第3話 「ソト村の2人」 3
「むーくん!?」
「鐘だね」
あたしは驚いて思わずあたしより小さなむーくんにしがみついた。
「多分魔獣が襲ってきたのよね?!」
鐘の合図は、村に危険が訪れたときに鳴らすことになっている。
野盗の場合も想定しているけれど、山の中のこんな村、野盗もわざわざ襲いには来ないから、ほとんどの場合が凶暴な大型魔獣の襲来。
だけど、さっきから鳴り響いている鐘の音は、狂ったような激しさで、とてつもなく不安感と恐怖心をかき立てられる。
「村に戻る?!」
むーくんに尋ねるとむーくんは首を振った。
「でも、どこに魔獣がいるか分からないよ。種類も数もわからないもの。村に戻る途中で出会ったら危ないよ?」
確かに、村の方が今は危ないかもしれない。
むーくんのおじいさんがいれば全然平気だったと思う。村にも狩人はいるけれど、魔獣の数が多ければ狩りきるまでに誰か襲われてしまうかもしれない。
「悲鳴!?」
狂ったようにならされる鐘の音に混じって、村の方から沢山の悲鳴が聞こえた。背筋が寒くなるような叫び声に、あたしはむーくんを抱きしめる手に力が入る。
「シシリー。悲鳴が近づいてくるね」
むーくんは怖いとも感じていないように平然としている。
「このままここにいるのは危険だよ?多分魔獣は沢山いるし、大きな危険な奴だと思う」
怖さは感じていないけれど、危険なのだという事は分かるみたいで、淡々と言う。
「じゃあ、逃げよう!」
立ち上がってむーくんの手を引く。だけどむーくんは首を振った。
「無理だよ。もうすぐそこまで来ている。僕たち子どもの足だと逃げられないよ」
むーくんの言う通り、村から逃げてきたと思われる誰かの悲鳴が近づいてきている。それと一緒に、「ウ~~~~、ガルガルガル、グララララーーーオ!!」と、恐ろしげなうなり声が沢山やって来ている。
もう逃げる時間はないとあたしもわかった。
怖い。
歯がガチガチ言って、まともにしゃべれそうにない。
叫んでいた声がうなり声にかき消された。すぐ近くで魔獣達が村の誰かを襲っている。
でもあたしにはどうすることも出来ない。
もう逃げることも出来ない。
「困ったな」
むーくんが無表情で言う。
「だ、大丈夫、むーくん!むーくんはあたしが守るから!」
あたしはむーくんの腕を引いて、作り途中だった秘密基地である倒木の穴に押し込む。
「シシリー?どうしたの?」
キョトンとした顔でむーくんが尋ねてくる。緑の瞳が少しだけ困ったような色を含む。
もう少し穴を深くまで掘っていれば良かったと、今更思ったけど、やっぱり体が小さいむーくん1人入るだけで精一杯だった。
怖い。怖いけど、むーくんだけは守らなきゃいけない。
だって、あたしはむーくんのお姉さんだし、むーくんの事が大好きだから。
「むーくんは、ここでじっとしていて!動かないで、声も絶対に出さないで!」
言われた瞬間からむーくんは声を出さないようにと、一回だけ頷いた。こうなると、むーくんは絶対に動かないし声も出さない。他の行動が出来なくなる。
「あたしが『もういいよ』って言うまで、動かないで隠れていてね!」
そう言いながらあたしは木のフタを閉める。その上にコケの乗った木の皮を
隙間だらけだけど、今はこれが精一杯だった。
魔獣のうなり声が迫ってきている。ガサガサと草を揺らす音も沢山聞こえる。
怖い、怖い、怖い、怖い。
痛いのかな?苦しいのかな?
本当は死にたくない。助けてほしい。
でも、むーくんには助かってほしい。
涙が後から後から
本当は、あたしがむーくんの「大切な何か」になりたかった。そして、心からむーくんに笑ってほしかった。
でも、わかっちゃうんだ。むーくんのなくした「大切な何か」があたしじゃないって。
それは悔しいけど、あたしはむーくんを命を懸けて守るから。
守るから、あたしが死んでも悲しまなくてもいいから、どうかあたしを覚えていて。
大好きだよ、あたしのむーくん。
あたしは走りだした。
出来るだけむーくんから離れなきゃ。
「こっちよ!あたしはこっち!!」
涙が
多分少しも離れられなかった。
茂みから大きな赤っぽい獣が飛び出してきて、あたしの腕に噛み付く。
「きゃあああああああああっっ!!」
腕から血が噴き出す。
また別の魔獣があたしの足に噛み付いて引っ張るとあたしの足が簡単にちぎれた。
次に飛び出してきた魔獣があたしの首に噛み付いた。
これで・・・・・・あたしは死ぬのね?
最後に、むーくんが隠れている倒木が見えた。
1人にしてごめんねむーくん。
これからはむーくんは一人になる。
心配だなぁ。
心配だから、あたしは星になって見守っているね。
あたしの代わりに、いつか幸せになってね。
大好きだよ、あたしのむーくん。
勇者レベル1 「エレス冒険譚~迷宮狂詩曲~」 三木 カイタ @haitai
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