追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ

藤宮かすみ

第1話「無能鑑定士とダイヤの原石」

「ああ、なるほど。これが俗に言う異世界転生か」

 相馬司(そうま つかさ)は、目の前に広がる景色と自らの小さな手を見下ろし、妙に冷静にそう理解した。

 トラックにはねられた瞬間の衝撃と浮遊感。それらが、遠い昔の出来事のように感じられる。人事コンサルタントとして多忙な日々を送っていた前世の記憶は、まるで映画でも見ているかのように客観的だ。

 この世界に生を受けて十数年。オルデン王国という、剣と魔法が存在する世界で、司はすくすくと育った。そして十五歳になった春、すべての人間に発現するというスキルを授かる。

 彼のスキルは【才能鑑定】。

 それは他人の名前、スキル、ステータス、そして「才能限界値」と「才能開花条件」という、普通では知り得ない情報までをも見抜くことができる、唯一無二の能力だった。

 しかし、問題が一つあった。

 司自身のステータスは一般人以下。戦闘に関するスキルは一切なく、魔力に至っては赤ん坊にも劣るレベルだったのである。

「完全にハズレスキルじゃないか……」

 鑑定はできても、自分自身を強化することはできない。この世界で生きていくには、あまりにも頼りない能力だった。

 だが、そのユニークな能力は王宮の目に留まることになる。

「君のその目、高く買おう。我が宮廷魔術師団で、新人育成の補助をしないかね?」

 そう言って彼をスカウトしたのは、魔術師団長その人だった。戦闘能力がない司にとって、それは願ってもない申し出だった。前世の知識が活かせるかもしれない、という淡い期待もあった。

 こうして司は、宮廷魔術師団の育成補助官という、前例のない役職に就いた。

 配属されて数週間。司は早速、二人の平民出身者に、たぐいまれな才能の輝きを見出していた。

 一人は、気弱だが実直な少年、レオ。

 もう一人は、少し勝気だが誰よりも努力家の少女、アンナ。

 貴族出身者が大半を占めるこの魔術師団において、彼らは肩身の狭い思いをしていた。訓練では満足な指導も受けられず、雑用ばかりを押し付けられている。

 司は彼らの才能を、その目でハッキリと捉えていた。


【名前:レオ】

【スキル:光魔法(初級)、盾術(初級)】

【才能限界値:聖騎士(S)】

【開花条件:守るべき者のために自らの恐怖を乗り越える】


【名前:アンナ】

【スキル:火魔法(中級)】

【才能限界値:大魔導士(S)】

【開花条件:自らの魔力の根源と向き合う】


「Sランクの才能が二つも……! とんでもない原石だ」

 聖騎士、そして大魔導士。どちらも国家の英雄となりうる、最高ランクの才能だ。それが、こんな場所で燻っている。

 人事コンサルタントとしての血が騒いだ。この素晴らしい才能を、このまま埋もれさせてはいけない。

 司は、魔術師団の幹部であり新人育成の責任者でもあるバルド子爵に進言するため、彼の執務室を訪れた。

「バルド様、失礼いたします。新人育成の件でご提案が」

 豪華な椅子にふんぞり返っていたバルドは、書類から顔も上げずに鼻を鳴らす。

「なんだ、鑑定士か。言ってみろ」

 その態度は、明らかに司を見下していた。戦闘力も魔力もない司を、彼らは「役立たずの鑑定士」としか見ていないのだ。

「は。平民出身のレオとアンナについてです。彼らにはそれぞれ、聖騎士と大魔導士になる才能が秘められています。現在の訓練内容では、彼らの才能を伸ばすことはできません。どうか、彼らに合わせた特別な訓練メニューを組む許可をいただけないでしょうか」

 司は具体的な訓練プランを記した書類を差し出した。レオには防御と味方を守るための実践訓練を。アンナには高度な魔力制御と属性魔法の理論学習を。どちらも司が彼らの才能開花条件から逆算して練り上げた、最適な育成プランだった。

