エロゲの妹キャラ(男)に転生した俺、なぜか主人公(姉)に熱い視線を向けられる

@optimumpride

1.主人公のはずなのに女の子、妹のはずなのに男

 「なないろ・プリズム」という名作エロゲがあった。

 親のいない貧乏人の男の子・英はるきはある日、桜木財閥のお嬢様・桜木ゆうきを誘拐犯から助けたことによって、桜木ゆうきが在籍しているお嬢様学校・エトワール女学院に入学することになって、様々なトラブルに巻き込まれてしまう純愛ラブコメストーリー。

 このあらすじだけでも分かると思うが、このエロゲのシナリオは色々と古い。

 まるで新しいゲーム会社が急にスーファミのソフトを作ったかのように、このゲームはいい意味でも悪い意味でも注目を浴びせられてしまい、結果ネタ名作になってしまった。

 余談だけど、英はるきには英すばるという妹がいる。能天気で反抗期気味だけど、その元気な性格はいつも登場キャラたちを励ます、作中ではマスコットキャラクター的ポジションのサブヒロインである。

 なぜ急に「なないろ・プリズム」の話を持ち出したかというと……。


「ううんどういうことだ」


 俺はなってしまったんだ、英すばるに。

 そして俺は今、「なないろ・プリズム」にも登場する、背景スチルでしかなかった英家の実家にいる。すばるの自室のベッドにいる。

 記憶を辿ると、俺は多分何かしらの事故に遭ったと思う。

 そして気付けばすばるという別の人間になった、そんな気がした。

 俺の頭の中にはすばるという人間の記憶があり、そしてその内容は「なないろ・プリズム」の設定と一致してる。

 単に俺の頭がおかしくなっただけかもしれないが、なぜかこのすべては真実だと思えるのだ。

 と言っても考えるだけではなんの意味もないので、とりあえず自分はエロゲの世界に転生してしまったということにした。

 だけど、俺の疑惑は転生?のことだけじゃない。

 手に持ってるボロボロのスマホを手鏡にし、俺はその反射を覗く。


「誰なんだ、君」


 もちろん、画面に反射しているのは俺の顔だ。

 だけどその顔は俺の知っている顔じゃなかった。

 先も言った通り、すばるは主人公の「妹」だ、女の子だ。

 だけど俺の顔は男の顔だ、間違いなく。前髪をもうちょっと伸ばせば目隠れ系エロゲ主人公になれそうな平凡な顔。

 もちろんすばるに「実は女装男子だった」みたいな設定はないし、今の俺とゲームのすばるの顔が違いすぎて、どんなに女装しても同じ姿にはなれないと思う。

 だけど俺は確実に自分が「英すばる」だと確信している。

「子供の頃親を失い、今は唯一の家族である英はるきと親が残したボロ屋に住んでいる」という記憶、そして他の細かいことを含めて、なにもかもゲーム設定と同じだ。


「あーもうなんなんだよ、俺はどうなってるんだよおい!」


 疑問で頭がおかしくなりそうであるその時、スマホ画面が光った。


『びびびびびびびっ』

「うわっ⁉ ってアラームか」


 朝の7時のアラームであった。

 そっか、今日は平日だった。俺は学生なのでもちろん登校日である。

 アラームアプリを開くと、7時から7時15分までアラームが複数設定されている。


「確かすばるって朝が弱いという設定だったけ」


 まるで他人ごとのように自分の情報を思い出す。とは言え今の「俺」はある意味他人でもあるから間違ってはいない。

 アラームを全部オフにする。二度寝する気分ではないので、制服に着替えた俺は部屋から出ることにした。

 ドアを開くと、いい匂いがリビングの方から伝わる。

 多分「彼」が朝ごはんを作っているのだろう。

 廊下の方から台所を覗いてみる。


「本当かよ……」


 そこに「彼」、いえ、「彼女」の背中が見えた。

 俺のことに気付いた「彼女」は振り向いて、俺に話しかける。


「おーっ、起きるの早ぇなぁ、明日は雨でも降るんじゃねえのか」

「俺が早起きしちゃダメなのかよ」

「わりぃわりぃ、感心しただけだ。おはよっ、すばる」

「おはよう……姉さん」


 元気な彼女の言葉に、俺は思わずぶっきらぼうな態度で返事してしまった。

 俺が姉さんと呼ぶ彼女が、「英はるき」なのだ。

 そう、男ではなく女の子。

