第一章 「アラサー冒険者とツンデレ魔法少女」
第1話 “ただいま”と“おかえり”
昼下がりの陽光がゆるやかに差し込む都市ワイアースの東門。その前では、行き交う人々のざわめきと、獣車の軋む音が穏やかな風に溶けていた。
城門の前で獣車が止まると、マーシャルが御者台から飛び降りた。街の守衛に簡単な手続きを済ませ、荷を運び出す段取りに入る。
「ここでお別れだな、シモン。助けてもらった恩は、いつか必ず返すぜ。……ま、こんな商売やってりゃ、またどこかで会うかもしれねぇけどな」
どこか名残惜しそうに笑うマーシャル。旅のあいだ、互いに深入りすることはなかったが、それでも別れ際には、妙な信頼感が残っていた。
「そんときは、護衛くらい雇っとけよ」
「ははっ、耳が痛ぇや。雇いたくても金がないっての。……でもま、そんときゃ“お得意様価格”ってことで、ひとつヨロシクお願いしますよシモンの旦那!」
肩をすくめて笑ったあと、ふと思い出したように声の調子を変える。
「それと……しばらくはワイアースの店に留まるつもりでいる。欲しいもんがあったら、遠慮なく声をかけてくれ。商人の伝手ってやつでな、大抵の品なら、何とか都合をつけてやれる」
シモンは片眉を上げたまま、黙って聞いている。
「いやらしいモンでも、そっち方面の仕入れ先は心得てるぜ? そういうのも、仕事のうちだからな」
わざとらしく眉をひそめ、シモンはため息まじりに答えた。
「……いらん。お前に頼んだら、余計なモンまで買わされそうだ」
「へっ、そんときゃ割引しとくさ。情けは商売に込めるもんだろ?」
手を振るマーシャルに軽くうなずき返すと、シモンは獣車から荷物を下ろし、ゆっくりと門をくぐった。
馴染みの石畳の感触が依頼の終わりを告げ、頬を撫でる穏やかな風が、どこか新たな出会いを予感させた。
(……戻ってきたな。それも、陽が高いうちに)
シモンは小さく息をつく。雑多な人々の声、焼き菓子の甘い香り、遠くで響く鍛冶場の金属音。これがワイアース。シモンが冒険者として流れ着いた場所だ。
(さて……まずは顔を出すか)
ギルドへの道は、足が覚えている。路地裏の抜け道を選べば、昼の人混みも避けられる。腰に下げた剣の重さが、街のざわめきの中で妙に存在感を主張していた。
さて、ギルドに報告したら、まずは風呂だな。晩飯は久しぶりに飲みに出て、肴は――そんなことを考えているうちに、いつの間にか冒険者ギルドに辿り着いていた。
冒険者ギルド。
そこは、野心と失意が交錯する場所だ。扉を押して中に入れば、喧騒とともに、懐かしい匂いが鼻をついた。中は広く、昼時を少し過ぎたロビーには、冒険者たちの談笑や怒号が飛び交っている。掲示板の前には依頼を見比べる若者たちが群がり、受付には見慣れた背中が並んでいた。
その一角で、受付嬢のひとりがふと視線を上げ、声を漏らす。
「シモンさん……!」
控えめな声とともに微笑んだのは、エリスだった。小柄な体をきゅっと引き締め、懸命に笑顔を浮かべている。
「ただいま、エリス」
「おかえりなさい。シモンさん」
安堵と嬉しさの入り混じったような声だった。シモンはエリスの前に立ち、軽く首を傾げる。
「帰ってくるのがこんなに遅くなるなんて……」
「依頼品は別便で送ったはずなんだが」
「ええ。そちらはマスターが受け取りましたが――」
エリスの口調に、どこか釈然としないものを感じて、シモンは眉を寄せた。
「依頼品と一緒に手紙も添えたはずだ。野暮用で遅くなるって」
「えっ、そうだったんですか?」
きょとんとした顔を浮かべるエリスに、シモンが不思議そうに尋ねる。
「聞いてなかったのか?」
「聞いてないです」
そのやりとりに、隣の受付からリリーがくすくすと笑い声を漏らした。
「エリスったら、シモンさんが予定日に帰ってこないから、ふふふ」
「ちょ、ちょっとリリー、シモンさんの前でやめてよ!」
顔を赤くしたエリスが慌ててリリーを制止しようとするが、リリーは止まらない。
「昨日なんて、鑑定しながらため息つくもんだから、お客さんも慌てちゃって大変だったんだからー」
「もぉ、ほんとに怒るよ……」
頬をふくらませるエリスに、シモンは少し照れくさそうに目を伏せた。
「そうか。そんなに心配かけてたのか。すまないな、エリス」
「い、いえ、シモンさんが謝ることじゃないですよ……」
俯きながらも、エリスの声には喜びが滲んでいた。
「そのお詫びって訳じゃないが、これを」
「え? 私にですか?」
「――あぁ。今回の仕事先で見つけた民芸品なんだが」
