第8話「覚醒の時、英雄の誕生」

「深淵の洞窟」の内部は、司の予想以上に過酷な環境だった。

 入り組んだ通路、足元をすくう罠、そして次から次へと現れる強力な魔物たち。だが、「原石の輝き」の連携は、それらの脅威をものともしなかった。

「リョウガ、右から来るぞ!」「ミリア、足止めを頼む!」

 司の的確な指示が飛ぶ。彼は戦闘に参加せず、一歩引いた位置から戦場全体を見渡し、最適な戦術を組み立てることに専念していた。まるで、チェスの名人が盤面を支配するように。

 リョウガは、まるで獅子のような猛攻で魔物を薙ぎ払い、パーティーの盾となる。ミリアは、多彩な魔法で敵を翻弄し、リョウガを援護する。

 彼らは、ダンジョンの階層を、驚異的なスピードで下っていった。

 そして、ついに最下層の巨大な扉の前にたどり着いた。

「この奥に、ボスがいるはずだ。気を引き締めろ」

 司の言葉に、二人は静かにうなずく。これまでの戦いで、彼らの集中力は極限まで高まっていた。

 重い扉を押し開けると、そこはドーム状の広大な空間になっていた。そして、その中央に、”それ”はいた。

 体長は十メートルを超える、漆黒の鱗に覆われた巨大な竜。その名は「奈落の竜(アビスドラゴン)」。かつて、多くのAランクパーティーを葬ってきた、このダンジョンの主だ。

「ぐおおおおおおっ!」

 竜の咆哮が、洞窟全体を揺るがす。その凄まじいプレッシャーだけで、並の冒険者なら竦み上がってしまうだろう。

「来るぞ!」

 竜が、巨大な口から漆黒のブレスを放った。

「ミリア!」

「はい!『三重なる守護の壁(トリプル・プロテクション)』!」

 ミリアが瞬時に三重の魔法障壁を展開する。ブレスは障壁を一枚、また一枚と砕いていくが、三枚目が砕け散る寸前で、その勢いは完全に消え失せた。

「リョウガ!」

「言われなくても!」

 リョウガが、ブレスを放って無防備になった竜の懐に、電光石火の速さで飛び込む。大剣が、竜の硬い鱗に叩きつけられ、火花を散らした。

「硬え!」

 さすがに、これまでの魔物とは格が違う。だが、リョウガは怯まなかった。彼は竜の攻撃を紙一重でかわしながら、的確に鱗の隙間を狙って斬撃を叩き込んでいく。

 戦いは、熾烈を極めた。

 竜の圧倒的なパワーと漆黒のブレス。それに対し、リョウガの剣技とミリアの魔法支援、そして司の戦術が、互角の張り合いを見せる。

 だが、徐々に「原石の輝き」は追い詰められていった。

「くっ……!」

 竜の薙ぎ払った尻尾が、リョウガの体をしたたかに打ち据えた。リョウガは壁まで吹き飛ばされ、激しく咳き込む。

「リョウガ!」

 ミリアの悲鳴が響く。その一瞬の隙を、竜は見逃さなかった。竜の狙いは、後方でパーティーの要となっているミリアへと変わった。

「まずい!」

 司の背筋に、冷たい汗が流れた。リョウガはまだ動けない。ミリアは次の魔法の詠唱中で、完全に無防備だ。

 竜の巨大な爪が、ミリアに迫る。

 もはや、これまでか。誰もがそう思った、その瞬間だった。

「させるかよおおおおおおっ!!」

 リョウガが、血を吐きながらも立ち上がり、信じられない速さでミリアの前へと割り込んだ。

 そして、振り下ろされる竜の爪を、傷だらけの体で、その大剣で受け止めた。

「お前には……指一本、触れさせねえ……! 俺の、大事な仲間だ……!」

 その時、リョウガの全身から、紅蓮の闘気が立ち上った。それは、これまでの闘気とは比べ物にならないほど強力で、そして温かい光だった。

 司の脳内に、鑑定結果が流れ込んでくる。


【名前:リョウガ】

【スキル:剣聖技、闘気(極)】

【才能限界値:剣聖(S)】

【才能開花:達成済】


「開花した……!」

「信頼できる仲間のために剣を振るうこと」。彼は、自らの身を挺して仲間を守り、その条件を完全にクリアしたのだ。

「うおおおおっ!」

 覚醒したリョウガの力は、竜のパワーを上回っていた。彼は竜の爪を弾き返すと、渾身の力を込めた一撃を叩き込んだ。

 その一撃は、竜の漆黒の鱗を、まるで紙のように切り裂いた。

 竜が、苦痛に咆哮する。

 だが、勝負はまだ決まらない。深手を負った竜は、最後の力を振り絞り、これまでで最大級のブレスを放とうと、口内に漆黒のエネルギーを収束させ始めた。

「ミリア! やれるか!?」

 司が叫ぶ。

「はい! この時のために、温存しておきました!」

 ミリアは、先ほどの戦闘で得たデータと古代魔法の知識を組み合わせ、ある一つの答えにたどり着いていた。

「リョウガの闘気と、私の自然魔法……二つの力を合わせれば……!」

 それは、彼女がずっと探求してきた、未知の魔法理論が形になる瞬間だった。

「リョウガ! あなたの力を、私に!」

 ミリアが杖をリョウガに向ける。リョウガはうなずくと、自らの闘気をミリアへと送り込んだ。

 紅蓮の闘気と、翡翠色の魔力が混じり合い、螺旋を描きながら天に昇る。

「これが、私たちの魔法です!『創生の剣(ジェネシス・ブレイド)』!」

 ミリアの杖の先に、光り輝く巨大な剣が形成された。それは、リョウガの破壊の力と、ミリアの創造の力が融合した、全く新しい魔法だった。


【名前:ミリア】

【スキル:大賢者の叡智、森羅魔法】

【才能限界値:大賢者(S)】

【才能開花:達成済】


「ミリアも……!」

 未知の魔法理論を解き明かし、彼女もまた、才能を完全に開花させたのだ。

「いけえええええっ!」

 光の剣は、竜が放った漆黒のブレスと激突した。

 光と闇がぶつかり合い、ダンジョン全体が崩壊するほどの衝撃が走る。

 そして、光が闇を打ち破った。

 創生の剣は、ブレスを飲み込み、そのまま竜の体を貫いた。

 断末魔の叫びを上げる間もなく、奈落の竜は、光の粒子となって消滅した。

 後に残ったのは、静寂と、息を切らして立つ二人の英雄、そして、その誕生の瞬間をプロデュースした一人の男だった。

「……やったな、二人とも」

 司の声は、興奮で震えていた。

 リョウガとミリアは、互いの顔を見合わせ、そして力強くうなずき合った。

 言葉はいらなかった。彼らの間には、幾多の死線を乗り越えてきた者だけが共有できる、絶対的な信頼が生まれていた。

「原石の輝き」が、奈落の竜を討伐した。

 そのニュースは、クロスロードのギルドを、そしてオルデン王国全体を、瞬く間に駆け巡ることになる。

 一人の追放された鑑定士が育て上げた二つの才能が、今、本物の英雄として、その第一歩を踏み出したのだった。

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