第3話 重力トレーニング
三歳になった。
毎日の訓練の成果が出ていて、重力をコントロールする技量は上がっている。
今では身体に十倍の重力をかけたまま、普通に生活できるようになっていた。
重さで床が抜けたりもしない。自分の身体にのみ重力をかけて、足には逆に十分の一の重力にすることでバランスを取っている。
今日はテレビを見ているのだが、最近は少し気になることがある。
『最近は不思議な事件が多いのですよね。壁が殴られたように壊されたり、火種がないはずなのに火事が起きたりで』
『他にも鬼を見たとか、そういった不思議な報告が多いですよね』
というような妙な事件が増えていることだ。
普通なら特に気にしないのだが、俺の重力を操れる力を鑑みると話は変わって来る。
俺以外にもこういう力を操れる奴がいるのではないか。
それもけっこうな人数だ。不思議な事件は日本各地で起きていて、徐々に数を増やしているようだし。
「アキトちゃーん。今晩、なにか食べたいものはあるかなー?」
するとエプロン姿の母が俺の頭を撫でてきた。
彼女の名前は黒雪綾(くろゆきあや)だ。
なので俺の名前は黒雪アキト。黒雪家は庭つき一軒家持ちの、少し裕福な普通の一般家庭である。
「シチューが食べたい」
「シチューね。じゃあ買い物に行ってくるから留守番しててね」
母は鍵をかけて家から出て行った。
シチューは必要な具材が多いから、母親の買い物時間が長くなるのだ。
車が離れていく音を確認して、俺は庭へと出る。
「よし。今日もトレーニングしますか」
まずは身体を纏っている重力を解除し、軽く足に力を入れてジャンプする。
俺は二階建ての家の屋根よりも高く飛び、その後に庭へと華麗に着地する。
重力修行のおかげで俺の身体能力は向上していた。
いや向上なんてレベルじゃない。化け物みたいになっている。
なにせ今のジャンプだって本気じゃないのだ。
その気になればさらに数倍は高く飛べそう。
いくら重力修行をしているからと言って、ここまでの身体能力の上昇は妙ではある。
でも俺に損はないので別にいいかと流していた。
重力を操れる力を持つのだし、身体も特別仕様なのかもしれない。
この身体能力があればオリンピックで金メダル獲れそう。
「はー。無双したいなあ……」
だが俺は金メダルが欲しいわけではない。
というか流石に重力を操れる身体で、オリンピックに出るのは反則だ。
俺はチート無双が大好きだ。
でも俺のやりたいチート無双は、真面目に生きている人を見下すことではない。
――悪人や卑怯者を蹂躙して心をへし折ってやりたいのだ。
正しい人間をあざ笑う奴らを、さらにあざ笑えたら気持ちいいだろうなあ。
「そこらに悪党が転がってないものかなあ」
そんなことを考えているとサイレンの音が聞こえて来た。
『そこの車止まりなさい! そこの車、止まりなさい!』
軽くジャンプした後、俺は自分の身体の重力を操る。
俺の身体がフワリと浮いて、家の屋根くらいの高さで固定された。
身体をの重力をゼロ、ようは無重力にしたのだ。
外から見られる恐れもあるけど少しだけなら問題ない。
仮に見られたとしても誤魔化せるしな。
映像や写真さえ取られなければ、誰も信じるわけがないのだ。
さてサイレン音の方を見ると、家の前の道でパトカーが車を追っていた。
逃げる車は暴走気味で、あのままでは誰かを轢いてしまいそうだ。
よし。助太刀するか。
俺は重力を発動して暴走車を軽く押さえつける。
すると車のスピードが少し低下した。
よしよし。急に停止させたら危ないからな。少しずつ重力を増していくのがコツだ。
車はどんどん遅くなって歩くスピード程度になり、パトカーに追いつかれた。
車から男が飛び出して逃げようとする。
おいおい、どこに行こうというのかね。
重力を追加して男を地面に抑えつける。
「な、なんだよこれ!? どうなってるんだよ!? どうなってるんだよおおおおお!?」
男の悲鳴が聞こえる。
俺は思わず鳥肌が立っていた。
――なんて気持ちいいんだ。
あの男はいま理解不能な力に恐怖しているはずだ。
それを高みの見物で見下すのはあまりにも素晴らしい。
「や、やめろぉ!? なんで車が止まったんだ!? お前らがなにかしたんだろ!?」
男の叫びがさらに聞こえて来た。
叫ばれた警官たちは困惑している。当然だ、だって犯人は俺なのだから。
少し悔しい。ここで俺があの男の前に立って種明かしすれば、さらに気持ちよくなれたのに。
なんなら走って車に追いついて、あの男の度肝を抜いて絶望させたかった。
だがもう少しの我慢だ。もう少し俺が成長した暁には、この力を少しずつオープンにしていくつもりだ。
そしてうまいこと立ち回って重力パワーと身体能力で無双したい。
そのためにも頑張ってさらに強くならないとな。
おっといけない。そろそろ無重力を解除しないとな。
俺は華麗に庭へと着地してさらに耳を澄ます。
さらに男の悲鳴とか聞こえてこないかなーと思っていたが、車が家の前に止まる音がした。
残念ながら母が帰って来たので今日はここまでだ。
俺は部屋に戻ってオモチャで遊ぶフリをすると。
「アキトちゃんただいまー! お利口にしてたかなー?」
「してたよー」
「天才! アキトちゃんは神童ね! ごめんねー、近くで事件が起きてたみたいで遅くなっちゃって。パトカーが来てたのよ。悪い人を捕まえたの」
知ってます。
その悪い人を捕まえたのは実質俺なので。
「すごいー。見たかったー」
「パトカーを見たいだなんて、アキトちゃんは正義感を持ってるのね! 将来は警視総監よ!」
すごいな母。俺がなにを言ってもうまく褒めてくれそうだ。
さてもっと頑張って強くなって、無双できるようになるぞー!
「綾! アキト! 無事か!?」
するとスーツ姿の男が部屋に駆け込んできた。
彼は俺の父親である黒雪太郎だ。
「よ、よかった……無事だったか……!」
父は俺たちのことを確認すると、へなへなと床に崩れ落ちる。
なんでここまで父上が焦っているのかと言うとだ。
「お父さんは本当に心配症ね。家にいるだけだからなにもないに決まってるじゃない」
「そんなことはない! 強盗や火事が起きたらどうする!? 地震がおきて家が崩れたらどうする!? ガス爆発が起きたらと思うと……!」
――死ぬほどネガティブ思考なのだ。
この「無事か!?」のくだりは毎日の日課だからな!
「お父さん、今日の仕事はどうだったの?」
「書いたプログラムはいちおう動いたよ。ただバグがあるかもしれないから徹底的に検証しないと……! ああ気になって眠れない!?」
「じゃあご飯にしましょうねー」
ちなみに父親だが優秀なプログラマーらしい。
心配性すぎる結果、バグが非常に少ないプログラムを書くのだとか。
ちなみに嫌いな食べ物は生ガキとフグ。どちらも当たる可能性があるからうちの食卓には絶対に出ない。
「アキトが将来グレたらどうしよう……」
「お父さん! アキトちゃんなら将来は警視総監よ!」
「警視総監!? 犯罪者に殺されたら……」
この二人、足して二で割ったらちょうどいいと思うの。
そんなこんなで騒がしい日常は過ぎていくのだった。
そうして五歳になった。
俺は夜の闇の中、二十階マンションの屋上に立っていた。
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