第10話「英雄、戦場に立つ」

 王都からの使者がクロスロードのギルドに駆け込んできたのは、司たちがダンジョン攻略の祝杯をあげている、まさにその時だった。

 近衛騎士から差し出された国王の親書を読み終えた司は、静かにリョウガとミリアにその内容を伝えた。

「ガリア帝国が侵攻してきた。王国は滅亡の危機にある。国王自ら、俺たちに救援を要請してきた」

「王国が……俺たちに?」

 リョウガが、信じられないといった顔で聞き返す。

 ギルド内が、にわかにざわつき始めた。追放されたはずの司に、王国が助けを求める。その劇的な展開に、誰もがかたずをのんで成り行きを見守っていた。

「どうするんだ、司? まさか、引き受けるのか? 俺たちを追い出した連中のために?」

 リョウガの言う通りだった。何の義理もない。むしろ、恨みこそあれ、助ける理由などどこにもなかった。

 ミリアも、心配そうに司の顔を見つめている。

「彼らは、あなたを陥れた人たちです。危険を冒してまで、助ける必要はないかと……」

 二人の言うことは、もっともだった。

 だが、司の答えは決まっていた。

「引き受ける」

 そのきっぱりとした口調に、リョウガとミリアは目を見開いた。

「なぜだ!?」

「理由は三つある」

 司は、人差し指を立てた。

「一つ。この戦争で帝国に負ければ、この国は奴らのものになる。そうなれば、俺たちの活動拠点であるこの街も、無事では済まない。俺たちの居場所を守るために、戦う必要がある」

 司は、二本目の指を立てる。

「二つ。これは、俺たちの力を、王国中に知らしめる絶好の機会だ。宮廷の連中が、どれだけ俺たちの活躍を妬み、隠そうとしても、戦争での功績は隠しようがない。俺たちが、彼らより優れていることを、誰の目にも明らかな形で証明するんだ」

 そして、司は最後の三本目の指を立てた。その目は、宮廷のある王都の方角を、まっすぐに見据えていた。

「三つ目。そして、これが最大の理由だ。宮廷には、俺たちが助け出さなければならない、二つの『原石』がまだ残っている」

「「原石……?」」

「ああ。かつて、俺が宮廷で見出した、Sランクの才能を持つ二人だ。聖騎士と、大魔導士の原石。彼らは今、腐った組織の中で、その才能を潰されかけている。俺が、彼らを救い出すんだ」

 司のその言葉に、もはや反論する者はいなかった。

 リョウガとミリアは、司がただの復讐心で動いているのではないことを、理解したのだ。彼の根底にあるのは、いつだって才能ある者への深い愛情と、それを育て上げたいという純粋な情熱だった。

「……へっ、わかったよ。お前がそう言うなら、付き合ってやる」

 リョウガが、不敵な笑みを浮かべて言った。

「まったく、あなたは放っておけない人ですね」

 ミリアも、やれやれと肩をすくめながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。

「よし、決まりだ! 『原石の輝き』、王都へ出陣する!」

 司の号令に、リョウガとミリアが力強く応えた。

 そのやり取りを見ていたギルドの冒険者たちから、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。

「いけー! 原石の輝き!」

「帝国の奴らを、ぶっ飛ばしてやれ!」


 数日後、王都へと続く街道を進む帝国軍の前に、たった三人の人影が立ち塞がった。

「止まれ! この先は、俺たちが通さない!」

 リョウガが、大剣を構えて言い放つ。

 帝国軍の指揮官は、そのあまりにも無謀な姿を、鼻で笑った。

「はっはっは! たった三人で、我が大軍に立ち向かうとは、死にたいらしいな! 構わん、まとめて踏み潰してしまえ!」

 指揮官の号令で、帝国軍の先陣が、地響きを立てて突撃を開始する。

「ミリア!」

「お任せを!『茨の城壁(ソーン・ウォール)』!」

 ミリアが杖を大地に突き立てると、地面から巨大な茨の壁が瞬く間に隆起した。それは、帝国軍の進路を完全に塞ぐ、難攻不落の城壁となった。

「な、なんだ、あれは!?」

 帝国軍が混乱に陥る。

「よし、行くぜ!」

 リョウガが、茨の壁の上を駆け上がり、帝国軍の只中へと踊り出た。

 覚醒した彼の剣技は、もはや人の域を超えていた。一振りで数人の兵士を薙ぎ払い、その剣閃は、まるで赤い竜巻のように戦場を踏みにじっていく。

「ひ、ひい! 化け物だ!」

 帝国兵たちは、恐怖に顔を引きつらせ、逃げ惑う。

「仕上げと参りましょう。『天より降り注ぐ裁きの光(ヘブンズ・ジャッジメント)』!」

 ミリアが、上空に巨大な魔法陣を展開させる。そこから、無数の光の矢が降り注ぎ、帝国軍の魔術師部隊と後方部隊を正確に撃ち抜いていく。

 戦況は、一瞬にしてひっくり返った。

 たった二人。いや、戦場を的確に把握し、指示を出す司を含めた三人の力で、数千の帝国軍が、為す術もなく壊滅していく。

 その圧倒的な光景を、王都の城壁の上から、国王やバルドをはじめとする宮廷の人間たちが、呆然と眺めていた。

「あれが……『原石の輝き』……」

「信じられん……。あれは、本当に人間のなせる技なのか……」

 そして、バルドは見てしまった。

 戦場の中心で、誰よりも輝きを放ち、戦況を支配している男の姿を。

 それは、間違いなく自分たちが「無能」と蔑み、追放したはずの、相馬司の姿だった。

 圧倒的な力で王国を救う英雄として、彼は今、戦場に立っている。

 その現実が、バルドの心を、かんぷなきまでに叩き潰した。

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