1-05 はじめての脱獄
「ここがお前さんの部屋だ」
カイルに連れてこられたのは二畳ほどの狭苦しい独房だった。ここの窓も高い場所に小さいものが一つだけしかない。
取調室と同じで薄暗く、光源は窓から零れてくる僅かな月明かりのみだ。腹の減り具合からして、昼間の件から六時間は経っていそうだ。
しかし独房に食料の類はない。水場もない。机すらない。部屋の隅っこにトイレ用と思しき壺があるだけで、他には何も見当たらない。
「こんなの虐待だろ」
前世だったら児相への通報まったなしだぞ。毛布くらい用意しなよ。
初夏だから気温的には問題ないが、この独房はどこもかしこも石造りだ。座るにしても、寝転がるにしても、体のあちこちが痛くなるに決まっている。
しかもよく見ると部屋に使われている石材が水色だった。これは確か封魔石とも呼ばれる、ミストラルという名の鉱石だ。第六階梯以下の魔術では傷の一つも付けられない、魔術師泣かせの異名を持つとてもお高い石である。
道理で手枷や足枷を付けないはずだ。なんせこの部屋自体が魔術使いの枷になる。
魔術を使えない俺なんてただのガキに過ぎない。これは参ったな。
「なるべく早く結果を出す。それまで我慢してくれ」
言うが早いか、カイルはミストラル製のドアを閉め、ガチャンと鍵を掛けた。
「まじか」
思わずへたり込んでしまった。床、やっぱ硬いな。
どうしよう。なんか泣きそうなんですけど。
せめて気を紛らわせるために教科書か魔導書が欲しい。それ以上に椅子が欲しい。水は魔術で出せるが、食料の配給はあるんだろうか。なかったらマジで泣くぞ。
俺は蹲り、昼間のことを思い返す。
口は禍の門。舌は禍の根。三寸の舌に五尺の身を亡ぼす。雉も鳴かずば撃たれまい。蛙は口ゆえ蛇に呑まるる。
余計なことを言うな、という内容の言葉は前世でもいっぱいあった。かの有名な松尾芭蕉も『物言えば唇寒し秋の風』という句を遺している。
俺は善意を示したつもりだったが、あの連中にとっては出る杭でしかなかった。だから容赦なく打たれた。言ってしまえばそれだけのことだ。
けどその理屈を受け入れられるかと言うと、ハル・ノートくらい無理だね。
だって俺は間違ったことをしてないもん。俺は良かれと思ってやっただけだもん。
確かにテンションに任せて言わなくていいことまで言ったと思うよ。何の根拠もない、言わば憶測でしかない推論を口にしたのは悪いと思うよ。
だけどこれは違うじゃん。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいかんのだ。
「よし」
脱獄しよう。
この国は子供の躾け方を間違えた。その報いを受けて貰おう。
手始めに国内にある陛下の像を破壊して回ろうか。カイル、あんたの目に狂いはなかったよ。俺はテロ組織の長になる男だ。
そうと決まれば行動あるのみ。まずは唯一の出入口に向かう。
残酷なことにドアノブは外にしかないらしいが、そこはどうでもいい。このドアは外開きだった。かんぬきを破壊することができれば後は押すだけで開いてくれる。
仮に子供の力で押し切れなかったとしても問題はない。その場合は蝶番も破壊してしまおう。それに伴ってドアがぶっ倒れでもしたら物凄い音がしそうだけど、そこはもう賭けに出るしかない。
このままでいるよりもずっといいはずだ。俺は自分の運命力を信じるぜ。
とにかく壁とドアの間にある数ミリしかない隙間に目を向ける。
あかん。かんぬきまでミストラル製だわ。蝶番もそう。囚人は絶対にここから出さないという強い意志を感じるね。
心が折れるわ。いや、そもそもハズレロールの
とりあえず落ち着くために水を飲もう。夏場の水分補給は大事だよ。
心の中でそう唱えると、手のひらから握り拳一個分に相当する水の球体が生じる。
ふわふわと浮かぶそれは水の塊じゃなく、水属性の魔力の塊だ。水とは似て非なるもので、重力に引っ張られないし、意思だか脳波だかで操作することもできる。
当然だが、水じゃないからこのままだと飲めない。正しくは、魔力の含有量が多すぎて飲めたものじゃない。塩水が飲料に適さないのと似たようなものだ。
なので魔術の制御権を放棄する。その瞬間、魔力の塊がただの水分となった。
俺は両手を皿にしてそれを受け止め、口に近付けて喉を潤す。温度の調節ができないせいでかなりぬるい。
そこでふと思い、試しに再び【水源】を発動。今回も制御権を放棄し、だが手では受けない。水分の塊は重力に引かれて落下していき、床を濡らした。
「残るのか」
本で得た知識だと、ミストラルに触れた魔術は消滅するとのことだった。制御権を放棄した時点で魔術ではなくなるから問題ないということだろうか。
検証がてらにもう一回だけ【水源】を発動。脳波マウスでカーソルを動かす要領で床に直撃させてみる。
「おお」
音もなく消滅した。こんな現象を見るのは初めてだ。
例えば俺の【水源】とルビーの【水源】を衝突させると、さながら水風船のようにパンッ! と小気味よい音を立てて弾け飛ぶ。いわゆる魔術相殺現象というものだ。
「面白いな」
ついでに【
これらの実験は暇潰しに適してたが、残念ながら早くも万策が尽きてしまった。孤児院にある魔導書は全十種で、俺が使えるのは八種だけだったりする。
今し方に使用した第一階梯魔術六種に加え、第二階梯魔術の【
「困ったな」
第一階梯魔術は体内の魔力を火や水などに変化させて放出するもの。
第二階梯魔術は存在している水や土などを氷や岩などに性質を変化させるもの。
【手当】を使いたいのなら生物が必要だし、【土遊び】を使いたいのなら土砂が必要となる。せめて【氷結】を習得していたら話は変わったのに。
大きな【水源】を作り上げ、それを【氷結】で凍らせたらドアの前に置く。そうして壁とドアの隙間を上手く塞ぐことができたら、後は室内を【水源】で溢れさせてしまえばいい。俺の体は浮力でぷかぷかと浮き出して、あの窓に手が届くことになる。
入ってくる月明かりは窓の形と一致する。それはあの窓に格子がないという証拠と言えた。なのに手が届かない! 子供の俺ならギリで通れそうなサイズなのに!
