第3話「プロデューサーの腕の見せ所」
「で、プロデューサーさんよ。俺に相応しい舞台ってのは、一体どこにあるんだ?」
ギルドへ戻る道すがら、リョウガが不遜な態度で尋ねてきた。司の後ろを腕を組んでついてくる姿は、どう見ても護衛というより借金取りだ。
「まあ、焦るな。まずは君の現状分析からだ」
司はギルドの依頼掲示板の前に立つと、リョウガに向き直った。
「君の長所は、圧倒的な攻撃力と一対一での戦闘能力。短所は、協調性の欠如と、後先を考えない猪突猛進な戦い方。違うか?」
「……まあな」
リョウガは悪びれる様子もなくうなずく。自覚はあるらしい。
「君のその戦い方では、単独で受けられる依頼には限界がある。パーティーを組んでもすぐに仲間割れを起こす。だから、いつまでたってもCランクから抜け出せずに燻っている」
「まさに、典型的な一匹狼タイプの社員だな。能力は高いが、チームプレーが苦手で組織に馴染めない。こういう人材をどう活かすかが、マネジメントの腕の見せ所だ」
司は前世の経験を頭に思い浮かべながら、話を続けた。
「そこで、君への最初の課題だ。俺が君の能力を最大限に活かせる依頼を選んでやる。君は俺の指示にだけ従えばいい。それ以外のことは何も考えなくていい」
「てめえの指示、だと? 俺が、お前の命令を聞けってのか」
リョウガの眉がぴくりと動く。早くも反抗的な態度だ。
「命令じゃない、提案だ。俺は君のトレーナーであり、マネージャーでもある。君を『剣聖』という高みへ導くための、最短ルートを示してやる。それに乗るか乗らないかは、君次第だ」
司はあえて「剣聖」という言葉を使った。彼の才能限界値を口にすることで、その気にさせるための、ささやかな心理誘導だ。
「けんせい……」
リョウガはその言葉を反芻し、ごくりと喉を鳴らす。やはり、彼自身も己の才能の底知れなさに気づいているのだろう。ただ、その伸ばし方が分からなかっただけなのだ。
「……わかったよ。そこまで言うなら、お前の言う通りにしてやる。で、どの依頼を受けるんだ?」
リョウガがようやく折れたのを見て、司は掲示板に貼られた一枚の依頼書を指さした。
「これだ。『黒鉄の猪(アイアンボア)討伐依頼』。依頼主は近くの村の村長。ランクはC。君一人でも十分に達成可能な相手だ」
「はあ? アイアンボアだあ? そんなもん、俺一人で十分だろうが。もっと骨のあるやつはいねえのかよ」
リョウガは不満を隠そうともしない。黒鉄の猪は、その名の通り鉄のように硬い皮を持つ猪の魔物だが、動きは鈍重で、リョウガほどの剣士なら苦戦する相手ではない。
「もちろん、ただ倒すだけじゃない。条件がある」
司は人差し指を立てた。
「一つ、村の畑を一切荒らさせないこと。二つ、君自身も無傷で帰ってくること。そして三つ、できるだけ少ない手数で、最小限の動きで仕留めること」
「なんだそりゃ。面倒くせえな」
「これができないようでは、剣聖への道は程遠いぞ? ただ敵を力任せに斬り伏せるだけなら、ただの狂戦士だ。真の強者は、力と技を完璧にコントロールする」
司の言葉に、リョウガはぐうの音も出ないようだった。彼は自分の戦い方がいかに荒削りで無駄が多いかを、本当は理解しているのだ。
「モチベーション管理の基本は、具体的な目標設定。漠然と『強くなれ』と言うのではなく、クリアすべき小さな課題を段階的に与えることで、成長を実感させ、意欲を引き出すんだ」
人事コンサルタントとしての知識が、この世界でも見事に通用する手応えを感じていた。
依頼書を剥がして受付に持って行くと、二人は早速、村へと向かった。
村に着くと、村長が疲れきった顔で出迎えてくれた。話によると、夜な夜な黒鉄の猪が現れては、収穫間近の作物を食い荒らしていくらしい。
