第7話
sugarでは、今流行りのダンスホールが流れていた。
低音が床を揺らし、グラスの氷がかすかに鳴る。
「最近、唯と晃哉さん、いい感じなの?」
大輔が、ふいに唯へ声をかける。
唯は一瞬だけ間を置いてから、笑顔で答えた。
「いや、違うよ。仲はいいけど」
「そうなんだ。てっきり付き合ってるのかと思ってたわ」
「んなわけないじゃん。歳も違うし、そういうんじゃないよ」
「あー、よかったぁ。唯狙いの男共が泣いちゃうとこだった(笑)」
「なにそれ」
笑って返した唯に、大輔は少し言葉を選ぶように続けた。
「まぁ、確かに。晃哉さんも、そうなれるわけないか……」
「えっ?」
その瞬間、仲間たちが大輔を呼び、会話は唐突に終わった。
——そうなれるわけない。
意味を考えたけれど、どうしてもわからなかった。
澄香にさっきの会話を伝えると、彼女も首をかしげたまま、二人で大輔のもとへ向かった。
「だってさ、晃哉さん、結婚してるよ? 確か」
……一瞬、時間が止まった。
音が遠くなって、モヤがかかったみたいに、うまく聞こえない。
澄香も慌てて声を上げる。
「え?! そうなの? うそでしょ?」
「俺もよく知らないけどさ。来たばっかの時、そんな話を聞いた気がして」
「……そーなんだぁ。こうちゃんも言ってくれればいいのに」
「なに?! やっぱ付き合ってんの?!」
「違うよ。ただ……仲いいからさ。なんで言ってくれなかったのかなって思っただけ」
口からは言葉が自然に出てくるのに、心は何も感じていなかった。
大輔がDJブースへ向かうと、澄香がそっと寄り添う。
「唯、大輔の勘違いだよ。あいつ適当だし。ちゃんとこうちゃんに聞かなきゃ。まだ何もはっきりしてないんだから」
「……うん。大丈夫だよ。私たち、仲良しな友達だってば」
その空元気が、澄香の胸を打った。
ふと、澄香が入口の方を見る。
「……あ」
振り向くと、晃哉が立っていた。
「聞いてくる?」
心配そうに囁かれる。
「ううん、今は楽しも。大丈夫だってば。今度、買い物付き合うし。その時に聞くから」
ショットグラスが配られ、唯は一気に流し込んだ。
澄香は、そんな唯を不安そうに見つめていた。
考えたくなくて、随分とお酒を飲んだ。
トイレから出ると、晃哉が腕を組んで壁にもたれていた。
「唯、飲みすぎ」
差し出された水のグラス。
「ありがとう、こうちゃん。でも全然大丈夫だよー」
「全然大丈夫じゃないでしょ。明日起きれる?(笑)」
「起こしてー」
甘える唯に、晃哉は少し呆れたように笑う。
「よし、帰るよ」
まるで子供みたいに扱われるのが、なぜか心地よかった。
晃哉の車に乗ると、唯の好きな曲ばかりを集めたミックステープが流れ出す。
「ダンスホールは踊れるけどぉ、酔いが回るよ(笑)」
酔って笑う唯を、晃哉は穏やかに見ていた。
「ねぇ、こうちゃん。さっきね、隣町でラップやってるって人に話しかけられたんだけど、有名な人?」
「あぁ、カズくんでしょ。CDも出してるよ」
「へぇ! すごいね。でも唯、この音楽の方が好きだなぁ」
晃哉の家の近くのコンビニで車を停める。
「唯、なにかいる?」
「んー……こうちゃーん(笑)」
「はいはい。適当に買ってくるから待ってて」
「唯、ついたよ」
一度泊まったあの日から、イベントの後は晃哉の家に寄るのが当たり前になっていた。
ふらつく唯に、晃哉が手を差し出す。
「ほら」
手を繋がれる。
「わーい、こうちゃんと仲良しだね」
無邪気に笑う唯に、
「はいはい、酔っ払い」
と晃哉は茶化した。
ソファに腰を下ろし、煙草に火をつける。
「最近、これ、風邪引いた時とか喉にひっかかるんだよね」
「マルメンライト?」
「うん。ちょっと風邪気味でさ」
少し距離を取りながら、
「移さないでよ(笑)」
と言う。
「唯、これ吸ってみな?」
「セブンスターのメンソールライト?」
「うん。交換。こっちの方が吸いやすいよ」
一本火をつける。
「……本当だ! 私、これにしよ。」
はしゃぐ唯に、
「おそろいだね」と晃哉は笑った。
「……これで、どっちかが煙草なくなっても大丈夫だね」
ねぇ、こうちゃん。
あの時私は、
「おそろい」ができたことが、ただ嬉しくて仕方なかった。
こうちゃんと、私のおそろい。
あの時それだけで、胸がいっぱいだった。
そんな子供みたいな私を
こうちゃんは、笑うかな。
こうちゃんにあの日もらった煙草、
ずっと大事に持ってたんだよ。
賞味期限が切れた煙草なんて、初めて見た。
ねぇ、こうちゃん。
そんな私を、こうちゃんは笑うかな。
「唯、バカでしょ」
そう言って頭を撫でて、
クシャッとした、あの笑顔で。
お願い、繋いだ手の温もりを無くさないで…
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