 バルドは書類に一瞥しただけで、それをゴミでも見るかのような目でテーブルの端に押しやった。

「くだらん。平民にそのような才能があるものか。お前の目は節穴か?」

「しかし、私の鑑定では間違いなく! このままでは、せっかくの才能が……」

「黙れ」

 地を這うような低い声に、部屋の空気が凍りついた。

「いいか、小僧。我々は由緒正しき貴族の魔術師団だ。平民が我々と肩を並べるなど、あってはならんのだよ。それに、お前のような魔力もない無能が我々の育成に口出しすること自体、一万年早い」

 冷え切った瞳が、司を射抜く。

「奴らは、貴族様たちのためのサンドバッグで十分だ。才能だかなんだか知らんが、勘違いさせるような真似はするな。分かったな?」

 それは提案の拒絶ではなく、明確な脅迫だった。才能ある平民を意図的に潰し、貴族の優位性を保とうとしているのだ。

「腐ってる……!」

 組織が腐敗する典型的なパターンだ。能力ではなく、出自や派閥が評価を左右する。そんな環境では、優秀な人材は育つはずがない。

 司は唇を噛みしめ、引き下がるしかなかった。

 だが、司は諦めなかった。幹部が駄目なら現場の指導教官に直接働きかけたり、レオやアンナにこっそりアドバイスを送ったりした。

「レオ君、君の役目は攻撃じゃない。誰かを守ることだ。その一点に集中してごらん」

「アンナさん、君の魔法は強力すぎる。もっと的を小さく、威力を凝縮させるイメージで」

 二人は司のアドバイスを素直に聞き入れ、その才能の片鱗を見せ始めた。模擬戦で貴族の生徒を圧倒することも増えていく。

 しかし、それがさらなる悲劇の引き金となった。

 平民が生意気だ、と。司があの二人をそそのかしている、と。

 よからぬ噂が流れ始め、バルドたちの司への憎しみは、決定的なものになっていた。

 そして、運命の日が訪れる。

 司は魔術師団長に呼び出された。部屋にはバルドをはじめとする幹部たちが勢揃いしている。

「相馬司。貴様に、魔術師団の機密情報を他国へ漏洩した疑いがかかっている」

「なっ……! そんなはずはありません!」

 全く身に覚えのない罪状に、司は絶句した。

「しらばっくれるな! 貴様が密偵と接触していたという証拠は上がっているのだ!」

 バルドが勝ち誇ったように叫ぶ。それは、あまりにも稚拙な捏造された証拠だった。だが、この場に司の味方はいない。

 師団長は、ため息混じりに判決を告げた。

「残念だ、司君。君には期待していたのだが……。これ以上、我が魔術師団に置いておくことはできん。これより、貴様を魔術師団から追放する。即刻、王都から立ち去るように」

「そんな……! 師団長!」

 司の悲痛な叫びも、冷たい視線に遮られるだけだった。

 こうして、相馬司は濡れ衣を着せられ、たった一人、王都から追放された。

 背後で、バルドたちの嘲笑が聞こえた気がした。

「これで終わりか……? いや、終わらせない」

 雨に打たれながら、王都の門をくぐる。絶望的な状況だったが、司の心は不思議と折れていなかった。

「宮廷が駄目なら、外でやればいい。そうだろ?」

 前世で、何度も壁にぶち当たってきた。その度に、知恵と工夫で乗り越えてきたじゃないか。

【才能鑑定】は、戦闘には役立たない。だが、人材を見抜くことにかけては、これ以上のスキルはない。

「そうだ。俺はプロデューサーになればいいんだ」

 才能ある人材を発掘して育て、最強のチームを作り上げる。それは、まさに人事コンサルタントとして司がやってきたことそのものだ。

「見てろよ、バルド。あんたたちが潰した才能の原石を、俺が拾い集めて、世界一輝く宝石に磨き上げてやる」

 雨上がりの空に、うっすらと虹がかかっていた。

 司の新たな挑戦が、今、始まろうとしていた。

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