第2話「腐敗した宮殿、希望の荒野へ」
王都を追放された司の足取りは、決して軽くはなかった。わずかな所持金と着の身着のまま。雨に濡れた体は芯から冷え切り、空腹が容赦なく胃を締め付ける。
「まずは、この状況をどうにかしないとな」
司は思考を切り替える。人事コンサルタントの仕事は、現状分析から始まるのが常だ。
今の自分にあるもの。それは【才能鑑定】スキルと、前世で培った知識と経験。そして、宮廷を追い出されたことで得た、しがらみのない自由。
失ったものは多い。地位、安定した収入、そして信頼。レオやアンナといった、見出したばかりの才能を育てる機会も理不尽に奪われた。
「くそっ……!」
悔しさがこみ上げ、思わず道端の石を蹴り飛ばす。石は虚しく転がり、泥溜まりに落ちた。
バルドたちの顔が脳裏に浮かぶ。彼らは今頃、邪魔者を排除できたと祝杯でもあげているのだろうか。才能よりも血統を重んじる旧態依然とした組織。いずれ立ち行かなくなることは目に見えている。
だが、今は彼らを呪っても腹は膨れない。
「とにかく、どこかの街で日銭を稼がないと」
幸い、この世界には冒険者という職業がある。実力さえあれば誰でも身を立てることが可能な、実力主義の世界だ。司のような戦闘能力のない者には縁のない世界だと思っていたが、今はそうも言っていられない。
「……いや、待てよ」
司の脳内に、一つのアイデアが閃いた。
「冒険者になれないなら、冒険者をプロデュースすればいいんじゃないか?」
【才能鑑定】で素質のある冒険者を見つけ出し、彼らを育成する。パーティーの編成、クエストの選定、戦略立案。そういった裏方の仕事なら、戦闘能力がなくても可能だ。それはまさに、司が最も得意とする分野だった。
道が開けた気がした。追放された絶望が、新たな挑戦への希望へと変わっていく。
「そうだ。宮廷のような狭い世界で燻っているより、ずっと面白いじゃないか」
目的地は決まった。冒険者たちが集まる街、自由都市「クロスロード」。王都から南へ数日歩いた場所にある、活気あふれる街だ。
司は顔を上げ、再び歩き始めた。足取りは、先ほどよりもずっと軽くなっていた。
数日後、司はクロスロードの門をくぐっていた。様々な人種が行き交い、活気に満ちた大通り。露店商の威勢のいい声、鍛冶屋から聞こえる槌の音、酒場から漏れ聞こえる陽気な歌声。すべてが司の心を高揚させた。
まずは情報収集だ。司は冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中は、屈強な男たちや軽装の斥候、ローブをまとった魔術師たちでごった返していた。壁一面に貼り出された依頼書(クエスト)を眺める者、仲間と酒を酌み交わす者。その熱気に、司は少しだけ気圧される。
「すごいな……。まさに才能の宝庫だ」
司はこっそりと【才能鑑定】を発動させる。目に映る冒険者たちの情報が、次々と頭の中に流れ込んできた。
【名前:ゴードン】
【スキル:斧術(中級)、怪力】
【才能限界値:狂戦士(A)】
【開花条件:好敵手との死闘を乗り越える】
【名前:サラ】
【スキル:短剣術(中級)、隠密】
【才能限界値:暗殺者(A)】
【開花条件:誰にも知られず標的を仕留める】
Aランクの才能を持つ者はゴロゴロいる。しかし、司が探しているのはそんなレベルではない。世界を揺るがすほどの、Sランクの才能。レオやアンナのような、規格外の「ダイヤの原石」だ。
司はギルドの片隅にある酒場で席を見つけ、一番安いエールを注文した。ここなら、多くの冒険者の噂話が聞けるはずだ。
「聞いたか? “赤髪の悪魔”がまたパーティーをクビになったらしいぜ」
「ああ、リョウガだろ? 腕は立つが、性格に難がありすぎる。誰と組んでもすぐに仲間割れだ」
「協調性ゼロだからな。あいつを使いこなせるリーダーなんて、どこにもいやしねえよ」
「リョウガ……赤髪の悪魔、か」
興味深い噂に、司は耳を澄ませた。周りの冒険者たちの評価は散々だが、それだけの実力があることの裏返しでもある。
