第5話 決戦
夜、座敷でヘイジから代金を受け取ったレバンジは、薬の効能を伝えつつ、ヘイジにセイケンが同じ薬を使って復讐をしに来ると告げた。
髭面男が「お前、セイケンの味方か?!」と叫んでレバンジに掴みかかったが、レバンジがその手を払うと、男の手はさっくりと切れて血が畳にぼたぼたと垂れた。
「よせ! レバンジ殿は異形の中でも別格なようだ」
ヘイジはそう言って、レバンジを睨むように見つめた。
「信じても信じなくても構いません。ただ、今夜人間のままでいたら全員死にますよ、って話です」
レバンジはクスクスと笑った。
♢♢♢
月夜だったが雲が多かった。風が強く、流れる雲が月を隠しては闇を作り、通り過ぎては雲の影を村に落とした。草木が揺れて騒々しい。こんな日は異形が歩き回るのだと、人々は口にして家に籠るものだった。
だが、今夜ばかりはそんな臆病な人間は一人もいなかった。村人たちは皆、セイケンとユリの訴えに決起して、薬を二滴飲み込んだ。夫や息子を殺され、陵辱された恨みと共に。村を皆で取り戻す。そう決意したのだ。彼らの皮膚は龍の鱗のように硬く、爪は虎のように鋭くなった。
彼らは本能のまま家を飛び出し、屋根を駆け、木々をつたいながらヘイジの屋敷へ向かった。
村人の女の一人が、中庭から屋敷に突入した。鉢合わせをした男に異様に伸びた髪を振り回して、首を切り落とした。レバンジを怪しんで薬を飲むふりをしただけの男。その首は、大根を切るよりも簡単に落ちた。
屋敷に雪崩れ込む村人たちと、山賊の戦いがあちこちで始まった。
ヘイジは彼らを尻目に、ゆっくりと歩いて村の中心の広場へ向かった。そこには、セイケンが立っていた。
「見たところ、人間が異形になった場合、力は互角のようだ。異形は回復力も強いから傷はすぐに治る。これでは埒があかない。持久戦になり、”魔法”が解ければ元々腕力のあるワシらの勝ち。そうだろう?」
薬を二滴飲んだヘイジは、ありし日の少年の姿になっていた。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
セイケンは変わらぬ姿のまま言った。
「異形の姿が少年とは。やはり、お前はもう人間でないのだろう」
「そちらこそ。結界師こそ異形なのでは?」
ヘイジは、ははは、と笑ったが、セイケンは無表情のままだった。
「村を滅茶苦茶にしたお前のことは許さん」
「なんとでも言え。ワシらが知らないとでも? お前はあの日も密会していて、だからお前は奇襲から逃れられた。あえてお前を殺さなかったのは、お前に生き恥を晒して欲しかったからだよ。村人に慕われた結界師でありながら自ら堕落した。たかが色香に負けて。お前の心の方がよっぽど欲望にまみれて醜くじゃないか」
あははははははは!!!
ヘイジの笑い声が響いた。
「ああ、そうだ。私は確かに愚か者の極みだよ。だが……」
セイケンは懐から薬の小瓶を取り出した。
「許されない過去も愚かな自分も、清算できるとは思っていない。ただ、私は今日、この村でこの村のために最期を迎える覚悟ができている」
セイケンは小瓶の薬を一気に飲んだ。
ヘイジはセイケンに向かって駆け出し、鋭く伸びた爪でセイケンの体を裂こうとした。そこに横からユリが飛び出し、ヘイジの体に体当たりすると、ヘイジは吹き飛ばされ、地面に転がった。
「ユリ……!!」
ヘイジがそう呟き、起き上がろうとしたが、ユリは素早く駆け寄ってヘイジの頭を横から蹴り付け、さらに正面からも蹴りを食らわせた。
「おやおや、ユリさんもやりますね」
いつの間にか現れたレバンジは独り言を言った。
ユリが倒れたヘイジをさらに踏みつけようとすると、今度は脇から伸びてきた女の髪にユリは弾き飛ばされた。女は、アコであった。
「ヘイジさんはユリには弱いんだから! お母さんに似てるからってね……!」
アコはユリに殴りかかり、ユリが応戦する。
「はぁ、人間だったら頭が粉々になっているところだった……。で? セイケンよぉ、惚れた女にまで助けられて、薬も三滴なんてもんじゃねぇ量を飲んで、どうするつもりだ」