これもすべて勉強の邪魔をしてくるジャンケン狂いのせいだ。魔法少女ホワイトルビーめ、お詫びとして今すぐそこの壁に第七階梯魔術を叩き込めよ。
改めて思うわ。
それにしても、どうやって脱獄しようか。
こういう時は垂直思考よりも水平思考を働かせるべきだ。もっと言えば、垂直と水平を合わせて斜め上の発想を生み出す必要がある。
まずは情報の整理だ。
脱出経路はミストラル製のドア(ミストラル製のかんぬき+蝶番付き)か、空を飛びでもしないと届きそうにない小さな窓の二か所だけ。
そして俺の手札は大きく分けて三つだ。
Sクラスの魔力量。魔力感知スキル。全八種の魔術。
魔力量――魔力切れを起こしたことがない。仮に【水源】で換算したら、たぶん五十メートルプールを十回くらい満タンにする程度のことなら余裕でいけると思う。
魔力感知――視覚を利用した虫眼鏡モードと、自身の魔力を飛ばすことで周囲の魔力を拾い上げる広範囲モードがある。前者は目を用いるせいで直線状でしか使えず、後者は自分を中心にした球状での発動だ。ただ、後者だと必要以上に魔力を感知してしまって「なんかいっぱい魔力があるなぁ」という感想しか生まれない。
【水源】――水を生む。総量と形状は任意。温度や水圧の変化は不可。全力でぶつけてもダンボールを軽くへこます程度の力しか出ないため、暑い日はルビーとこれを使ってサバゲ―っぽいことをする。
【着火】――火を生む。規模は任意だが、手のひらからしか出せないため、大きすぎるものを作ると熱くてやばい。狭い空間でそれをやったらたぶん死ぬ。仮に熱を我慢できたとしても酸欠でどっちみち死ぬ。
【送風】――風を生む。風量は発動範囲を広げると弱まり、狭めると強くなる。小規模のものなら気流を生み出すことも可能で、竹とんぼをその場で浮かせ続けることもできる。質量の関係で人を浮かすのは子供でも無理。百グラムが限度かな。
【通電】――雷を生む。別名スタンガン。触れたものに電気ショックを与える。電流や電圧は一定。やったことはないが、水の中で発動しても使用者は痺れないらしい。きっとその最中に制御権を放棄すると大変なことになる。
【発光】――光を生む。電球の代わり。それ以上でもそれ以下でもない。
【暗闇】――闇を生む。アイマスクの代わり。ルームメイトが【発光】を使って部屋を明るくしている時に重宝する。
【手当】――対象の傷を癒す。この世界における絆創膏。擦り傷や切り傷はこれで治る。打撲は無理。火傷なんてもってのほか。
【土遊び】――土砂の性質や形状を変化させる。圧縮させることで一定の硬度を得られるため、フィギュアを作るのに最適。高質化させた泥団子を他人にぶつけるのは孤児院で禁止されている。
この十枚の手札で俺は脱獄しなければならない。絶望的な状況だね!
と思ったところでピンと来た。ミストラルに【土遊び】を使うのはどうだろう。
なんせ【土遊び】は石や岩にも作用する。鉄などは無理だから微妙なところだが、 床のミストラルを使ってハシゴでも作れたら窓から脱出できるはずだ。いざ!
「……」
うんともすんとも言わない。まあ、そうだよね。よくよく考えると、そんなことができるのなら床じゃなく壁を使って陛下の像でも作ればいいしさ。そうしたらミストラル像の材料分だけ壁に穴を空けることができる訳だし。
いや、それはまずいか。大きな穴を空けたら壁が崩落する可能性もある。仮にこの壁が手抜き工事で作られていたら、天井の方まで崩れてくるかもしれないしな。
いやいや、王都の公共施設でそんなことをする訳がないか。それが原因で脱獄を許してしまったら、責任者は俺と同じく裁判なしで処刑されるに決まっているし。
「……」
念のために調べてみよう。壁の低い位置に手抜き工事の場所があって、ワンブロックだけでもミストラルを引っこ抜くことができたら、その下や奥にある土をゲットできるかもしれない。
俺は一縷の望みに縋って壁を順々に押していってみる。
「ないな」
各ブロックはしっかりと接着剤で固められている。試しに接着剤にも【土遊び】を使ってみたが、ミストラルに阻害されているのか、或いは【土遊び】の対象にならないのか。一切の効果が見られない。
というか、魔力感知スキルを虫眼鏡モードで使えば隙間があるかどうかは分かるじゃんな。センサーの魔力がミストラルに弾かれたら隙間はない。少しでも通り抜けたらそこには隙間がある。そういう理屈だ。
そうして三百六十度ぐるっと眺めてみたら、隙間があるのは出入口のところだけだった。真面目に仕事をしやがって! 王都の職人どもめぇ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます