2.ゲームスタート
すばるになってから時間が二ヶ月近く過ぎた。
今は三月の中旬、中3だった俺は中学を卒業、高校入学直前の春休み中だ。
記憶の中だとゲームのプロローグもこの時間帯に始まるはずだけど、未だにゲーム本編に入る形跡がない。
はるきは今もバイト三昧、財閥のお嬢様が街に現れることもない。
俺はどうしたかと言うと、
「やっぱり筋トレ後のシャワーは最高だ」
今は朝の六時半、前世から日課であった朝トレを終わらせ、ちょうどシャワーに入ったところだ。
体が汗臭くないことを確認し、次は台所へ向かう。
「〜♪」
はるきがよく歌う鼻唄を呟きながら朝ごはんと弁当を作る。
今は春休みだけど、悲しいことにそれはバイト戦士とは全く関係ない。だから相変わらず弁当を用意する必要がある。
鶏胸肉でも使おうかな?って思っていると、廊下の方から足音が聞こえた。
「姉さん、おはよう」
「クソっ、間に合わなかったか!」
「最初に言うセリフがそれか? かわいい弟が泣いちゃうぞ」
「ははっ……おはよう、すばる」
「よろしい」
はるきは台所に来て、後ろから俺の作業を覗く。
「今日はボクが朝ごはんを作るって思ったのに、また先越しされちゃうったよ」
「別に姉さんと競争するつもりはないけど。朝トレ後は手無沙汰にちゃうからついでにやっといただけだ」
まぁ半分嘘だけどね。
やることがないのは本当だけど、実際はるきと競争してる面も確かにある。
理由もなく家事をやると彼女が罪悪感を覚えちゃうから、面倒なことにならないように俺は朝トレを早起きの言い訳に利用したってわけだ。
俺は忙しい姉を全く気にしないような冷たい人間じゃない。
「ってかあんたいつ筋トレにハマったんだ、そんな素振り全くわからなかったぞ?」
「まぁ青春期の男の子あるあるってことにしてくれ」
「青春期かぁ。男ってそんなものなのか、知り合いに同い年の男の子がねえからよくわかんないや」
お前だって男だったんだろうがっ!とツッコミたいが、今の彼女には通じない話だから我慢我慢。
「それより、ボクに手伝えることある?」
「ない」
「あっさり!」
「姉さん邪魔、座って待ってろ」
「弟が冷てぇー」
彼女は軽いノリで俺と喋っているが、その心の中はそうでもないようだ。
俺がナイフを取ると小声で「気をつけて」って言うし、俺が熱いものに触れると「あわわっ」って慌てる。
どんだけ俺のことが心配なんだよこのブラコンは。
「姉さんうるさい! 料理を作るぐらい心配することないでしょ⁈」
「わ、わりぃ。ボク以外の人が台所に立つのにまだ慣れてなくて」
「君マグロなの⁉︎ 泳げないと死ぬの⁉︎ いいから座って!」
「うん……。わったよ」
しょうぼりした彼女を見ると心が少し痛む。
言い過ぎたかなとは思うけど、そこまで言わないと彼女は引き下がらない。転生前の記憶とこの二ヶ月間の経験が俺にそう教えている。
「全くもう」
このままだとこの姉は本当にマグロのように死んでしまいそうなので、手早く朝ごはんを作ろう。
そして約二十数分後、朝ごはんと弁当の完成。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした! 今日もうまかったぜすばる」
「どうもありがとう」
「もー、もっと喜べよ。こんなにおいしい料理作れるんだからさ」
「レシピを見れば誰だってできる」
「そんな卑下すんなって、あんたが作った味噌汁は毎日飲みたいぐらいおいしいんだぜ!」
「……っ!」
「どうしたん、変な顔して」
「なんでもないよ、姉さんのバーカ」
「えーどうして⁉︎」
クソッ、まさかこの俺がエロゲ主人公奥義「鈍感褒め殺し」を喰らうとは。しかも不意にもドキッとしてしまった。
まぁそんな風に、はるきは性別以外のところが原作通りだけど、俺は俺で原作のすばるとは全く違うことをやっているわけ。
転生小説だとヒロインの好感度を稼ぐために原作改変の行動をするけど、俺はそういうのじゃない。
