1-07 はじめての遠足

 王立孤児院の子供は王都を出たことがない。


 王都は高く分厚い壁で囲まれ、東西南北のいずれかの門を通らないと外に出られないと聞いた。その門には何人もの衛兵がいて、身分証を提示しないと出ることも入ることもできないらしい。


 なので身分証を持たない孤児は王都から出られないとのことだ。それこそ空でも飛ぶか、地面でも掘るか。そう言った現実味のない方法で脱出するしかない。


 かく言う俺は穴掘り派だ。


「【発光ライト】」


「おー」


 ルビーが瞳を輝かせている。孤児院生活ではトンネルなんて見られないから当然と言えば当然だ。俺もこっちの世界に来てからは初めて見たし、初めて作った。


 俺は王都の北区で捕まった訳だし、収監された場所も北区に違いないと予想した訳だが、大正解だった。牢獄は公園から子供の足で十五分ほどの距離にある。


「これ、ノクスがつくったの?」


「そうだよ」


 この世界における最高の穴掘りツールはシャベルでもピッケルでもない。当然、ショベルカーでも、穴掘りスキルでもない。【土遊び】アースクラフトだ!


 土を素材にして【土遊び】で高密度の何かを作ると、そこには素材の消費量に見合った穴ができる。このトンネルはその素材を奥行方向に指定したものだ。


 最初は思い付きでやったせいで、大穴を空けた途端にその上にあった土が一気に落ちてきてかなり焦った。とっさに追加の【土遊び】で固めたから崩落には至らなかったものの、危うく地盤沈下を起こすところだったよ。


 なお、王都の破壊行為は死刑である。俺、着々と罪を重ねているな。


 ともあれ、試行錯誤の末に上下左右の土をすべて固めながら穴を掘ることにした。念のために子供が通れるくらいの小さなものにしてある。地盤沈下は怖いし、追手が走ってきたらもっと怖いからね。


 下は別にいいかなとも思ったが、素材として消費した土の中にミミズやらアリやらがいた場合、そいつらが残ってしまうんだよね。それがキモいから下も固めた。


 具体的には、下の土を使って何かを作り、不純物が落下した後に元通りにして、歩きやすいように高質化させた。なかなかの重労働だったよ。


 きっとAクラスの魔力保持者を百人くらい集めても七日は掛かる。チート級の魔力量を有する俺にだからこそできる力業だ。


 単純に【土遊び】を極めていることも大事な要素だと思うけどね。まず一般的な人は【土遊び】なんて習得しないし、練習なんてもっとしない。


 そんなことにリソースを割くのなら、もっとハイレベルな魔術やスキルの修練にウェイトを置くべきだ。この精度で【土遊び】をマスターしているのなんて、それこそ孤児院の子供ぐらいなものだろう。


 俺も【氷結アイス】や【障壁バリア】の魔導書が手元にあったら、そっちを優先していたに違いない。第三孤児院にそれらは一冊ずつしかなく、他の孤児がレンタルしていたからどうしようもなかったんだ。


