1-03 はじめての探偵ムーブ

 北区第三王立孤児院。俺はそんなご大層な名称の施設で生まれ育った。


 慈悲深い王様が憐れな孤児のために作った施設。というのは表向きの名目で、実際は軍事施設である。


 あなた達の暮らしは陛下の恩情によって成立している。なので将来はそのご恩に報いなければならない。これを全うできない者は畜生にも劣る恩知らずだ。


 そう言った思想のもとで孤児は育て上げられる。理屈は分かるし、正論だとも思うものの、恩返しを強制されるのはなんか違くね? というのが俺の感想だ。


 だが孤児の俺に拒否権なんてない。週に一回はみんなと一緒に「国王陛下、バンザイ!」ってやっていたりもする。さながらワンマン社長が経営するブラック企業か、偉人の生まれ変わりを自称する教祖の新興宗教団体に所属している気分だよ。


 と言っても、ブラック企業や新興宗教団体と比べると色々な面で厳しくない。


 別に勉強なんてしなくていい。鍛錬だってしなくていい。つまり、ノルマがない。


 前世の人が見ればニート育成機関だと思うだろう。余程の思考停止野郎でもない限り、これって運営するメリットあるの? と考えるに違いない。


 その実、メリットはある。めちゃくちゃある。どこの国でもやっているほどだ。


 なんせこの世界にはロールとスキルが存在する。


 ロールは神に与えられし役割。ロールプレイングゲームのロールだ。


 スキルはロールに付随した技能。そのまんまだな。


 すべての人類は六才の誕生日に神から役割を与えられる。


 そしてそれに付随したスキルは一切の努力なしで使用することができる。


 その辺で鼻の穴をほじってるアホ面のガキが、一夜にして非凡な剣士や魔術師になり得る訳だよ。


 要するに、王立孤児院の本質はガチャなのだ。


 多くの国々ではチート級のロール保持者を得るため、下賤なガキどもにタダ飯と寝床を用意している。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるみたいな感覚でね。


 当たればラッキー。外れても使い道はある。


 なにぶん、どいつもこいつも国王陛下への忠誠心が凄まじい。


 死ねと命じられても素直に死ぬことはないと思うが、国のために戦ってこいと命じられたら迷わず戦場へと向かうに違いないよ。


 俺はそんなのごめんだ。なので今日も学習室で勉強をしている。


 六才になる前から勉強は自主的にしていたが、ハズレの烙印を押されてからはもっと励むようになった。


 俺のロールは魔力観測者マナリーダー


 ハズレもハズレ、ハズレ四天王の一角と評してもいいほどのハズレロールだ。


 付随するスキルは魔力感知マナセンサー


 一定の範囲内にある魔力を感じ取ることができるという、何に利用するのがベストなのかよく分からないスキルだ。範囲は半径十センチから十メートルで調整できて、範囲を狭めれば狭めるほど感知の精度も上がっていく。


 第三王立孤児院に魔力観測者は他に八名いるが、不思議なことに魔力感知のスキルを持つのは俺だけだ。他は魔力探知マナレーダーというスキル持ちで、二十メートルから十キロの範囲で魔力を探れるらしい。センサーと規模が違い過ぎて草も生えないね。


