第33話
ねぇ…こうちゃん?
冬は、私にとって少し苦手な季節だった。
寒いから、だけじゃない。
冬が来ると、どうしても思い出してしまうから。
晃哉の誕生日。
そして――別れ。
なぜか二人の別れは、いつも十二月だったよね…
だから、毎年十二月が近づいてくると、私
の胸はほんの少しだけ痛むんだよ…
街がクリスマスの飾りで彩られ、吐く息が白くなって、テレビから冬の歌が流れ始める。
朝、玄関のドアを開けると、冷たい空気が頬に触れる。
鼻の奥がつんとして、指先はすぐにかじかむ。
吐き出した息は白い煙のように浮かび、すぐに夜の空気へ溶けていく。
そんな何気ない景色の中にさえ、晃哉との記憶が紛れ込んでいる。
楽しかったことも。
嬉しかったことも。
そして、最後には必ず離れていったことも。
十二月という月は、唯にとって、幸せと寂しさが一緒になっている季節だった。
けれど――
冬の記憶の中で、どうしても忘れられないものがある。
唯は昔から、手足が冷たかった。
モコモコのパジャマを着て、布団の中に入っていても、なかなか温まらない。
自分ではそれほど気にしていなかったけれど、晃哉はすぐに気づいた。
「唯、足冷たいよ?」
そう言って、唯の足に触れる。
晃哉の指先が足首に触れた瞬間、冷たさが自分でもわかるほど際立った。
「冷え性?」
唯は、そんな晃哉の言葉に笑った。
「そうなのかな」
「なまら冷たいじゃん」
そう言いながらも、嫌そうな顔をすることはなかった。
むしろ、当たり前のように唯を自分の腕の中へ引き寄せた。
布団が擦れる小さな音がして、背中に晃哉の胸が触れる。
冷えた身体を包むように、腕が肩から胸元へ回される。
晃哉の体温が、パジャマ越しにじわじわと伝わってくる。
腕枕をして、唯の身体を包み込む。
「寒くない?」
そう聞きながら、ぎゅっと抱きしめてくれる。
耳元で聞こえる声は、暖房の低い音よりも近く、静かな部屋の中でやさしく響いた。
その腕の中にいると、不思議と寒さなんて忘れられた。
布団の中が暖かかったからだけではない。
冷えた足先に残っていた感覚も、肩をすくめていた身体も、少しずつ力が抜けていく。
晃哉の体温が、唯の身体だけじゃなく、心まで温めてくれていたのだと思う。
唯が先に眠ろうとして、晃哉に背を向けることもあった。
それでも晃哉は、少しも気にしなかった。
しばらくすると、後ろから声がする。
「足、こっちによこしな?」
唯が振り返る。
すると晃哉は、自分の足を唯のほうへ寄せていた。
布団の中で、足先がかすかに触れる。
「ほら」
そう言って、冷たい唯の足の裏に、自分の足の裏を合わせる。
最初に触れた瞬間、唯の足の裏へ、晃哉の温かさが丸く広がった。
冷えきっていた皮膚に、じん、とした感覚が走る。
足の裏同士が触れ合うだけなのに、そこから体温がゆっくり染み込んでくるようだった。
晃哉の足は、布団の中でほどよく温かかった。
唯の冷たい足を驚かせないように、押しつけるのではなく、そっと重ねてくれる。
足の指が触れ、かかとが触れ、布団の中で二人の足が静かに重なる。
そのたびに、冷たさが少しずつほどけていく。
外では風が窓を細く鳴らしていた。
ガラスの向こうから伝わる冷気が、部屋の隅に残っている。
けれど、布団の中だけは別の世界だった。
柔らかな布団の重み。
パジャマの毛足が肌を撫でる感触。
晃哉の足の裏から伝わる熱。
そして、すぐ後ろから聞こえる穏やかな呼吸。
でも、唯にとっては、その「それだけ」が、とても大きかった。
自分のことをちゃんと見てくれている。
自分が寒いことに気づいてくれる。
何も言わなくても、自然に温めてくれる。
そんな晃哉の優しさが、唯は好きだった。
晃哉の足の裏が触れている場所だけ、冷たい夜の中に小さな灯りがともっているようだった。
その温もりは、足先から足首へ、ふくらはぎへ、ゆっくりと身体の奥へ広がっていく。
顔を見ていても、わかる。
この人は、本当に優しい人なんだ。
言葉にしなくても、その優しさは伝わってくる。
眠そうな顔をしていても。
背を向けていても。
何気なく足を寄せてくる、その仕草だけでも。
晃哉がどんな人なのか、唯にはちゃんとわかっていた。
だからきっと、唯が幸せだったのは、ただ晃哉が好きだったからだけではない。
晃哉の優しさに包まれていることが、幸せだった。
自分の冷たい足を、嫌がらずに温めてくれる人。
「寒くない?」と気にかけてくれる人。
背を向けていても、そっと自分のほうへ引き寄せてくれる人。
そんな小さな優しさの一つ一つが、唯の中には残っている。
だから、十二月が来るたびに思い出す。
晃哉の誕生日。
二人が一緒にいた冬。
そして――
別れのあった冬。
胸が、少しだけチクリとする。
もう何年も経っているのに。
もう昔のことなのに。
それでも、冬の夜の冷たい空気に触れると、あの頃の布団の中を思い出す。
冷たい足。
モコモコのパジャマ。
晃哉の腕。
「寒くない?」
そして、足の裏に伝わってきた温もり。
あのときの温もりは、ただ熱かったのではない。
冷たさを知っている人の手つきだった。
唯がどれほど冷えているのかを確かめるように、急がず、離れず、そっと寄り添ってくれた。
きっと唯が忘れられないのは、あの日の出来事そのものじゃない。
あの頃、自分が確かに感じていた温かさ。
大好きな人に包まれている安心感。
言葉にしなくても、大切にされていると感じられる時間。
布団の外には冬の冷たさがあり、窓の向こうでは風が鳴っている。
それでも、晃哉の足の裏が触れている場所だけは、静かで、柔らかく、確かな温度があった。
それが、唯にとっては幸せだった。
だから今でも、十二月が来ると胸が少し痛む。
寒い冬が嫌いなのではない。
冬になると、あの温かさを思い出してしまうから。
そして、その温かさをくれた人が、もう隣にはいないことを思い知らされるから。
それでも唯は、あの時間を忘れたくなかった。
別れだけを思い出すのではなく――
寒い夜に、自分の足を温めてくれた晃哉の優しさを。
「寒くない?」
そう言いながら抱きしめてくれた腕を。
足の裏を合わせて、何も言わずに温めてくれた、その温もりを。
あの頃の唯にとって、それは確かに幸せだった。
そして今でも、その記憶だけは、冬の冷たい空気の中で消えずに残っている。
唯は思い出す。
冷えた自分の足を包んだ、静かな熱。
そして、もう触れられないはずなのに、今も心の奥に残っている――
消えない温もり…
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