第11話
晃哉との距離が近づいていくたび、
「好きだ」と自覚するたび、
幸せが増えていくたびに――
唯の心には、静かにもやもやが広がっていった。
大輔が言っていたあの言葉。
思い出すたびに、真実は何なのか、晃哉のどこまでを信じていいのか、わからなくなっていた。
外は激しい雨だった。
sugarでは音が鳴り続け、仲間たちの笑い声が飛び交う。
唯も輪の中にいたはずなのに、どこか上の空だった。
晃哉は「今日は残業」と言っていた。
――会いたい。
気づけば唯は、携帯を開いてメールを打っていた。
『こうちゃん、会いたい。』
しばらくして返信が届く。
『0時頃には帰れそうだよ。sugar終わる頃、連絡待ってるね。』
大丈夫。
きっと大丈夫。
何かの間違い。
唯は何度もそう言い聞かせた。
澄香と別れたあと、唯は雨の中を晃哉の社宅へ向かった。
『さっき家着いたよ。鍵開いてるから、そのまま入ってきて大丈夫。』
濡れた階段を上がり、玄関のドアを開ける。
すると部屋の奥から晃哉の声が聞こえた。
「じゃあ、またね。ゆっくり休んで。」
木の扉を開けると、晃哉はちょうど電話を切ったところだった。
そして、不安そうな顔をした唯を見る。
「……地元の友達。」
どこか言い訳みたいに聞こえたその言葉に、唯は小さく頷いた。
「そっか。今日ね、sugarで大輔が回しててさ。久しぶりに大輔のDJ聴いたんだぁ。」
「大輔元気だった? 唯、飲みすぎてない? 大丈夫?」
心配そうに見つめてくる晃哉に、唯は胸が苦しくなる。
そして、気づけば口にしていた。
「……こうちゃんって、結婚してたの?」
声が震えていた。
「えっと……大輔から前に聞いちゃって。
いや、私たち仲良しなのに、なんで言ってくれなかったのかなぁって……」
違う。
聞きたかったのは、そんなことじゃない。
「……わかんないよ。私、こうちゃんが結婚してるなら、もうこうやって会っちゃダメなのかなって……。ダメだよね……」
涙が溢れて、視界が滲む。
「こうちゃんのこと、すごい大好きだし、会いたい。
でも、私もう会っちゃダメ……嫌だよ……」
言葉がうまくまとまらない。
「ねぇ、こうちゃん。友達として仲良くいるのもダメかな……」
ぽろぽろと涙が落ちる。
晃哉が今どんな顔をしているのか、もう見えなかった。
すると突然、
「……っ、ぷっ、あはは。」
晃哉が吹き出した。
「唯、俺してないよ。」
「……え?」
「こっち来たばっかの頃、合コンだなんだって誘いすごかったからさ。そういうふうに言ったことあったかも。」
困ったように笑ってから、晃哉は優しく続ける。
「ずっと悩んでたの? ごめんな。」
そして、まっすぐ唯を見た。
「俺も、唯のこと特別だし。好きだよ。」
「……うそ。してないの?」
「してたら、俺こっちに連れてきてるよ。」
その言葉に、唯の張り詰めていた心が少しずつほどけていく。
「そりゃ、地元のこととか仕事のこととか、唯に言えないこともあるけど……不安にさせてごめんな。ちゃんと決まったら、唯にも伝えていくから。」
そう言って、晃哉はそっと唯を抱きしめた。
あたたかかった。
「……こうちゃん本人が言うこと信じる。
じゃあ、私、今まで通りこうちゃんと会っていいの?」
「もちろんでしょ。」
その一言で、唯の顔にぱっと笑顔が戻る。
「不安にさせてごめんな。……唯、俺と付き合おう。」
「え、大親友じゃなくて?」
泣き笑いみたいな顔で言う唯に、晃哉もいたずらっぽく笑った。
「唯さっき、“大好き”って言ってたじゃん。」
「もー! 恥ずかしいからやめてよ!」
唯は顔を真っ赤にして晃哉の腕を軽く叩く。
「私たち、大親友! 笑」
「はいはい。大親友ね。」
晃哉は優しく笑った。
「恋人より、ずっと切れない縁だな。」
疑いが晴れて、唯は涙を拭いながら晃哉を見つめる。
そんな唯の頭を、晃哉は静かに撫でた。
「唯。何かあったら、ちゃんとこうやって伝えてな?」
外では、まだ雨が降り続いていた。
雨音だけが、やけに大きく響く夜だった。
――ねぇ、こうちゃん。
あの頃の私は、とても幸せだったんだよ。
バカみたいに、素直に信じてた。
半分は本当で、半分は嘘。
きっと、いろんな事情があった。
きっと、失いたくなかった。
こうちゃんは、いつもそう。
本当に大事なことほど、あとからわかる。
“大親友”。
ふざけながら交わした、あの言葉。
当時の私には、こうちゃんの嘘がわからなかった。
どうしてあの時、全部話してくれなかったの?
私が子供だったから?
頼りなかったから?
それとも――失うのが怖かったから?
今なら少しだけわかる。
あの夜、苦しかったのは、きっと私だけじゃなかった。
雨の音に隠すみたいに、
こうちゃんもきっと、何かを抱えたまま笑っていた。
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