第6話

 この前の出来事を、私は澄香に話した。

 居酒屋のテーブルにはお酒のグラスが並び、私のうまくない説明にも、澄香は相槌をうちながら最後まで聞いてくれる。


「唯、唯はきっとこうちゃんのこと好きなんだよ」


「そうなのかな? これが“好き”なのかな。私、こうちゃんといると……安心はする。」


「じゃあさ、寂しいときだけ利用して、都合いいときだけいてほしいって感じ?」


 澄香の問いに、私はぶんぶんと頭を振った。


「ちがう。そんなのじゃない」


「でしょ。唯はきっと経験があまりないだけだよ。そういうのを人はね、“好き”とか“気になってる”って言うんだよ」


 諭すように言われて、私はようやく自分がどれだけ子供っぽいのかを知る。


「好きは好きだけど…仲良し……だけど……」


「あんたさ、本当に可愛いのに全然本人が気づいてないし。無邪気な子供みたいなんだよね。こうちゃんがほっとけないって気持ち、わかるわ」


 澄香はそう言って笑った。


 ――好き?


 安心する。嬉しい。楽しい。

 今の私に当てはまるのはそのくらいで、気持ちはやっと芽が出たばかりだった。


 酔いが回って、ふいに晃哉の声が聞きたくなった。


「バカ唯~!酔った時に声を聞きたくなるのが“好き”なのー!」


 澄香が茶化しながら笑い、私は晃哉の仕事が終わる時間に電話をかけた。

 コールがいつもより少し長く鳴ったあと、晃哉が出た。


「もしもし、唯、今仕事終わったよ。…飲んでたの?」


「うん。今、澄香とちょっと飲んでた。お疲れ様ぁ。なんかね、こうちゃんに会いたくなっちゃった。だめ?」


 裏も下心もないその言葉に、澄香がくすっと笑う。


「うわ、唯、完全に酔っ払ってるっしょ?」


「酔ってないよぉ……だめ?やだ?」


 悲しそうに言う私に、晃哉は優しい声で返した。


「なんも大丈夫だよ。迎えに行くよ」


 素直すぎる私を見て、澄香は「こうちゃんも大変だね」と笑っていた。


 澄香と別れ、私は晃哉の車へ向かう。


「こうちゃーん! 」


「ほら、水飲みな」


 差し出されたペットボトルも、彼の声も、全部が優しい。

 助手席に座る私のミニスカートからのぞく白い足を見て


「……またそんな短いの履いて。パンツ見えるって」


 やれやれと言いながら、そっとシャツをかけてくれる。


「こうちゃん、優しいね。来てくれてありがとう。いろいろ語ってたら飲みすぎちゃったぁ…」


「何話してたの?」


「澄香と大輔のー……シーッ!」


 楽しそうにきゃっきゃと笑う私に、晃哉も思わず笑ってしまう。


「あとね、こうちゃんって優しいんだって話してたのぉ」


「…そうか? きっと唯には優しいね、俺」


 晃哉の家に着いた途端、私は眉をしかめた。


「…うー…気持ち悪い」


「吐きな。すっきりするから」


 背中をさすってくれる手は、相変わらずあったかい。


「やだ、見ないでよぉ。恥ずかしい」


「そんなこと言ってる場合じゃないから、ほら」


 全部、介抱してくれた。


 晃哉は、いつものように私の好きな曲を流してくれる。


「あ、sweetbox……」


 小さくつぶやくと、力が抜けてソファに沈んだ。


「こうちゃん……眠ーい……」


「家まで送る?」


「うん……うん……」


 そう言いつつも動けない私を見て、晃哉は布団を敷き始める。


「ほら、ここで寝な。俺も明日朝イチで仕事だから寝るからね?」


「えー……こうちゃんごめんね。本当は無理させちゃった?…ゆいのこと嫌いにならないでね…?」


「なんもだよ。大丈夫、嫌いにならないよ。」


「ねぇ……こうちゃんに会いたくなったら、また電話していい?」


「いいよ。仕事中で出れないときでも、必ずかけ直すから」


「うん……こうちゃん大好き~」


「はいはい。早く寝な笑」


「……いっしょに寝よー……笑」


「バカでしょ。ゆっくり寝な」


 そう言いながらも、晃哉は襖を閉めずに自分の部屋へ行った。


「おやすみ」


 返事はもうなかった。


 ――唯が眠ったのを確認して。


「……おやすみ、唯」


 晃哉の小さな声だけが、静かに残った。


 ねぇ、こうちゃん。


 いつの間にか私は、優しいこうちゃんに甘えるようになっていたんだね。

 いつでも優しいから、無理させてるんじゃないかって不安だったのに

――困らせてばかりの私を、あなたはいつも包んでくれた。


 ねぇ、こうちゃん。


 “おやすみ”って、もう一度聞きたいよ…

 どうしようもない私のこと、バカだなって、もう一度笑ってよ…

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Say That You Love Me いろは @pappi5021

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