第4話「森の賢者と未知への探求」

 リョウガの育成が軌道に乗り始めた頃、司は次の才能を探し始めていた。リョウガは前衛のアタッカーとしては申し分ない。だが、最強のパーティーを作るには、他の役割を担えるメンバーが必要不可欠だ。

「特に欲しいのは、後衛からの魔法支援と、パーティーの頭脳となる司令塔の役割をこなせる人材だ」

 そんなことを考えながら、司はギルドの酒場で情報収集に励んでいた。冒険者たちのよた話の中には、時として貴重な情報が紛れ込んでいる。

「おい、聞いたか? “迷いの森”の奥に、最近、妙な魔術師が住み着いたらしいぜ」

「ああ、なんでもとんでもない美人だが、人を寄せ付けない変わり者だとか」

「森に入った奴が、見たこともない魔法で追い返されたって話だ。木の蔓が蛇みたいに襲ってきたとかなんとか」

「迷いの森……魔術師……」

 その話に、司のプロデューサーとしてのアンテナが強く反応した。人を寄せ付けない、という点から、おそらく相当な実力者である可能性が高い。そして、見たこともない魔法というのも気にかかる。

「マスター、その迷いの森について、もう少し詳しく教えてくれないか?」

 司はカウンターのマスターに声をかけた。

「おや、兄さん、あそこへ行くのかい? やめておきな。あそこは昔から、腕利きの冒険者でも迷うってんで、その名がついた厄介な場所だ。最近じゃ、その謎の魔術師のせいで、ギルドも立ち入りを制限してるくらいだよ」

「なるほど。ちなみに、その魔術師はどんな人物なんです?」

「さあねえ。エルフだっていう噂だが……。まあ、関わらないのが一番だよ」

 エルフ。長寿で魔力に優れた種族。ますます興味が湧いてきた。

 司はギルドを出ると、リョウガに森へ行くことを告げた。

「はあ? 森に住んでる魔術師ぃ? 何のためにそんな奴に会うんだよ」

「パーティーの新しい仲間を探しに、だ。君一人では、いずれ限界が来る」

「俺一人で十分だ!」

「この前の黒鉄の猪を思い出せ。確かに君は強い。だが、もし相手が空を飛んだら? 魔法で遠くから攻撃してきたら? 君一人でどう対処する?」

 司の的確な指摘に、リョウガはぐっと言葉に詰まる。

「……ちっ。わかったよ、行けばいいんだろ行けば!」

 こうして二人は、迷いの森へと向かうことになった。

 森は、その名の通り薄暗く、どこも同じような景色が続いていた。方向感覚が狂い、確かに迷いやすい。

「おい、こっちで合ってんのかよ」

「ああ、問題ない。彼女が立てた結界の魔力を辿っている」

 司には、戦闘能力はないが、微弱な魔力の流れを感知することはできた。森の奥から、明らかに異質で強力な魔力が発せられている。

 しばらく進むと、森の開けた場所に、蔦の絡まる巨大な樹をくり抜いて作られた家が見えた。家の周りには、見たこともない植物が発光し、幻想的な雰囲気を醸し出している。

「ここか……」

 リョウガが警戒して剣に手をかけた、その時だった。

「そこから先に立ち入ることは許しません。すぐに立ち去りなさい」

 凛とした、鈴の鳴るような声が響いた。声の主を探すと、大樹の枝の上から一人の少女がこちらを見下ろしていた。

 長く尖った耳、透き通るような白い肌。銀色の髪が月光に照らされて輝いている。まさしく、エルフの少女だった。

「俺たちはあんたに会いに来た。少し話がしたい」

 司が穏やかに話しかけるが、少女は冷たい視線を崩さない。

「人間に話すことなどありません。警告はしました。これ以上進むなら、容赦はしません」

 少女が軽く手をかざすと、地面から無数の木の蔓が、まるで生きているかのように伸びてきて、二人の行く手を阻んだ。

「うおっ!なんだこりゃ!」

 リョウガが剣で蔓を切り払うが、切っても切っても切りがない。

「これが、噂の魔法か。植物を操る魔法……自然魔法の一種だろうが、これほど強力なものは見たことがない」

 司は冷静に少女を鑑定した。


【名前:ミリア】

【スキル:自然魔法(上級)、古代言語解読】

【才能限界値:大賢者(S)】

【開花条件:未知の魔法理論を解き明かすこと】


「大賢者! またしてもSランク! しかも、開花条件が……」

 司は確信した。彼女こそ、パーティーの頭脳にふさわしい人材だと。

「ミリア! 俺は君の力を借りたい!」

 司は蔓の壁に向かって叫んだ。

「なっ……! なぜ私の名前を……!?」

 少女が初めて動揺を見せる。

「君は、古代の魔法理論を研究しているんだろう? こんな森の奥で、一人で。だが、研究には限界があるはずだ。資料が足りない。議論を交わす相手もいない」

「……!」

「俺と一緒に来ないか? 俺が君の研究に必要なものを全て用意してやる。古代遺跡の場所も、希少な魔法書も。君がまだ知らない、未知の魔法理論を、俺が君に見せてやる!」

 これは、司の賭けだった。彼女の開花条件である「未知の魔法理論を解き明かすこと」。それこそが、彼女が最も渇望しているもののはずだ。

 司の言葉は、ミリアの心を的確に射抜いていた。蔓の動きが、ぴたりと止まる。

 ミリアは枝からふわりと飛び降りると、警戒しながらも二人の前に姿を現した。

「……あなた、一体何者なのですか? なぜ、私のことをそこまで知っているのですか?」

「俺は相馬司。プロデューサーだ。君のような才能ある人材を探している」

 司はミリアの目を見て、誠実に語りかけた。

「君の知識と魔法の力が必要だ。俺たちのパーティーに加わってほしい。もちろん、君の研究は最大限支援することを約束する」

 ミリアはしばらくの間、司の顔をじっと見つめていた。その翡翠色の瞳が、彼の真意を探っているようだった。

 やがて、彼女は小さな声でつぶやいた。

「……あなたの言う、未知の魔法理論とは、具体的にどのようなものですか?」

 その問いに、司はニヤリと笑った。

「食いついた!」

「例えば、だ。君の自然魔法と、俺の仲間の剣士の闘気を組み合わせた、全く新しい複合魔法なんてのはどうだ?」

「闘気と……魔法を……?」

 ミリアの目が、驚きと好奇心で見開かれる。それは、彼女がこれまで考えたこともない、全く新しい発想だった。

「面白そうだろ? 俺たちのパーティーなら、それが可能だ。さあ、どうする?」

 ミリアはしばらくためらっていたが、やがて、こくりと小さくうなずいた。

「……わかりました。あなたについていきましょう。ただし、もしあなたの話が嘘だとわかったら、その時は……」

「ああ、その時は、君の魔法で森の肥料にでもしてくれ」

 こうして、パーティーに二人目の仲間、大賢者の原石であるミリアが加わった。

 世間知らずで人嫌いのエルフ。彼女をどうやってチームに組み込んでいくか。

 司のプロデューサーとしての、新たな挑戦が始まろうとしていた。

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