 レーダーの方はその探知範囲の広さから、斥候役として国軍にスカウトされることもあると聞く。だがセンサーの方はガチで有効な使い道が分からない。


 ゆえに俺が戦地送りを回避する方法はただ一つ。勉強しまくって文官になるんだ。


「ノクス」


 名前を呼ばれたせいで反射的に左を見た。いつの間にか隣の席に女児がいる。


 長い髪は銀糸のように美しく、肌の方は新雪のように真っ白だ。なのに両眼だけは真っ赤という、白蛇の化身みたいな童女がこっちを見ている。


「ジャンケンしよう」


「ルビーさんや、俺は勉強中なんですよ」


 なお、こいつの名前はレティシアだったりする。真っ赤な瞳を初めて見た時に思わず「おー、ルビーアイだ」と言ったら、なんか気に入られてしまったんだ。


「わかった」


 ルビーは無感情な顔で大きく頷き、


「ジャンケンしよう」


 九才児、まじ厄介。


 人の話を聞かないこの女児は第三王立孤児院の中で最高クラスのアタリだ。ロールは大魔導アークメイジ。並みの魔術師千人に値すると言われる天才である。


 十二才から王立学園に編入されるらしいが、絶対にもっと早い段階から教育を始めるべきだよ。こいつ、戦地でも上官の命令を無視してジャンケンしてそうだもん。


「今日はお偉いさんが視察しに来る日でしょ。魔術は禁止だよ」


「わかった」


 絶対に分かってないやつ。


「おえらいさんがいなくなったら、ジャンケンしよう」


 意外と分かっているようだ。お兄さん、ちょっと感動したよ。


「あっ、きた」


 普通に焦った。見れば学習室の入口に上品な装いをした団体がいらっしゃる。


 貴族らしいフォーマルな服装をした金髪の子供が二人。胸当てと長剣を装備した兵士らしき男女が六人。法衣に錫杖という神官っぽい爺さんが一人だな。


 一見すると神官が最も偉そうだが、先頭にいるのは子供だった。家格で言えばあの子供達が一番ということだろう。親ガチャ勝利者、羨ましい。


「アレ、つよい?」


 ルビーが腕を突いてくる。勉強の邪魔をしないで欲しいんですけど。


「見てみるよ」


「わくわく」


「それ、無表情で言うワードじゃないからね」


 俺は溜息を吐き、スキルを発動させる。


 この世界に魔力を持たない生物はおらず、また水や空気などにも微量ながら魔力は含まれている。だから魔力感知のスキルを発動させると膨大な数の魔力を感知してしまい、おおよそ『魔力がいっぱいある』という結論しか得られない。


 センサーの範囲で『いっぱい』なら、レーダーの範囲だと『超いっぱい』になること間違いなし。これが魔力観測者がハズレロールと言われるゆえんだ。


 ただ、センサーにしても、レーダーにしても、調節機能はある。虫眼鏡を前後させるような感覚でピントを合わせていくと、


「兵士はAAクラスが一人に、Aクラスが二人。残りの三人はBクラスかな」


 どんなスキルでも使えば魔力を消費する。それこそ剣技系のスキルを使っても魔力を消費する。よって魔力の保有量=戦闘力の高低とも言い換えられる訳だ。


 俺のスキルは言わば魔力の可視化である。だからこうしておおよその戦闘力を測ることができたりする。尤も、魔力が少なくても強いという人もいるけどね。


 逆に魔力が多くても弱い人だっている。俺とかな!


