1-06 はじめての脱走
虫も寝静まる深夜のこと。
俺は芝生の上で寝転がっていた。場所は王都北区の端も端、王立第三孤児院から目と鼻の先にある公園だ。
手札をフル活用することで無事に脱獄できた訳だが、本当にこのまま王都を抜け出していいのか決めあぐねている。
王国と敵対することに躊躇いはない。なんなら仲の悪い隣国に渡って攻め滅ぼすこともやむなしとか考えている。俺はやると決めたらやる男だからな。
逃亡生活にも不安はない。ただ、懸念点が二つある。
一つめはあまりにも身勝手なことだ。
幼少期に面倒を見てくれた乳母のシスター。根気よく読み書きを教えてくれた院長のじいさん。他にも孤児院にはお世話になった人が大勢いる。
その人達に何の挨拶もなく立ち去るのは、あまりにも不義理ではないだろうか。
特に院長は俺のやらかしの後始末で四苦八苦していると思われる。最悪、責任を取らされて捕縛。のちに斬首なんてこともこの国ならあり得る。
わが身可愛さで逃げ出していいものだろうか。不敬罪と別で責任を取らされる人が出てくるんじゃないだろうか。カイルの首なんてかなり怪しい。
そしてもう一つは、魔法少女ホワイトルビーが暴走する可能性だ。
あのジャンケン狂いはガチでやばい。善悪の基準よりも自分の感情を優先させるところが本当にやばい。今この瞬間に王城が爆散してもおかしくないレベル。
王都を去るのならせめてあの危険物は持っていくべきだ。院長もかなり手を焼いていたし、実際に魔術で手を焼かれたこともある。厄介すぎるんだよ、あの九才児。
「どうすっか」
カイルを信じてみるのが最も平和なのかもしれない。それでダメだったら魔導兵器を持って王都から脱出。この二段構えのプランがベターと言える。
上体を起こす。とにかく腹が減った。
しかし酒場すら開いているか怪しい時間だ。どうせ持ち金もないし、まずは孤児院に侵入するとしようか。
ルームメイトを起こさないように気を付けながら貯金箱を回収して、食糧庫からパンをくすねる代わりにそれを置いていくというのはどうだろう。パン三十個分くらいのお金は入っているし、孤児院に損失は出ないと思うけど。
「よし」
思い立ったが吉日。目的地は勝手知ったる食糧庫だ。速やかにミッションを遂行して、来た道を通って独房に戻るとしようか。
ついでにトイレも借りていこう。そう思った矢先のことだった。
「ノクス」
心臓が飛び跳ねた。
おそるおそる背後を見てみると、そこには白蛇みたいな童女がいる。青白い少女が宵闇に浮かぶ構図は、前世の幽霊を想起させる。もはや完全にホラーだよ。
「ジャンケンしたい」
この思考はホラーを通り越してサイコ。どうしてこんなところにいるのかな、という疑問は持たないのだろうか。
「いいよ。約束だし」
「やった」
ルビーの正面に立つ。一歩でも踏み込めば手が届く距離だ。
「最初はグー」
ルビーは左手で、俺は右手でグーを出す。
「ジャン」
「ケン」
ルビーの右手が青く輝いた。
「ポン」
ルビーがチョキ。俺はパー。
次の瞬間、ルビーが左足で踏み込み、右腕で平手打ちを仕掛けてくる。俺はそれを左手で受け止め、パンッ! と夜空に破裂音が響いた。
拳の衝突音じゃない。魔術相殺現象だ。
「おしい」
「まったく惜しくない」
ルビーの水属性ビンタに対して、俺が土属性ガードをした。この属性の組み合わせなら、ガチムチのパンチでも俺はノーダメージで済む。
火は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。
この関係性を利用した、たたいてかぶってジャンケンポンの変則バージョンだ。ルビーお気に入りの狂気的な遊びである。
魔力感知スキルがある以上、俺がこの勝負で負けることはない。ということもなかったりするのが恐ろしい。
ルビーの水属性ビンタは
なのにルビーは俺の水属性ビンタを水属性ガードで防げる上、土属性でガードできたら理不尽にも攻撃側の俺にダメージが入る。通常のジャンケンで負けても勝ちパターンが存在する訳だよ。
要するに、ルビーが勝つには、有利属性で叩く・同属性で叩く・有利属性で防ぐの三種類があるのに、俺が勝つには有利属性で叩くの一種類しかない。
しかも、
「もっかい」
ルビーの右手が赤く輝いた。と思ったら青く、そして茶色く光る。その後は目まぐるしいほどの速度で手の色がコロコロと変わっていった。
カイルもやっていたが、手に属性付きの魔力を込めるのはそう難しくない。属性の変更も同様だ。俺とルビーは秒間三回程度なら余裕でチェンジできる。
なので今のルビーも叩く直前に火属性へと書き換えることもできた訳だが、そうしなかったのは、俺がそのパターンを考慮して水属性に変更する可能性を期待したからだろう。その場合は水対水となり、俺の自滅で敗北となる。
「ダメ」
「なんで?」
「思ったより魔力相殺の音が響く。衛兵さんに怒られるかもしれない」
俺に至っては脱獄囚でもあるからシャレにならない。その辺の衛兵が不敬罪の件を知っているかはともかく、捕まったが最後、もう日を浴びることはできなそう。
「わかった」
本当か?
「またあした」
また脱獄してこいってことか。承知した。
というか、ルビーは俺の収監を知っているのだろうか。あまりにも普段通りに接してくるせいで判断に困る。
「かえろ」
手を握ってきた。これは知らないパターンっぽい。
「院長は?」
「ねてる」
「怒ってなかった?」
「おこってた」
「やっぱそうか」
「AAクラス。たおそうとしてた」
「……そっちに怒ってるのか」
子煩悩だもんな。あのじいさん。
「わたしがやるってゆったらあきらめた」
「……ルビーさんはもうちょっと自分の火力を理解しようね」
危うく第三孤児院殺人事件が起きるところだった。院長グッジョブ。
「そーいえば」
「ん?」
「なんでここにいるの?」
それは俺のセリフでもある。こんな時間になんで出歩いているんだ。
「散歩だよ」
「どこかにつれていかれたよね」
「牢屋だね」
「どんなところ?」
説明に困る。ルビーはミストラルを知っているのだろうか。
俺はしばし考え、
「来る?」
「いく」
こうして俺は魔導兵器を手に入れた。一応は帰省の前に食料の確保とトイレだけは済ましておこう。
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