 だがそのお陰で脱獄できたのだから人生というものは分からない。趣味のフィギュア作りに傾倒した甲斐もあったというものだ。


「ルビー、前方の地面を凍らせて」


「【永久凍土パーマフロスト】」


 躊躇なく第八階梯魔術をぶっ放すルビーさんマジ狂気。


「さむい」


 でしょうね。ルビーは半袖のワンピース一枚。俺も半袖半ズボンだし。


「全身に火属性の魔力でも通わせておきなさい」


 そう言って俺は背後の土に手を当てる。


「【土遊び】」


 二人乗り用のソリを作ってみた。俺が前、ルビーが後ろに乗る。


「後方に向かってちょっと強めの風属性魔術をよろしく。念のために俺の体に抱きついた状態で撃ってね」


「【大気の唸りエアリアルハウル】でいい?」


「そんなんやったら公園が吹っ飛ぶわ。【突風ガスト】でいい」


「わかった」


「ソリが動き出したら止めてね」


「わかった」


「速度を出しすぎたら大変なことになるから本当に気を付けてね」


「わかった」


 信じられねえええええ。


 仕方ない。いざとなったらソリを【土遊び】でブレーキ付きに改造しよう。


「では出発」


「【突風】」


 案の定、ソリは前方に向かって吹っ飛んだ。


 徒歩十五分の距離を僅か二十秒で踏破してしまったよ。ブレーキを掛けた時に体が浮き上がった時は本気で焦った。危うくソリから投げ出されるところだったわ。


「うまくいったね」


 ルビーが心なしかどやっとした表情で親指を立てている。


 どうしよう。王都を抜け出すにしても、こいつは孤児院に置いていった方が安全なのではなかろうか。諸刃の剣の生まれ変わりを疑うレベルで利害が極端だぞ。


「たのしい」


 俺にはあのソリが三途の川への直行便に思えたが、ルビーにはジェットコースター程度にしか感じなかったらしい。


「またしたい」


 勘弁してくれ。帰りは徒歩で決定だよ。


「【永久凍土】の解除をよろしく」


「わかった」


 足元の氷が無くなったのを確認したらソリから降りる。膝が笑っていたら寒さのせいにしようと思っていたけど、俺のメンタルは想像以上に強いようだ。


「足元に気を付けて」


 ここからは階段だ。二十段ほど上ったら、独房の倍は広い踊り場がある。


「いきどまり?」


 ルビーが小首を傾げた。


「こっち」


 踊り場の一番奥に行く。そこに目立ったものはないが、


「【土遊び】」


 眼前の土砂を圧縮して岩に変化させる。すると上から水色のブロックがいくつも落下してきた。忌々しきミストラルだ。


 魔術師泣かせとはよく言ったものだよ。これのせいで俺はガチで泣きそうになったからな。


「なにこれ」


「魔力が通らない石」


「おー」


 ルビーがミストラルを拾い上げた。硬いくせに意外と軽かったりする。


「ためしていい?」


「第六階梯以下にしてね」


【粉砕】クラッシュ


 土属性の第六階梯魔術だ。普通、六以下と言われたら四くらいから始めないか。いきなり上限でチャレンジするとかリスク管理がなってないよ。


「こわれない」


 名匠が打った鋼鉄の剣でも粉々にできるはずなのに、ヒビの一つも入っていない。


「これほしい」


「ダメだよ。これがないと出入口を塞げないから」


 岩の上のミストラルを地面に動かしたら、次は岩を階段にする。その後に制御権を解除し、後はミストラルを持って階段を上るだけだ。


「おお」


 ルビーが水色一色の部屋を見回している間に、ミストラルを床に置いて階段を元の形に戻す。その後にブロックを敷けば元通りになる訳だ。接着されていないから見た目しか戻せていないけども。


「あな?」


 ルビーが一番隅っこのミストラルを凝視している。目敏いな。


「どうやってやったの?」


「あれで空けた」


 俺が指さしたのはトイレ用の壺だ。ちょっと見せてあげるか。


「【土遊び】」


 壺は僅か数秒で、先端が尖った細い棒状のものへと変化した。


「なにそれ」


「ドリル」


「なにそれ」


「これで穴を空けるんだよ。【送風】」


 論より証拠だ。俺はドリルの先端をミストラルに当て、握った手を放すのと同時に【送風ウィンド】を発動する。ドリルを中心に台風のような気流を生み出し、コマみたいにその場でくるくると回転させた。


「こんなのであくの?」


「空かないっす。だから」


 逆の手をドリルの尻に近付ける。


「【送風】」


 途端にドリルとミストラルの接地面から高音が鳴り始めた。


「おお」


 上手くいってよかった。生み出した気流がミストラルに触れたり、上から押し付けている風がドリルの芯からズレたりした瞬間、ドリルが凄い勢いで吹っ飛ぶんだ。


 余裕で百回は失敗した。だが少しずつ着実に削っていき、貫通したミストラルの下から土砂が吹き出した時は、思わずガッツポーズをしたものだ。


 空けた穴は直径一センチほどのものだったが、俺ほどの【土遊び】のプロならそれで充分である。まずは制御権を放棄した【送風】で何度か吹きつけ、穴の中に残っているミストラルの切子を除去した。これをしないとせっかくの土砂が使えない。


 念のために極小の【発光】を穴に通し、土砂に触れても消滅しないことを入念に確認。問題ないと判断したら、ドリルを土砂に戻してミストラルの穴に注ぐ。


 そうして床下の土砂と元壺の土砂が密着したらこっちのものだ。魔力がミストラルに触れないように気を張りながら、元壺の土砂を通して床下の土砂もまとめて【土遊び】の素材にしてしまう。それで床下は何もない空間となった。


 これでミストラルのブロックが落下してくれたら話は早かったのだが、接着剤がそれを認めてくれなかった。あの時はマジで絶望したね。


 俺は思わず地団太を踏み、それが功を奏した。どうやらここの施工者は床の手抜き工事をしてもバレないと思ったらしい。


 俺がどすどすとストンピングすればするほど水色のブロックは徐々に傾いていき、やがて空っぽの床下に落ちていった。


 後は簡単だ。大量の土砂がむき出しになったから望むものを作り放題になり、最終的にはトンネルを掘って公園までの逃走経路を用意したのである。


「という流れだね」


 そんな俺の努力に努力を重ねた感動的な逃走劇を語った結果、


「……」


 寝てやがる。まじか、こいつ。


 時刻はおよそ午前三時。九才児が起きている方がおかしい時間ではある。


 けどこのまま寝かす訳にはいかない。きっと日が昇ったらカイルがやって来ると思うし、ルビーを見られたら色々と勘繰られるに決まっている。


 と思ったのがフラグだったのかもしれない。


 不意にガチャンと音がした。まじか、と思う間もなく出入口のドアが開き、


「……どういうことだ?」


 ランタンを手にしたカイルは、これ以上ないほどに顔をしかめていた。


 どうしてくれるんだよ! この九才児めぇ!


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