「ザコばっか」


 そう言うルビーはSクラス。かく言う俺もSクラスだ。魔力量だけは無駄にチート級なんだよな、俺。


「おじーさんは?」


「AAAクラス」


 白く発光した魔力が目まぐるしい勢いで老体を巡っている。あれは何かしらの光属性魔術を詠唱済みの状態で止めているな。


 たぶん高位の防御系魔術だ。何があってもお偉いさんの子供達を守れるようにそうしているんだろう。後はトリガーとなる術の名を口にするだけで発動するからね。


「なかなかやる」


 上から目線が過ぎる。実際、ルビーが全力で魔術をぶっ放したら、あの神官はひとたまりもないけどな。壊れ性能にも程があるんだよ、ルビーたん。


「あのちびっ子は?」


 自分も似たようなものでしょ。とは口が裂けても言えない。ルビーは自分をガールじゃなくレディだと思っている節があるからね。


「女の子の方はー」


 ふわふわの金髪を揺らした碧眼の女児だ。あんな年でドレスを着せられるだなんて貴族さまは大変だね。ルビーなら一日十回は裾を踏んで転ぶと思うぞ。


「AAかな? AAAかもしれないけど」


「どっち」


「判断に困る。魔力量自体はAAだけど、魔力の色がルビー並みに濃いんだ」


「おー、ライバルあらわる」


「そこまでじゃない。天性の才能はあると思うけどね」


 ルビーの魔術は全力投球をしたら何でも貫ける矛レベルの火力になる。ライバルを求めるならドラゴンでも探してこないと成立しない。


「あっちのちびっ子は?」


「男の子の方はー」


 そこで言葉に詰まった。


「なんだあれ」


「どうしたの?」


「魔力が胸に溜まってる」


 自論でしかないけど、魔力は血液に含まれる。だから魔力は心臓を中心に循環してるというか、少なくともスキルを適用した俺の目にはそう映る訳だが、


「それに魔力の循環が滞ってるね」


 全身を巡る魔力の流れも弱い気がする。確証はこれっぽっちもないけど、血栓みたいなものができているのかな。


「それってだいじょうぶなの?」


「さあ? あんな症状の人、見たことがないし」


 正直、気にはなる。放っておいて死なれでもしたら寝覚めも悪いしなぁ。


「ちょっと近寄ってみるか」


「わたしもいく」


 そうして二人で視察団の連中に近付いてみると、兵士の一人が前に出てきた。


「これ以上は近付くな」


 護衛として当然の反応だ。もっと優しく言って欲しかったけどね。


 仕方ない。十歩くらいしか進めていないが、ここから今一度スキルを使ってみるとしよう。それでも何の成果も得られなかったら交渉する方向で。


「じゃま」


 おいおい。歩く魔導兵器が左の手のひらを兵士に向けちゃってるよ。


「邪魔じゃない」


 慌ててルビーの左手を押さえ込む。危うく兵士が死ぬところだった。この子の掌はロケットランチャーみたいなものだからな。銃社会が可愛く思えてくるわ。


「いつも言ってるでしょ。人に手のひらを向けてはいけません」


 今日は魔術禁止ってさっき言ったよね。何をぶっぱなそうとしてんだよ。


「でもじゃま」


「いいから」


 ルビーの左手を握る。すると僅かにルビーの口角が上がった。


「ノクス、ジャンケンしたい」


 この九才児、どうしたらいいんだ。


「ジャンケンってなに?」


 貴族っぽい女の子が興味を示した。この世界では聞くことのないワードだから当然なのかもしれない。


「ゲーム」


 よりにもよってルビーが答えてしまった。敬語を使わなくて大丈夫なんだろうか。


「どんな?」


 相手もタメ口だからいいか。兵士達からはめちゃくちゃ睨まれているけどね。


「ジャン・ケン・ポンでバトルする」


 説明、ヘタすぎんか。


「バトル?」


 女の子が首を傾げる。ルビーも首を傾げる。なんで分からない? ってツラだわ。


 けどこれで良いと思う。高貴なお方が嗜むものでもないからね。


「気になるなぁ」


 男の子の方も興味を持ったらしく、こっちに寄ってきた。有難いが、兵士さんは焦っている。これ以上は近付くなって立場的に言えないんだろうな。


 しかしお陰で手を伸ばせば届く距離まで近付けた。改めてスキルを発動してみる。


 そして分かった。どうやら男の子が着けている首飾りの仕業らしい。


 仕組みはまったく分からないが、首飾りから男の子に魔力の供給が行われている。


 その供給量が多すぎるせいで魔力の渋滞が生じているのだと思う。心臓の近くは特に顕著で、渋滞どころか玉突き事故を起こしていた。まじで血栓みたいになってる。


「あの」


 自然と声を出していた。