ヘイジはゆっくり立ち上がって、セイケンを見た。セイケンの顔と手には光輝く文字が浮かび上がっていた。
「……結界師には、結界の力を放出する異形祓いという術がある。長年の修行の末にようやく体得できる術。高僧のみに使えるもの。私など到底すぐには得られぬもの……」
セイケンはヘイジに向かって、右腕をかざした。手の甲の文字がセイケンの体から離れ、ひらひらと蝶のように舞いながら、ヘイジの元へ飛ぶ。
「私は、自分を異形化させることで術を得た。つまりはズルだ。最後まで、汚い人間だった自分を受け入れたのだ」
セイケンは力無く笑い、ヘイジの元に辿り着いた文字はヘイジに張り付くと、ヘイジの体を焼き始めた。
「ぐあっ……!!」
ヘイジは文字を引っ掻き、剥がそうとするが、文字はどんどん体の奥まで入っていく。
ヘイジに視線を移したアコに、ユリの蹴りが入った。が、それはもう無力だった。さらに村のあちこちから、悲鳴が聞こえ始めた。
「はは! 時間切れだね! これであたしたちの勝ちだ!」
アコが叫んだ。
すると突然空が輝いた。天からふわふわと文字が降ってくる。皆、眩しさに身を屈めた。セイケンだけが両手を広げ、天を仰いでいる。
「異形とはすなわち我々の影なのだ。異形を祓うのは光。全ての悲しみと嘆きを照らす光よ……」
セイケンがそう言うと、文字は山賊の体に降り立ち、焼き始めた。
ギャアアアアアアア――!!!
痛みと熱の悲鳴があちこちから上がる。
アコの体も焼かれ、崩れていく。アコはよろけながらヘイジのそばに寄った。
ヘイジはすでに手足を焼き尽くされ、頭と胴体だけが横たわっていた。
「ヘイジ、さん……」
アコはヘイジの体に覆い被さった。
「アコ……すまねぇなぁ、大事な体を、そんなにして……」
アコは首を振った。
「……もう、あの世でも家族には会えねぇな……こんなワルじゃあ……」
頭だけになったヘイジに、アコが顔を擦り寄せた。
「ヘイジさん……だからあたしたちがいたんじゃん……」
ヘイジはうっすらと笑い、アコも目を閉じて微笑んだ。
そして二人は光に溶けて、消滅した。
♢♢♢
――翌朝
大怪我をした者はいたものの村人に死者はなく、山賊は一人残らず消し去ることができた。
レバンジとセイケンはその日のうちに村を発つことにした。彼らを見送るために、村人たちは村の入り口に集まっていた。
「ユリさん……村の結界のこと、よろしくお願いします」
セイケンはユリに言った。
「はい。これからは私が村を守ります」
ユリは、セイケンの代わりに結界の仕事を担うことになった。あの一夜の騒動に気を良くしたレバンジがさらに追加の薬をユリに与えた。毎日、薬を二滴舐め、異形の力を使いながら結界を張るのだ。
「セイケン様……本当にありがとうございました……」
ユリが涙をこぼし、村人からも啜り泣きが聞こえた。
「いえ、私は決して礼に値する人間ではありません。また一から修行をして参ります」
セイケンは村人たちに深く一礼をし、歩き出した。レバンジも後を追うように歩き出す。しばらくして、セイケンが口を開いた。
「レバンジ殿、なぜ異形祓いは貴方に効かなかったのですか?」
「簡単な話、セイケン殿が未熟だったからです」
「そうですか……」
レバンジの底知れない強さを知っても、セイケンは驚かなかった。これが自分が異形になった証なのだとセイケンは改めて思った。
「ところで、ユリさんへの気持ちはいいんですか?」
「……彼女はもう男を必要としないでしょう。生活のための村長はいない。新しい世界を見せた私も不要。ヘイジの支配もない。自由に、生きてほしいんです」
「ユリさん、強いですもんね」
レバンジの言葉に、セイケンは、ふっ、と笑った。
街と山に向かう二股の道に着いた。
「では、私はこちらへ」
「どうぞ、お達者で」
二人はそう簡単な言葉を交わして別れた。
(完)
闇の商人レバンジ 真白透夜 @katokaikou
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