そう言って、シモンは肩から旅装バッグを外す。年季の入ったキャンバス地は丁寧に手入れされ、その鞄にはどこか落ち着いた気品があった。そこから出された小箱に、エリスの目が輝く。
「一目見てエリスの髪色に似合うと思ってな。まぁ、俺の見立てなんで、気に入らなかったら――」
「気に入らないなんて、そんな……すっごく嬉しいです、ほんとに!」
食い気味に言い切るエリスに、周囲の冒険者たちも思わず視線を向けた。
「そ、そうか。それなら良かった」
「ほほぅ、これは手の込んだ見事な一品。良い仕事してますなぁ~」
リリーがわざとらしく頷き、どこかで聞きかじったような口調で言った。
自分で包みを開け、感心したようにうっとりと見つめるエリス。抱きしめるように胸元に抱えた。
「ありがとうございます。私、大切にします。一生大切にします。大事に厳重に保管します!」
「気持ちはありがたいが、できれば身に着けてくれると嬉しいな」
「じゃ、じゃあ……とっておきの、ここ一番の勝負時に身に着けます!」
「そこまで高価なものでもないし、お手柔らかにな」
「はいっ!」
はにかむエリスの表情が、心から嬉しそうで、シモンもつい口元を緩めた。
「赤くなって気合入れちゃって。可愛いんだから」
茶々を入れたのは、もちろんリリーだった。
「何を言っているんだか。リリーにはこっちだ」
「え?」
そう言って、シモンはバッグを漁り、もうひとつ小箱を取り出す。
「わ、私に? ほんとに貰っちゃっていいの?」
目を丸くするリリーに、シモンは軽く頷いた。
「当たり前だろ」
「開けてもいい?」
「もちろん。まあ、コイツも俺の見立てだから期待しすぎるなよ」
そっと包みを解いたリリーが、目を輝かせて笑った。
「ええっ? これ、ほんとにあたしに? シモンさんって、やさし~!」
嬉しそうに小箱を胸に抱えると、ちらりとエリスの方を見て、口元をにやりとさせる。
「ねぇねぇエリス、これって……受付嬢全員に配ってたりしないよね? ……ね?」
「し、しないですよね!? シモンさんっ!」
エリスが慌てて前のめりに詰め寄るように問いただす。
その勢いにシモンは少し肩をすくめ、いたずらっぽく片目をつぶると、人差し指を唇に当てて囁くように言った。
「……みんなには秘密だ」
その仕草にリリーが目を丸くし、次の瞬間、エリスと顔を見合わせる。
そして――。
「ひ・み・つっ♪」と、リリーが真似をしてウインクしながら指を唇にあてる。
「ひみつ、です……!」と、エリスも恥ずかしそうに続いた。
二人の愛らしい仕草に、シモンは思わず吹き出しそうになりながらも、どこか嬉しそうに目を細めた。
その時――。
「貴女たち、仕事はどうしました!」
ギルドの奥から、鋭い声が飛んできた。ロビーの空気が一瞬、凍りついたように静まり返る。背筋が自然と伸びるような威圧に、リリーとエリスが同時に振り向く。
「サブマスター!!」
受付カウンターの奥から姿を現したのは、ギルドのサブマスター、カリナだった。手に書類を抱え、眉を吊り上げている。
「エリス、リリー! お客様が待っているわよ!」
「あっ!」
「はい、只今! 申し訳ございませんでした!」
二人が慌てて持ち場に戻ろうとする。
「ほらリリー! 行くよ!」
「あ~! ごめんなさぁい!」
二人はシモンからもらった小箱を大切に抱え、足早に冒険者たちが待つカウンターへと急いだ。
「まったく……シモンさんまで一緒になって、あの娘たちを甘やかして……」
そんな様子を見ていたシモンが、口を挟んだ。
「カリナ」
「はい?」
「エリスとリリーを、あまり叱らないでやってくれ。引き止めたのは俺なんだ」
シモンの言葉に、カリナが少し目を丸くする。
「シモンさん……」
しょうがないとばかりに嘆息したカリナは、ほんの少しだけ口元を緩めていた。
「そうだ。ダンカンの所には顔を出した方がいいのか?」
「あぁ、そうでした。マスターが貴方をお待ちしています。すぐに執務室までお願いします」
「分かった。ちょっと行ってくる」
踵を返しかけたシモンは、ふと思い出したように足を止めた。
「……ああ、カリナ。お前にもひとつ」
「わたしにも?」
戸惑う彼女へ、シモンは小さな包みをそっと手渡す。
そのまま人差し指を唇に当て、軽く片目をつむった。
「――秘密だ」
カリナが言葉を探すより早く、シモンは踵を返し、静かに執務室へと歩き去った。
残されたカリナは、小箱を見下ろしながら、ほんのわずかに頬を染めて立ち尽くしていた。
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