「なんだい?」


 一方で男の子は爽やかな笑みを見せてくれた。かなり整った顔をしているが、心までイケメンらしい。


「少し気になることがありまして」


「なにかな?」


 俺は自分の胸を指さした。


「この辺が苦しかったりしませんか?」


 男の子はあからさまに驚いた。お付きの連中には隠していたようで、兵士達はもっと驚いていたけどね。平然としているのは神官とルビーくらいだ。


「アレクお兄さま、お胸が苦しいの?」


 この二人、兄妹なのか。


「えっと、大丈夫だよ、セニア。少しだけのことだから」


「ウソ」


 なぜかルビーが否定した。きみ、何も見えてないでしょ。


「だいじょうぶじゃない。だからノクスが見にきた」


 おいこら。勝手なことを言うな。


「……僕は大丈夫じゃないのかい?」


 ルビーのせいでアレクが愕然としている。九才児の言うことを真に受けるなよ。


「大丈夫なような、大丈夫じゃないような」


「おい! 貴様! ハッキリしろ!」


 AAクラスの女性兵士さんが恫喝してきた。子供相手に容赦ない。


「その首飾りを外せば胸の苦しみは治まると思いますよ。原因はそれなので」


「え?」


 よく分からないが、視察団の全員が一斉に首飾りを見た。その一瞬後、


「そんなバカなことがあるか!」

「これがどれほど神聖なものだと思っている!」

「貴様! 何を根拠にそんな戯言を!」

「まさかこの首飾りが呪われているとでも言うのか!」

「下賤な孤児ごときが世迷言を抜かすな!」

「ここの孤児院はいったいどんな教育をしているんだ!」


 めちゃくちゃ罵倒された。神官の爺さんも無言なだけで睨み付けてきているわ。


 しかしこの程度の荒波でへこたれるほど俺はやわじゃない。前世で泳いだSNSの海はこんなものじゃなかったからな。


「胸の苦しみが始まったのは、その首飾りを身に着けてからではないですか?」


「……言われてみれば、そうだった気もする」


 アレクが頷いてくれた。お陰で罵倒の波が治まったよ。


 なんだろう。これ、ちょっと楽しいかも。


 真相に気付いているのは自分だけ。ごちゃごちゃ言っていた連中も、俺が一言を口にするだけで黙ることになった。


 なんか、解決シーンの探偵っぽくない?


 俺は年甲斐もなくわくわくしてしまった。よし、いっちょかましてみるか。


「これは俺の推理になりますが、それは魔力増幅用の魔道具というような説明を受けて身に着けるようになったのでは?」


「っ! どうして分かるんだ!」


 端正な顔を驚愕に染めるアレク。え! なにこれめっちゃ楽しい!


「その説明に違わず、あなたは魔力増幅の効果を実感できた。だから多少の息苦しさには目を瞑ることにしたんです」


「その通りだよ! 本当にどうして分かるんだ!」


 おっしゃー!


「最初の方はそこまで気にならなかった。しかし近頃は無視できないほどに苦しくなってきた。違いますか?」


「すごい! まったくもって正しいよ!」


 ひゃっほーい!


「それが犯人の狙いなんですよ!」


「……え?」


 あれ? 急にテンションが下がったな。まあいいや。


「その首飾りは確かに魔力増幅の機能があるのかもしれない。だがそれ以上に過大なデメリットがある。死という見過ごせないデメリットがね! 良い部分だけを強調して悪い部分は教えない! これは詐欺師の常套手段なんですよ!」


 電気やネット回線の切り替えを勧めてくる営業とかもそうだしな。


「言わば! この首飾りはあなたを暗殺するための魔道具だったんです! つまり! それを渡してきた人物こそ! この暗殺事件の犯人なんですよ!」


 ふっ、決まったな。


「この者をひっ捕らえよ!」


 は?


 俺は一瞬にして三人の兵士に組み伏せられた。え?


「貴様! 自分が何を口走ったか分かっているのか!」


 AAクラスの女性兵士が鬼の形相で睥睨してくる。


「この首飾りは国王陛下より賜ったものだ!」


 え。


「実に忌々しい! 貴様は恐れ多くも国王陛下を、アレックス王子殿下暗殺の犯人だとほざいたのだぞ!」


 えぇ? アレク、王子さまだったの?


「不敬も甚だしい! 子供だからとて許されると思うなよ!」


 あっ、これ、ガチでまずいやつだ。


 俺は思わずルビーを見る。彼女は無感情な顔でこくりと頷いた。


「だいじょうぶ。人に手のひらはむけない」


 この九才児めぇ! こんな時だけ利口になりやがってぇ!


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