第5話 現在地と転換点

 私、ジュリア・アーデルシアは今、生まれて初めて、不条理な恐怖というものを味わっているのかもしれない。

 あの男は、私の常識の外側にいる――そう、肌で悟らされる。


 シモン・マックイーン。

 彼が、ただのDランク冒険者であるはずがない。

 おそらく本当の実戦、すなわち死線を幾度も潜り抜けてきた“本物”なのだろう。

 肩書など、戦場では何の意味も持たない。彼はその事実を、無言のまま私に突きつけているようだった。


 シモンと言う冒険者そのものを見ず、『Dランク冒険者』という肩書だけで彼を見下してしまった自分が、今さらながら恥ずかしくなる。

 本質を見抜けず、上辺だけで人を断じるなど、魔法士としても、貴族としても、あるまじき浅慮だ。


 知っていたはずなのに――


 いつの間にか、私は慢心していたのだろう。

 学院で教官を驚愕させ、前に来た指導者『候補』を打ち負かした。

 そのせいで、自分には力がある。有象無象とは違う。私は強いのだと、そう思い込んでいただけではないだろうか。


 ……いや、実際に起きた現実を考えれば、私は強いのだろう。


 ただし、『本物』に比べれば、この程度の強さだったというだけだ。

 自分の知っている、狭い世界の中だけの強さ。

 それを、今、思い知らされたにすぎない。


 どれほど真正面からぶつかっても、決して届かない――そんな“次元の壁”のような隔たりを、彼の立ち姿から痛感していた。

 それは、ただ強いだけの者が放つ気配ではない。戦場というザラついた現実で研磨され、削られ、積み上げられた者だけがまとう、静謐な威厳。威圧も誇示もない。だが確かにそこに宿る、“歴戦”の気配だった。


 冷静になればなるほど、それは痛いほどに明白だった。今の自分では届かない。手を伸ばすことすら、滑稽に思えるほどに。

 彼は雲の彼方の高みに立つ者か、あるいは底の見えない深淵に根差す者か。もはや同じ地平にさえ立っていない――そう、痛感させられた。


(……)


(でも――)


(だとしても――)


 諦めるもんですか。


 こんな情けないジュリア・アーデルシアなんて……私が一番、許せないし、許さない。


 私には目的がある。

 絶対に成さなければならない目的が。

 貴族の娘の宿命を、私は自分の力で覆す。

 これは目的であり、誓いだ。

 この誓いが破れる時は、私自身が宿命に呑まれるとき。


 そんな未来は許容できない。

 私の未来は、私が決める。

 傲慢かもしれないし、無謀なのかもしれない。

 だけど、それでも譲らない。


 相手が強かろうが、桁違いだろうが、関係ない。

 私は、アーデルシア家の次女――誇りを背負ったまま、宿命を、運命を切り開く者よ。


 這いつくばってでも、意地でも立ち向かってみせる。たとえ空回りでも、無様でも、笑われてもいい。あたしは、今の“私”を――まだ、あきらめたくない!


(終わりじゃない……。私の“本気”は、ここからよ)

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