第8話

「こうちゃん、花火見てる? すっごくキレイだね。お仕事頑張ってね。」


今日は、この街で一番大きなお祭りの日だった。

本当は一緒に見る約束をしていた。でも、晃哉は仕事が立て込み、帰れない日が続いていた。

だから唯は、花火が上がる夜空を見上げながら、そっとメールを送った。


真夜中になって、返信が届く。


「ようやく一旦帰って来れたよ。会社から花火見た。唯、一緒に見れなくてごめんな。仕事のトラブル続きで、えらい目にあってるわ。落ち着いたら出かけような。」


会えなくて寂しかったけれど、時計を見ると夜中の二時。

無理はさせたくなかった。


「お疲れ様! 花火一緒に見たかったけど、こうちゃん倒れちゃうよ。私は大丈夫。ゆっくり休んでね。」


そう返信した直後、電話が鳴った。


「……唯? ごめんな、寝てた?」


疲れた、少し弱々しい晃哉の声。


「なんも大丈夫だよ。こうちゃんお疲れ様。大丈夫?」


「……俺の方言だね、笑。なんも大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ。……花火、一緒に見たかったな。キレイだったね。」


「うん。でも、しょうがないよ。疲れてるのに電話してくれてありがとう。」


「唯、今なにしてた? 寝るとこ?」


「音楽聴いてたよ。こうちゃん、ご飯食べた? お風呂入った?」


心配する唯に、晃哉はふっと笑った。


「子供じゃないんだから、笑」


「疲れてそうだから心配だったの! ……ねぇ、こうちゃん。」


一呼吸置いて、唯は言った。


「……こうちゃんの体が心配だし、疲れてるのもわかってる。でも、少しだけ会いたい。五分でもいい。こうちゃんに会いたいな……」


少しの沈黙のあと、晃哉は優しく答えた。


「いつものコーヒーよろしくね。鍵、開けとくから。気をつけて来なね。」


電話越しでも、唯が笑顔になったのが分かるくらいだった。


「うん! こうちゃんありがとう。すっぴんだから、あまり見ないでね。」


電話を切って、唯は息を切らしながら階段をのぼる。

ドアを開けると、晃哉はソファに横になっていた。

珍しく、部屋には音楽が流れていない。

テーブルの上には、お酒。


「こうちゃん、コーヒーと栄養ドリンクと……」


「ありがとう。これで足りる?」


テーブルに置かれたお金を見て、唯は慌てる。


「多いよ、いらないよ💦 私がわがまま言って来たのに💦」


「そんなわけにいかないしょ。いいから黙って受け取りな? ……てか、唯、すっぴん?」


「……うん💦 見ないで💦 ひどいから💦」


「子供みたいに可愛いな、笑。俺はすっぴんの方が好きだけどな。全然いいっしょ。……あ、なにか聴こうか。」


晃哉が音楽をかけ、唯の隣に座る。

缶チューハイを渡しながら、二人でお酒を飲み、他愛のない話をした。


「ごめんね、こうちゃん。わがまま言っちゃったね……」


「なんもだよ。唯、あのね。俺の仕事さ、時間通りに終わらなかったり、トラブルが起きたら急に呼ばれたりしてさ……こうやって帰れない日が続く時もあるんだ。」


「……うん。」


「みんなが休みの日も仕事だったり。友達とも家族とも時間合わなくて、結構孤独感じる時もあるし。本当に仕事?って疑われることもある。でも、唯は真っ先に俺の心配してくれて……それが嬉しかった。」


晃哉は、少し照れたように続ける。


「俺、不器用だけどさ。返せる時にはちゃんと返事も返すから。唯は、そのままの唯でいて。」


珍しく聞く、晃哉の本音だった。


「こうちゃんに会いたかったから、時間くれてありがとう。大丈夫、もう帰るから。こうちゃん、ゆっくり寝て?」


晃哉は黙って唯を見つめた。


「?? こうちゃん? なしたの? 酔ってる? 疲れてる? ……あ! 子守唄、歌ってあげよっか、笑」


唯が笑うと、晃哉もふっと笑って言った。


「唯、いいから……そこにいて。」


それから一時間ほど、缶チューハイを飲みながら話し、唯はあくびをした。


「眠いね。そろそろ寝よっか。今日は本当にありがとう、こうちゃん。」


意識が飛びそうな唯の手を引きながら、晃哉が言う。


「ほら、寝るよ。おいで。」


いつもは布団を敷いてくれるのに、今日は一緒のベッドだった。


「こうちゃんの匂いがする……安心する。こうちゃんに会えて嬉しかったぁ……おやすみ……」


そう言うと、すぐに寝息が聞こえた。


——ねぇ、こうちゃん。


「おいで」って言われた時、本当は少しドキドキしてたんだよ。


でも、こうちゃんの体温も、鼓動も、匂いも、全部が心地よくて、

ああ、ここに来てよかったって、心から思えた。


いつも「子供みたい」って笑ってたけど、

あの頃の私は、何も知らなくて、ただ正直に、素直に、想いを口にしていただけだったね。


困らせていたはずなのに、

こうちゃんは一度も、私を突き放さなかった。


ねぇ、こうちゃん。

こうちゃんの隣は、温かくて、安心して、落ち着いて。


このまま朝が来なければいいのにって、

言葉にしないまま、何度も思った。


きっと私は、

この温もりが「永遠じゃない」ことを、

最初から分かっていた。


それでも、

この夜を、忘れたくなかった

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Say That You Love Me いろは @pappi5021

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