「あの魔物は全身が鎧のように硬くて、我々のクワやカマでは歯が立ちません。どうか、お願いいたします」
「任せてください」
司は自信たっぷりにうなずいた。
夜になり、月が空に昇る頃。畑に仕掛けた罠が、ガシャンと大きな音を立てた。
「来たな」
物陰に潜んでいたリョウガが、大剣を握りしめる。見ると、体長三メートルはあろうかという巨大な猪が、罠にかかって暴れていた。その名の通り、全身が黒光りする金属質の皮で覆われている。
「よし、行くぜ!」
リョウガが飛び出そうとするのを、司は手で制した。
「待て。課題を忘れたか? 最小限の動きで仕留めるんだ」
「ちっ、わーってるよ!」
リョウガは悪態をつきながらも、はやる気持ちを抑えてゆっくりと猪に近づいていく。
猪は罠にかかって動きが鈍っている。だが、その突進力は侮れない。リョウガは猪の動きを冷静に見極め、その周りを静かに旋回する。
「そうだ、リョウガ。力に頼るな。相手をよく観察しろ。どんな強固な鎧にも、必ず弱点はある」
司は心の中で指示を送る。
リョウガはまるで、司の声が聞こえているかのように、猪の弱点を探っていた。そして、一瞬の隙を見逃さなかった。猪が首を振った瞬間、わずかに剥き出しになった首の付け根。そこは、硬い皮で覆われていない、唯一の急所だ。
「そこだ!」
司の叫びと、リョウガの動きはほぼ同時だった。
踏み込みは一歩。剣閃は一筋。
リョウガの大剣が月光を反射して煌めいたかと思うと、次の瞬間には猪の急所を正確に貫いていた。
巨体が、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。
それは、力任せの斬撃ではなく、一点にすべての力を集中させた、まさしく「技」と呼ぶにふさわしい一撃だった。
「……どうだ」
リョウガが、少しだけ誇らしげに振り返る。その額には汗一つかいていない。
「ああ、見事だ。完璧だった」
司は素直に賞賛の言葉を贈った。畑は全く荒れていない。リョウガも無傷。そして、たった一撃で仕留めてみせた。
「素晴らしい……! これほどの才能、やはり本物だ」
リョウガは、与えられた課題を完璧にこなしただけでなく、その過程で自らの力の使い方を学び取ったのだ。
村に戻ると、村長は涙を流して感謝し、約束の報酬に加えて、採れたての野菜まで持たせてくれた。
帰り道、リョウガはいつになく無口だった。
「どうした? 何か不満でもあったか?」
司が尋ねると、リョウガは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いや……なんつーか、初めてだ。こんな風に、誰かに感謝されたの」
これまでは、魔物を倒しても街や物を壊して損害賠償を請求されることの方が多かったのだろう。
「それに、てめえの言う通りにしたら、なんだか、すげえ楽に勝てた」
「言っただろう? 俺は君を最強にすると」
司は笑って答えた。
これが、第一歩だ。彼に「成功体験」を積ませることで、司への信頼を勝ち取る。信頼関係こそが、育成の土台となる。
「開花条件は、信頼できる仲間のために剣を振るうこと……か」
その相手が、いつか自分になればいい。司はそう願いながら、隣を歩く赤髪の剣士の横顔を見つめた。
二人の奇妙な師弟関係、あるいはプロデューサーと所属タレントのような関係は、まだ始まったばかりだ。
クロスロードの街の灯りが見えてきた頃、リョウガがぽつりとつぶやいた。
「なあ、次の依頼はなんだ?」
その声には、もう以前のような苛立ちはなく、純粋な好奇心と期待が込められていた。司は、してやったりと口元を緩めた。
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