第9話「王国の危機と無能な司令塔」
「原石の輝き」が「深淵の洞窟」を攻略したという報せは、王都に大きな衝撃をもたらした。特に、宮廷魔術師団の動揺は激しかった。
「奈落の竜を討伐だと……? 馬鹿な、あり得ん!」
バルドは、報告書を握りつぶし、怒りに体を震わせた。自分たちが「無能」と切り捨てた男が、歴史的な偉業を成し遂げた。その事実が、彼のプライドをズタズタに引き裂いた。
「何か裏があるはずだ。古代の遺物でも使ったに違いない!」
そう思わなければ、正気でいられなかった。自分たちの才能が、平民に劣るなどと、認めるわけにはいかなかった。
魔術師団の士気は、地に落ちていた。どれだけ訓練を積んでも、自分たちの才能には限界がある。そのどうしようもない事実が、彼らからやる気を奪っていた。
腐敗と停滞。それが、今の宮廷魔術師団の実態だった。
そして、そんな王国の足元を見たかのように、最悪の報せが舞い込む。
「緊急事態です! ガリア帝国が、国境の砦に侵攻を開始しました!」
伝令兵の切羽詰まった声が、玉座の間に響き渡る。
これまでのにらみ合いが、ついに本格的な戦争へと発展したのだ。しかも、帝国軍の規模はこちらの予想を遥かに上回っていた。
「魔術師団を出撃させよ! 帝国の豚どもを一人残らず焼き払え!」
国王の号令一下、バルド率いる宮廷魔術師団が、国境の要塞へと急行した。
しかし、彼らを待っていたのは、絶望的な光景だった。
地平線を埋め尽くすほどの、帝国軍の大群。統率の取れた動きで、波状攻撃を仕掛けてくる。
対する王国軍は、士気が低く、連携もバラバラだった。
「何をやっておるか! 魔法で薙ぎ払え!」
バルドが檄を飛ばすが、魔術師たちの魔法は、帝国軍が展開する対魔法障壁によっていとも簡単に防がれてしまう。
「くっ……! 魔力消費が大きい! 長くは持ちません!」
才能の壁にぶつかっている彼らは、魔力の燃費が悪く、すぐに息が上がってしまう。数発の魔法を放っただけで、肩で息をする始末だ。
かつて、王国最強と謳われた宮廷魔術師団の姿は、そこにはなかった。
それは、司令塔であるバルドとて同じだった。
彼は、机上の空論でしか戦を知らない。実戦経験が乏しく、刻一刻と変化する戦況に、全く対応できていなかったのだ。
「ひ、怯むな! 突撃せよ!」
彼の指示は、あまりにも未熟で無謀だった。その結果、兵士たちは次々と命を落としていく。
戦況は、誰の目から見ても明らかだった。
王国軍の、惨敗。
要塞は、わずか半日で陥落した。生き残った兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように王都へと敗走していった。
「ば、馬鹿な……。我が魔術師団が、これほどまでに脆いとは……」
バルドは、燃え盛る要塞を前に、呆然と立ち尽くすしかなかった。
王都は、大混乱に陥っていた。
要塞が陥落したことで、帝国軍の王都侵攻は、もはや時間の問題となったからだ。
城では、緊急の御前会議が開かれていた。
「魔術師団は何をやっていたのだ!」
「このままでは、王国は滅びるぞ!」
大臣たちの怒声が飛び交う中、国王は苦渋の決断を迫られていた。
「……もはや、彼らに頼るしかあるまい」
国王が、か細い声でつぶやいた。
「陛下、彼らとは……?」
「クロスロードのパーティー、『原石の輝き』のことだ」
その名が出た瞬間、バルドの顔が青ざめた。
「へ、陛下! お待ちください! あのような、どこの馬の骨とも知れぬ冒険者どもに、王国の命運を託すなど、正気の沙汰ではございません!」
バルドは必死に食い下がった。もし、司たちがこの戦争で活躍するようなことがあれば、自分たちの無能さが王国中に知れ渡ってしまう。それだけは、絶対に避けたかった。
だが、国王の決意は固かった。
「黙れ、バルド! 貴様らの無能さが招いた結果ではないか! もはや、我が国には、彼らの力にすがる以外、道は残されていないのだ!」
国王は、震える手で命令書に署名をすると、近衛騎士に託した。
「これを持って、クロスロードへ急げ! パーティー『原石の輝き』に、王国からの正式な救援要請であると伝えよ! 報酬は、彼らの望むままに、と!」
「ははっ!」
近衛騎士は、一礼すると風のように玉座の間を去っていった。
残されたバルドは、その場にへたり込みそうになるのを必死でこらえていた。
屈辱だった。
自分たちが追放した男に、頭を下げて助けを乞う。これ以上の屈辱が、この世にあるだろうか。
「なぜだ……なぜ、こうなった……」
バルドの脳裏に、司が魔術師団を追放される日、最後に放った言葉が蘇った。
「あんたたちが潰した才能の原石を、俺が拾い集めて、世界一輝く宝石に磨き上げてやる」
あの時は、負け犬の遠吠えだと、鼻で笑った。
だが、今、その言葉が、恐ろしいほどの現実味を帯びて、バルドの心に突き刺さる。
自分たちが捨てた石が、宝石となって、今、この国を救う唯一の希望になろうとしている。
その残酷な現実に、バルドはただ、打ちのめされるしかなかった。
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