を迎え入れた年だ。

「……」

 短期間で解雇をするには、理由がなさすぎる時期だったが、同期はこの時には何かを覚悟していたようだ。

 三年後、前の時と同じ経営難に陥った同期は、メンバーを全員解雇した。

 その時のために、同期はコツコツと己の得た報酬を少しずつ貯め、全員分の解雇金を作り出っておいたのだ。

 そして、解雇する前に、全員の就職先も探し、昔の人脈を利用して紹介状も用意した。

 だが、例の男の貰い手が全く見つからず、頭を抱えているのを見て取り、自分が手を上げたのだ。

 正直言って、あの男は許せなかった。

 ギルトの受付嬢になっていた女に、リーダーは片思いしていたのだ。

 前回も気になっていて、告白していたが、返事を聞く前に悲劇があり、煮え切らない思いが爆発してしまい、あの魔人と男の退治劇へとつながっていたほどだ。

 今回も同じようにパーティを一つ潰しておいて、ぬけぬけとお人よしの責任者の世話になろうとしているのも、許しがたかった。

 今自分が率いているパーティの顧客は、底辺のパーティの顧客と違い、リーダーが頭を下げ、慰謝料を払うだけで、失敗を埋められるほど、優しくない。

 だから、短時間で男を追い詰められると、分かっていた。

「……まあ、まさか、王家の若いの相手にやらかすとまでは、思わなかったけどな」

「あいつは、自業自得だったかもしれないが、お前の方はどうなんだ? とばっちりはなかったのか?」

 今回もパーティ解散後は事務職に転職した同期は、上機嫌で発泡酒を煽るリーダーに、気がかりそうに尋ねた。

 相変わらずのお人よし発言に苦笑し、答える。

「ちゃんと調査してもらって、あの件は奴の単独での仕事だと、証明されてる。オレにも、メンバーたちにも、とばっちりはいかねえよ」

 最近では全員、単独での依頼に奮闘して、パーティとしての依頼はなくなったため、解散を検討している。

 所帯を持つことを目標に、リーダーが少しずつそういう方向に持っていっていたのだ。

 そしてそろそろ、行動しようかと思っていた。

「今度の仕事が成功して、パーティを解散したら、気になってる女に告白して、玉砕してくるわ」

「玉砕って。お前、振られるの確定してるってのか? なら、やめとけよ。お前が落ち込んで鬱陶しくなる様なんて、全く想像できない」

 冗談交じりにそう返す同期に、少しだけ苦い気持ちになった。

 そして決めた。

 玉砕して落ち込む代わりに、女の背を押してきてやると。

 




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