単純に、彼女のことをほって置けない、そう思っただけだ。
皿をシンクに置いて、俺たちは出かけた。
「ねぇすばる」
「なに?」
「いつも思ってんけどさ、なんでボクについてくるんだ?」
「はぁ?」
はるきのバイト先に向かう途中、彼女は俺にそう聞いた。
「嫌そうな顔すんなって、別にあんたと一緒にいたくないとかじゃねえんだ」
「じゃなに」
「せっかくの春休みなのに、なんで家でゴロゴロしないでわざわざついてきたんだって」
当然の疑惑だ。
俺と同じ歳の子なら今はきっとゲーム三昧の日々を過ごしているのだろう。
じゃなぜかと言うと、俺はバイト先に顔を出して、同僚たちの好感度を稼ごうとしたんだ。もしそこでバイトすることになったら、はるきにバレないように同僚たちに口裏を合わせようと思ってな。
正直この世界は本当にエロゲ通りに動くのか分からなかった。英家の設定はゲーム通りだし、調べてみたが桜木財閥も存在している。
だけどはるきが女になった以上、ここは同じ世界だと断言できない。
もしここがただの設定が似ている別世界だと、貧乏生活は都合良く終わらないってわけだ。だからこれは俺もバイトする必要がある場合の準備だ。
もちろんこれをはるきに言えるわけもなく。
「えっと、その、姉さんの仕事っぷりを見学したくて」
「ボクの?」
「そ、そう。かっこいい姉さんが見たいのは弟の本能と言うか」
「えへへー、かっこいいお姉ちゃんが見たいんだ。嬉しいことを言うな、このこの!」
「あはは……」
こいつがちょろいブラコンで助かった。
「じゃじゃじゃ! このかっこいいお姉ちゃんのこと『お姉ちゃん』って呼んでよ!」
「嫌だ、姉さん」
「そんなー!」
でもどうやら俺の心配は杞憂のようだった。
なぜならば、街の人気のない方から知っている悲鳴が聞こえたのだ。
「キャーーーッ」
「なにっ」
俺はその声を知っている。それはヒロイン・桜木ゆうきの声だ。
はるきはすぐそっちの方に向かったが、俺は立ち止まったまま。
「原作だとこの場にすばるがいないはずじゃ……」
俺にとっても意外な展開であるため、思わず困惑してしまった。
もしかして俺の存在によって物語が変わったのか。下手すると桜木も男になって、俺の全く知らない展開に向かうことも……。
俺は慌ててはるきの後ろについて行った。
その先には、
「離しなさいよ!」
「暴れんなガキが!」
いかにも怪しい黒服たちに囲まれてる赤髪の女の子がいた。
どうやらちゃんと俺の知っている桜木のようでほっとした。
でも呑気にしているのは俺だけだった。はるきは荒げた声を上げる。
「おまえらなにしてんだっ!」
「ちっバレたか」
「なにって拉致だよ! 早く小僧を車に入れろ」
「助けー」
バレたことに気づいた黒服たちは桜木を黒塗りの車の中に押さえて、車を走らせる。
俺は黒服の気迫に押されて、頭がうまく回らない。
「ど……どうしよう」
「すばるはここに残って通報しろ」
「ね、姉さんは?」
なに言っているんだ俺は、ゲーム通りだとはるきの行動はひとつしかないじゃないか。
「あいつらを追っかける」
「待っ……」
俺の呼び止めを聞かずに、今までにない焦った顔のはるきは車を追いかけるために走り出した。
普段から鍛えてるからか、猛スピードで走る彼女は気付けば視界からいなくなった。
「俺は、どうすれば」
彼女の言う通り、通報して待ってればいいのか。
うん、そうだよね。
ゲームだと俺はここに存在しないし、下手に付き纏うと邪魔になれかれない。
それに俺はここからの展開を知っている。危ないところに桜木財閥のSPが来て、彼女は傷つくことなく桜木を助けられるはずだ。
だから、俺は……。
『おまえらなにしてんだっ!』
焦るはるかの顔が脳内を通り過ぎる。
「クソッ!」
自分でも理由がわからない、だけど彼女のことを思うと足が自然と動いた。
彼女を追いかけて。
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