司は酒場のマスターに、リョウガという男について尋ねてみた。
「ああ、リョウガかい。あいつなら、おそらく裏の訓練場にでもいるんじゃないか? 腕は確かだが、とにかく喧嘩っ早くてね。依頼の達成率より、パーティーの解散率の方が高いんじゃないかな」
マスターは呆れたように肩をすくめた。
司は礼を言って酒場を出ると、教えられた裏の訓練場へと向かった。
そこは正規の訓練場とは違い、無法地帯のような場所だった。対戦相手を叩きのめし、金品を巻き上げるような連中の溜まり場だ。
その中央で、一際目を引く男が立っていた。燃えるような赤髪を無造作に束ね、使い込まれた大剣を肩に担いでいる。その周りには、数人の男たちが倒れていた。
「ちっ、雑魚が。もっと骨のあるやつはいねえのかよ!」
苛立ったように吐き捨てる男。あれがリョウガに違いない。
司は、彼の才能を鑑定した。
【名前:リョウガ】
【スキル:剣術(上級)、闘気】
【才能限界値:剣聖(S)】
【開花条件:信頼できる仲間のために剣を振るうこと】
「剣聖……! 間違いない、Sランクだ!」
司の心臓が高鳴った。こんな場所に、これほどの才能が埋もれていたとは。
開花条件は「信頼できる仲間のために剣を振るうこと」。彼がこれまで誰とも上手くやれなかった理由が、そこにあるのかもしれない。彼はまだ、守るべき仲間に出会えていないのだ。
司は意を決して、リョウガに近づいた。
「君がリョウガだな?」
リョウガは、値踏みするような鋭い視線を司に向ける。
「あ? なんだ、てめえ。ひょろひょろの兄ちゃんが、俺に何の用だ」
「俺は相馬司。君をスカウトしに来た」
司の言葉に、リョウガは鼻で笑った。
「スカウト? 俺を? てめえみたいな戦闘能力もなさそうな奴が?」
「ああ。俺は戦えない。だが、君を最強の剣士にすることはできる」
自信に満ちた司の口調に、リョウガは少しだけ目を見開いた。周りで見ていた他の男たちも、何事かとこちらを窺っている。
「面白いこと言うじゃねえか。最強、ねえ。口で言うのは簡単だぜ」
「なら、試してみるか?」
司は不敵に笑った。「君は今、ゴブリン退治の依頼でも受けようと思っているんじゃないか? その日暮らしのために」
図星だったのか、リョウガは少しだけ顔をしかめる。
「……それがどうした」
「そんな依頼じゃ、君の才能は錆びつくだけだ。俺が君に相応しい舞台を用意してやる。成功報酬は折半。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
「てめえは一体何なんだ。何で俺のことが分かる」
リョウガの警戒心が少しずつ好奇心に変わっていくのが、司には見て取れた。
「いいぞ。食いついてきた」
人事コンサルタントとしての経験が、相手の心理を的確に読み解いていた。交渉の第一段階は成功だ。
「俺は、プロデューサーだ。君というダイヤの原石を磨き、最高の輝きを放たせる。それが俺の仕事だ」
司はまっすぐにリョウガの目を見て言った。その目には、一点の曇りもなかった。
リョウガはしばらく黙り込んでいたが、やがてニヤリと口の端を吊り上げた。
「いいだろう。そこまで言うなら、お前の言うプロデュースってやつに乗ってやる。だが、もし俺を満足させられなかったら……分かってるな?」
その目は、そこらの魔物よりよほどどう猛だった。
「ああ、もちろんだ。君を絶対に後悔させないと約束する」
こうして、追放された鑑定士と、誰にも扱えなかったはぐれ剣士の、奇妙なコンビが誕生した。
司は心の中でガッツポーズを取った。宮廷を追われた日からまだ数日。だが、確かな一歩を踏み出した手応えがあった。
腐敗した宮殿を離れ、たどり着いた希望の荒野で、最高の原石を一つ、手に入れたのだから。
この出会いが、やがて王国全土を揺るがす伝説の始まりになることを、まだ誰も知らなかった。
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