第2話 「ソト村の2人」 2
「シシリー、ただいま」
夕方にむーくんが帰って来た。
あたしはお仕事が終わってすぐにむーくんの家の母屋に行って待っていた。
本当はお掃除とかしてあげたかったけど、いつも本当に綺麗だし、必要最低限の物しか無いから、
せめて出来ることとしては、昼間にお布団を干して、それを取り込んでベッドに敷くだけだった。
「収穫はあったの?」
あたしが尋ねると、むーくんは一つ頷く。
「キネズミとイタチが捕れたよ。ズリッカさんに渡してきた」
「お疲れ様。ケガしなかった?」
むーくんは一つ頷く。
「僕、道具を手入れするね」
そう言うと、無表情のまま道具小屋に向かった。あたしも付いていく。
「手伝ってもいい?」
「ダメだよ。道具は危ないから、ちゃんとじいちゃんに教わらないと触ったらダメなんだ。シシリーはまだ教わっていないよね?」
むーくんは淡々と答える。もうおじいさんはいないのに、まだそれに気付いていないかのような言い方。
「じゃあ見てるね」
「うん、いいよ」
あたしは、椅子に座って、むーくんが道具の手入れをするのを見ていた。
もちろん黙って見ていたりしない。あたしはずっとおしゃべりしているの。
むーくんはおしゃべりにちゃんと付き合ってくれるし、答えてくれるから、あたしは楽しいし嬉しい。
大人達はあたしのおしゃべりを、「うるさい」とか「気が散る」とか怒るけど、むーくんはそんなことは絶対言わないから嬉しくなる。
翌朝、あたしは朝のお仕事が終わったら、すぐにむーくんの家に行く。
むーくんはとっくに朝食を済ませて待っていた。
早く行かないと、むーくんはなにもしないでひたすら動かないで待っている。自分1人だと遊ぶことも出来ないからずっと動かないでいるのがむーくん。
前に約束をすっぽかしたとき、夜に多めに作ったご飯を届けに行くまで、ずっと座ったまま動かずに待っていたことがあったもの。
「お待たせ!遊びに行こう!」
「おはよう、シシリー」
あたしがドアを開けるとようやくむーくんは動き出せる。
「今日はあたしがサンドウィッチ作ってきたからね!」
そう言うと、むーくんは小さく首を
「それは心配だね。シシリーはお塩を少し多く使いたがる」
むーくんは言葉を選ばない。そして、料理はあたしよりずっと上手だ。
「いつか
あたしが吠える。
「え?
むーくんは、冗談とか
「水を入れた水筒を持って行くわよ」
「水筒を持って」だけだと、空の水筒を持って出かける可能性があるから、ちゃんと説明する。
「わかったよ」
むーくんは本当に素直にあたしの言うことを何でも聞いてくれる。少しだけ申し訳ないなと思うこともあるけれど、素直なむーくんがかわいい。
むーくんを連れ出して、いつも遊んでいる山の広場に行った。村から少しだけ山の斜面を登って行くとある、平らな地面の場所。ここには、大きな倒木がいくつかあった。
もっと小さかったときに、一番大きな倒木を2人でくりぬいて秘密基地を作ろうと思っていたけど、掘り進めて行くうちに虫がいっぱい出てきたので、あたしが無理でした。
村の人はその虫、おやつ代わりに食べるんだよね。あたしは無理です。
1人だけ入れるくらいにくり抜いた倒木は、今は、遊びで見つけた綺麗な石とか自分たちで作った木の人形とかを隠すために使っていて、普段は木のフタで入り口を覆って隠している。
「それでね。この前お父さんが町に行ったときに、頼んでいた物買い忘れたのよ。ひどくない?」
「なんで忘れたの?」
「あたしが欲しいものがどれかわからなかったんだって」
「シシリー、それじゃあ、『忘れた』事にはならないよ。ちゃんとどんなものが欲しいのかしっかり伝えないとわからないもの」
「そ、そうなんだけど、ひどくない?」
「うーん。よくわからないな」
あたしは木の実や山菜を採っている。むーくんは倒木に腰を掛けて、小さなナイフで木の人形を作っている。背の小さいむーくんが、黙々と木を削っている姿がかわいい。
別々の事をしているけど、あたし達の遊びは成立している。
あたしがひたすらおしゃべりをして、むーくんはそれに付き合ってくれている。
「おなか空いた~~~」
沢山収穫物を入れた籠を置いて、あたしはむーくんの隣に腰を下ろす。
「お昼にしようか」
あたしが提案すると、むーくんはあたしを見つめて頷く。
むーくんの緑の瞳がキラキラ輝いている。
感情が無いむーくんのその瞳は、とても綺麗だけど、大切ななにかをなくしてしまったような淋しさを感じる。
多分むーくんも気付いていないけれど、本当は感情もある。
だけど、その「なくした物」があまりにも大きすぎて、そのせいで自分の気持ちも見つけられなくなってしまったのだと、あたしはそう思っている。
あたしがいつか、そのなくした何かを見つけ出して、むーくんの感情を蘇らせてあげる。それがあたしの夢。
「シシリーのサンドウィッチしょっぱいから気が進まないな」
むーくんは遠慮無い。
「いつか、あたしの料理を『おいしい』って言わせてあげるからね!!」
ジロリとむーくんを横目で見ながら鞄から包みを取り出す。
そのとき、カンカンカンと鐘の音が響いた。
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