1-08 はじめての降参
カイルはゆっくりとこっちまで歩いてきて、俺の目の前でどかりと座った。ドアが開きっぱなしになっているけど、規則的に大丈夫なんだろうか。
「その子はなんだ?」
声色が険しい。返答次第で斬りかかってきそうな雰囲気がある。
とはいえ、本当のことは言えない。
脱獄は重罪。地下トンネル作りも重罪。
その上、新しい住まいを見せるために孤児院の友達を連れてきたとか意味不明が過ぎる。とてもじゃないが、信じて貰えそうにない。
しかし本来なら居るはずのない童女がここに存在しているのも事実である。これを上手くごまかすには、それっぽくも荒唐無稽な話をでっちあげるしかない。
差し当たっては、
「この子はね。僕が異世界から召喚した魔導兵器なんだ」
実にアホらしい説明だ。けどミストラル製の独房から脱獄したと言われるよりも、よっぽど信憑性を感じられるに違いない。
「イセカイとはなんだ?」
異世界人に異世界の概念が通じないの不具合すぎるでしょ。
「こことは異なる世界のことだよ」
「天界や魔界のことか?」
そんなものがあるのか。それは中二心がくすぐられるね。
「そんなものを信じているのは子供くらいだぞ」
ないのかよ。期待させやがって。
「それともイセカイとやらが存在する根拠でもあるのか?」
俺だよ、と言えないのがつらい。言ったところで、どうせ信じない。
「人に信じて貰うのって難しいよね」
「そう言うお前さんはオレのことを信じているのか?」
「微妙」
心から信じていたら脱獄なんてしなかったと思う。
「だったらお互いさまだな」
「そうだね」
「とはいえ、オレはお前さんの言うことをまったく信じない訳でもない」
「異世界の話も?」
「スキルで感知できると言われたら、子供の戯言だと一蹴する気にはならない」
その発想はなかった。貴族のくせに柔軟な思考をしていやがる。問答無用で俺を押さえ付けた連中とは大違いだ。
「それでこの子のことだが」
カイルがルビーを見つめた。憎たらしいほど穏やかな顔で寝息を立てている。
「本当にお前さんがイセカイとやらから召喚したのか?」
「いや、孤児院の子だよ」
「ん? 急に素直になったな」
「お兄さんが真摯な対応をしてくれたからね。そのお返しみたいなものだよ」
「なるほど?」
「それにそっちが俺を信じようとしてくれてるのに、俺がそっちを信じようとしないのはフェアじゃない。というか、自分を信じて欲しいのなら、まずは自分が相手のことを信じるべきなのかなと思ってね」
「本当に子供らしくないことを言う」
「よく言われる」
「イセカイなんて子供みたいなことも言うのにな」
やかましい。
「そのイセカイとやらはともかくだ。この子を召喚したというのは本当か?」
ここはごまかすしかない。脱獄のことを話しても、信じて貰えないどころか、カイルが俺を見限る可能性も出てくる。
「この子、
「……なるほど」
カイルが上方の窓をチラッと見た。飛空系魔術で侵入してきたのだと勘違いしてくれたら幸いだ。
「この子が現場に居たというレティシアか。お前さんに執着しているという情報は得ているし、これは独房の壁を破壊されなかっただけ有難いと思うべきだな」
どうやらジャンケン狂いのムーブが良い方向に働いたようだ。根気よくルビーに付き合っていてよかったよ。
「大魔導の危険性を理解してるなら、なんで王国は大魔導取締法を導入しないの? 国で預かってしっかり管理するべきだと思うんだけど」
「尤もな話ではあるが、それをやって滅びた国があるんだ」
まじかよ。
「オレだって不条理に抑え付けられたら反感くらい持つ。それが子供の頃なら尚のことだ。感情任せに大暴れしたって不思議じゃない。その力があるなら尚更にな」
「一理ある。けど大魔導の危険性は無視していいものじゃない。幼少期から高度な教育を行うことで後々のリスクを軽減すべきじゃない?」
「あまり賢くなられても困るんだよ。国としてはな」
ああ、そうか。国の在り方に疑問を持たれても困る訳か。俺みたいに。
「難しいね。あくまでも大魔導は駒として使いたいってことか」
それこそ本当の兵器のように、撃てと指示した時だけ撃ってくれたらいい。自立型兵器は便利だが、自軍に砲門を向けられたら目も当てられないからな。
「もしかして孤児院で定期的にやらされてる『国王陛下バンザイ!』ってやつも、実は大魔導対策だったりする?」
カイルが目を瞠った。当たりなのか。
「どうしてそう思った?」
「人間は環境に流されやすい。みんながそうしてたら、そうするのが正解だと勝手に思い込む。いわゆる常識というやつだね」
みんなが陛下の慈悲に感謝するから、ルビーもみんなに合わせて感謝をする。
みんなが陛下の役に立ちたいと望むから、ルビーもそうするべきなのかと考える。
悪くないマインドコントロールだ。下手に教育係を付けるよりも良い結果を出しそうな気もする。
勉強を強制してこないのも、チート級ロール保持者に知恵を付けさせないようにするための措置なのかな。だとしたら孤児院は俺の想像以上にヤバい施設と言えるぞ。
常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない。
アインシュタインの言葉が胸に染みるわ。先入観や固定観念に囚われるのは本当によくない。
しかしお陰でカイルが日の出も待たずにやってきた理由に見当が付いた。
「俺、ルビーのストッパーとして価値を見出された感じ?」
「……末恐ろしい子供だな」
どうやら正解を引いたらしい。
「つい先ほどに第三孤児院から連絡が入ってな。レティシアがいなくなった。もしかしたらノクスを探しに行ったのかもしれないと」
「だから急いでここに来たの?」
それにしてはルビーがいることに驚きまくっていたけども。
「行き先に心当たりはないかと尋ねようとしただけだったんだが」
カイルは溜息を吐き、真面目な表情を作り上げると、まっすぐ見つめてくる。
「本当にレティシアの召喚はできないんだな?」
「俺のロールは
俺もまっすぐ見つめ返す。後ろめたいことはめちゃくちゃあるが、今の問いに嘘を吐いてはいないから、堂々と応じることができた。
「分かった。信じよう。なぜここにいると分かったのかという疑問は拭えないが」
「それこそ執念なのでは?」
「だとしたらお前さんの価値は跳ね上がるな」
「嬉しいような、嬉しくないような」
「素直に喜べ。仮に大魔導を召喚なんぞできるとしたら、超高確率で二人まとめて暗殺されると思うぞ。大魔導は王国の剣であるべきだからな」
「俺がルビーを好きに使えちゃうと国家転覆を狙うかもしれないし?」
「お前さんの利口さは警戒に値するとだけ言っておこう」
ルビーがヴァカでも、俺がそれをコントロールするようなら、孤児院で植え付けている思想が台無しになってしまう。そこは確かに憂慮すべき点ではあるね。
だから俺がするべきことも明確である。要するに、
「国王陛下ばんざーい」
「……警戒レベルを上げておくか」
なんでやねん。どこからどう見ても聞き分けのいい子供でしょうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます