第10話

2週間くらい過ぎた頃、晃哉の仕事はようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。


「唯、今日休み? どっか行く?」


久しぶりにゆっくり会えた昼下がり。

晃哉がそう言った。


「行く! ……え、どこ?」


「隣町。機材見に行きたいんだよね」


「DJの?」


「そう。新しいの欲しくて」


唯は嬉しそうに頷いた。


こうして“普通のデート”みたいな時間を過ごせることが、

あの頃の唯には何より特別だった。



隣町までの道のりは、窓を開けると夏の風が気持ちよかった。


助手席で流れるHIPHOPに合わせて唯が適当に歌うと、晃哉は笑いながらハンドルを叩いてリズムを刻む。


「唯さ、ほんと音楽好きだよね」


「こうちゃんの影響だもん」


「俺?」


「うん。音楽は元々好きだけど、こうちゃんと出会ってから、音楽の聴こえ方変わったんだぁ」


信号待ち。


晃哉は少しだけ目を細めて、照れたみたいに笑った。


「……それ、なんか嬉しいな」


その一言だけで、唯は胸がいっぱいになった。


店につくと、レコードを見たり機材を見たりして、二人で静かに会話をしながら笑い合う。


特別なことなんて何もない。

それなのに、その時間は不思議なくらい幸せだった。



帰り道だった。


突然、遠くの夜空に花火が咲いた。


「……あ!」


唯が窓の外を指差す。


晃哉は「あー、今日花火大会か」と呟いて、ゆっくり車を路肩に停めた。


川沿いの暗い道。


夜風が静かに吹いている。


二人は並んで、花火を見上げた。


赤。

青。

金色。


一瞬だけ咲いて、消えていく光。


「きれい……」


唯が呟くと、晃哉は花火ではなく、唯の横顔を見ていた。


「……うん」


その声があまりにも優しくて、唯は少しだけ泣きそうになった。


気づけば、二人の手は自然に重なっていた。


ねぇ、こうちゃん。


あの時の花火、あなたは覚えてるかな?


手を繋ぎながら花火の下であなたと見つめあったこと。

あなたの体温。

あんなに幸せな夜を、私は今でも覚えてる。



そのまま晃哉は夜勤だったから、その日はそのまま別れた。


3日後。


いつものように仕事が終わった晃哉の部屋のソファで、DJを聞きながら一緒に過ごしていた。


「唯、この曲好きでしょ?」


「あ、間違った」


晃哉は唯に話しかけながら、静かに音を繋いでいく。


晃哉の指先が動くたび、部屋の空気まで変わっていくみたいだった。


唯は、ただ夢中で見つめていた。


好きな人が、好きなものに触れている姿は、どうしてこんなにも綺麗なんだろうと思った。


曲が終わりに近づく。


ラスト2曲は、唯が大好きな曲を繋いだ選曲だった。


すると晃哉は、機材から1枚のCDを取り出して唯に差し出した。


「……え?」


「唯にあげる」


ケースを開く。


そこには、晃哉の名前が書かれていた。


「これ……」


「今の録音してたんだ」


あまりにも自然に言うから、唯は一瞬、言葉を失った。


「こうちゃん、これ……いまの? ……え……すっごい嬉しい」


「なんも。前から録音する機材欲しくてさ。これがこの機材で作った最初のCD。唯にあげたかったんだ」


胸の奥が熱くなる。


嬉しい、なんて言葉じゃ足りなかった。


自分の“好き”を覚えていてくれたこと。

形にしてくれたこと。


その全部が、愛されている気がした。


CDを大事そうに抱きしめる唯を見て、晃哉は少し照れたように笑っていた。


あの部屋には、音楽が溢れていた。

煙草の匂いと、機材の熱と、夜の静けさ。


そしてその真ん中には、確かに二人の時間があった。


ねぇ、こうちゃん。


あのCD、聴けなくなるのが嫌で他のCDに焼いて、何度も何度も聴いたんだ。


だからね。

こうちゃんの名前が入った本体は、20年以上経った今もまだ綺麗に残ってるんだよ……


あなたが繋いだ音を聴くたび、交わした会話まで鮮明に思い出せた。


ちゃんと愛されてた気がしていたんだ。


目の前で作ってくれたCDは、音楽だけじゃなく、会話やその時の記憶まで、聴く度に一緒に残ってた。


ズルいよ、こうちゃん。


こんなCDを何枚も残していくなんて。


でも、今も捨てられずに残ってるんだよ。

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