第7話「才能の壁と腐敗の温床」

 宮廷魔術師団の訓練場は、重苦しい空気に満ちていた。

「そこまで! 次!」

 指導教官の覇気のない声が響く。模擬戦を行っているのは、貴族出身の若き魔術師たちだ。しかし、その魔法には精彩がなかった。

 放たれる炎の矢は威力がなく、氷の槍は的を大きく外れる。数ヶ月前とほとんど成長が見られない。いや、むしろ士気の低下と共に、実力も後退しているようにさえ見えた。

 その様子を、バルドは苦虫を噛み潰したような顔で眺めていた。

「どいつもこいつも、使えん……! これが、王国の未来を担う魔術師の姿か!」

 ゲルドに調査させていた「原石の輝き」の報告は、バルドをさらに苛立たせた。不正の証拠など、どこにも見つからなかったのだ。ただ、リーダーである司の的確な指揮と、メンバーの圧倒的な実力によって、正々堂々と依頼を達成している、という報告ばかりだった。

 その報告を聞くたびに、司に「聖騎士と大魔導士の才能がある」と言われた、あの二人の平民の顔が脳裏をよぎる。

 レオと、アンナだ。

 バルドは訓練場の隅に目をやった。そこでは、レオとアンナが黙々とモップで床掃除をさせられていた。模擬戦に参加することすら、許されていないのだ。

 司が追放されてから、二人に対する風当たりはさらに強くなった。「無能な鑑定士に肩入れされた、出来損ないの平民」というレッテルを貼られ、まともな訓練も受けさせてもらえず、雑用ばかりを押し付けられる日々。

 アンナは持ち前の負けん気で、夜中に隠れて自主練習を続けていたが、指導者がいない状態では、その才能を正しく伸ばすことはできなかった。強力すぎる魔力を制御できず、暴発させては罰を受ける、その繰り返しだった。

 レオに至っては、完全に自信を失っていた。かつて司に見出された希望の光は消え、その瞳には諦めの色が浮かんでいる。彼は、自分には才能などなかったのだと、思い込もうとしていた。

 バルドは二人を一瞥すると、興味を失ったように踵を返した。

 彼には、わからなかったのだ。なぜ、貴族である自分たちが伸び悩み、平民であるはずの司が率いるパーティーが飛躍するのか。才能とは、血統によって受け継がれるものではなかったのか。

「何かが、間違っている……」

 だが、その間違いが何なのかを認めることは、バルドのプライドが許さなかった。

 執務室に戻ると、ゲルドが神妙な顔で待っていた。

「バルド様、隣国ガリア帝国が、国境付近で不穏な動きを見せているとの情報が……」

「ガリアだと? またか。奴らも懲りないものだな」

 ガリア帝国は、オルデン王国の西に位置する好戦的な軍事国家だ。これまでも、幾度となく小競り合いを繰り返してきた。

「ですが、今回はどうも様子が違うようです。これまでにない規模の軍勢が集結していると……」

「ふん。どうせ、いつもの威嚇だろう。もし攻めてきたとしても、我が魔術師団が返り討ちにしてくれる」

 バルドは自信ありげに言った。だが、その声には、以前のような絶対的な確信はなかった。今の魔術師団の戦力で、本当に帝国軍を退けられるのか。一抹の不安が、彼の心をよぎる。

「それよりも、ゲルド。例のパーティーの件はどうなっている。まだ尻尾を掴めんのか」

「は、はあ。それが、どうも連中は、高難易度のダンジョンに挑む準備をしているようでして……」

「ダンジョンだと?」

 バルドの目が光った。ダンジョンは、強力な魔物がはびこる危険地帯だ。どれだけ実力があろうと、油断すれば命を落とす。

「いい機会だ。奴らが失敗するのを、高みの見物をさせてもらおうじゃないか」

「それに、万が一失敗したとしても、叔父である宰相に泣きつけばいい。戦場での失態など、政治力と金でどうとでも揉み消せる」

 バルドの口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。

「いや……少しばかり、”手助け”をしてやるのも一興か……」


 その頃、司たちはクロスロードのギルドで、新たな挑戦を前にしていた。

 目の前にあるのは、これまでで最高難易度となるAランクのダンジョン、「深淵の洞窟」の攻略依頼だ。最下層にいるボスを討伐すれば、莫大な報酬と名声が手に入るが、生きて帰った者はほとんどいないという。

「本当に、これを受けるのか、司?」

 リョウガが、少しだけ緊張した面持ちで尋ねる。

「ああ。今の俺たちなら、必ず攻略できる」

 司は自信を持ってうなずいた。この数ヶ月、二人の成長は司の想像をすら超えていた。

 リョウガは、荒々しいだけの剣術から、力と技を兼ね備えた洗練された剣技を身につけつつあった。仲間を守るという意識が、彼の剣をさらに強くしていた。

 ミリアは、古代魔法の知識を応用し、誰も見たことのない複合魔法をいくつも編み出していた。その戦術眼は、もはや司を凌ぐほどだ。

 二人の才能は、見事に開花し始めていた。

 だが、まだ足りない。

「Sランクの才能が本当に覚醒するためには、それぞれの開花条件を完全にクリアする必要がある」

 リョウガの「信頼できる仲間のために剣を振るうこと」。

 ミリアの「未知の魔法理論を解き明かすこと」。

 このダンジョンには、そのための最後の試練が待ち受けている。司はそう確信していた。

「それに、このダンジョンを攻略すれば、俺たちの名は王国中に轟く。そうなれば、王宮も俺たちを無視できなくなる」

 司の目には、遥か先が見えていた。宮廷魔術師団への、壮大なリベンジ。そして、才能ある者が正当に評価される、新しい仕組みを作り上げること。

 そのための、大きな布石が、このダンジョン攻略だった。

「準備はいいな? 行くぞ、『原石の輝き』!」

「「おう!/はい!」」

 三人は、まだ見ぬ強敵が待つ、暗い洞窟の入り口へと、決意を新たに足を踏み入れた。

 彼らの伝説が、新たなステージへと進む。

 その一方で、王宮では、腐敗した組織の足元が静かに崩れ始めていた。才能の壁に絶望する者たちと、自分たちの過ちに気づかぬ者たち。

 二つの道の先にある未来は、まだ誰にも予測できなかった。

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