 黒髪ショートカットで喋り方もボーイッシュなのだが、間違いなく女の子である。胸元にある大きな膨らみがそれを証明している。

 しかも主人公補正でも足したのかってツッコミたくなるほど顔がかわいい。

 そんな彼女がエプロンを付けて、朝ごはんを作っている。

 俺は彼女の隣に寄って、声をかけた。


「俺に手伝えることはない?」

「まじでどうしたんだあんた、風邪でも引いちまったのか?」

「お手伝いを申し出た弟にそれはないだろ!」

「ガハハ、だってあんた普段全く家事しないじゃん」

「それはそうだけどさ……」


 はるきは高笑いしながら俺の頭を乱暴に撫で回す。

 彼女は170センチ台の高身長に対し、俺は170センチ台一歩手前だから、その簡単に頭を撫でられる身長差が余計にムカつかせる。

 だけど不思議な感じだ。「初めて会った相手」のはずなのに、馴れ馴れしい言葉遣いが自然と口から出て、しかもいかにもザ・反抗期らしい言動をしてしまう。

 俺は俺の中にいる「すばる」の部分に影響されてるのかもしれない。

 そんな俺の葛藤を知らずに、はるきは言葉を続ける。


「朝ごはんはもうできてるから、気持ちだけ受け取るよ。ありがとな、すばる」


 彼女は俺と視線を合わせるようにしゃがみ、さっきとは違う優しい手触りで俺の頭をナデナデしながら微笑んだ。

 本当に卑怯だよな、エロゲ主人公って。こんなことされたら素直に引き下がるしかないじゃないか。

 やることがないので、俺はじゃぶ台の横に座って彼女を待つことにした。

 

「出来たぜ!」

「俺、皿を運ぶよ」

「いいのいいの、ボクひとりで十分」

「……」


 味噌汁、ハムエッグ、野菜の千切り、お米。いかにも王道な朝ごはん。


「はい、これお弁当」


 はるきから今日の弁当を渡される。

 中身を覗くと、タコさんウインナーや星型ニンジンが入っている。

 そんな手間の掛かるものを作るとは、彼女がお弁当にたくさんの愛情を入れてることが痛いほど分かる。

 

「いただきまーす」

「はぁ……いただきます」


 転生してから初めての朝ごはんは美味かった。

 朝ごはんを完食した後、俺たちは家から出た。


「「行ってきます!」」


 歩いていると、着たことがないのに着たことがある制服の感触が変に感じる。

 気を逸らすために横にいるすばるの方を見ると、


「どうしたん?」


 制服ではなく私服を着ているはるきが目に入る。


「姉さん、今日はなんのバイト?」

「今日は現場だけど」


 ゲーム本編に入る前のはるきは、学校に行けずにバイト三昧の日々を過ごしていた。

 死んだ親は金を残していたが、残念ながら子供二人を自由な暮らしをさせられるほどの額ではなかった。

 だからはるきは学校を中退したんだ、弟の俺だけでも自由な暮らしをさせるために。

「福祉はどうしたの?」は言わないこととする。昔のエロゲはこういう変な設定が多いのだ、実際その世界で生きているはるきに悲しいことに。


「……」

「なんだよ暗そうな顔して」

「バイトは、大丈夫?」

「んだよ今日のあんた本当に変だな。ボクはバイトを楽しんてるぜ、体を動かすの好きだしさ」


「ムフフ見て見て、ボクの筋肉」と笑いながら腕を見せる彼女。

 俺はなんとなく「すばる」が反抗期になりたい気持ちが分かった気がした。

 ゲームプレイ時から思っていることだけど、はるきと言う主人公、一見乱暴に見えるが、その心は意外と繊細だ。周りの人に気を配って、辛いことは自分ひとりで背負おうとする癖がある。

 学校に行けず、年齢に合わないバイトの日々。それだけでも辛いのに、毎朝わざわざ早起きして弟のために朝ごはんと弁当を作るのだ。もちろん家事全般も彼女の担当だ。

 その癖に他人に助けを求めるのが苦手だ。今朝だけでも分かるが、俺が手伝おうとしたり心配したりすると彼女はすぐ元気な態度で誤魔化す。


「俺も、バイトが……」

「ダメー! 勉強は大変だからそっちに集中しねーと」

「でも」

「まさか学校が楽しくない? いじめられたら言えよ、お姉ちゃんがいじめっ子をボコボコにするから!」

「違うよ! 学校は普通だよ普通」

「楽しいならいいじゃん、それ以外のことは考えなくてもいいからさ」


 弟思いだからこその行動なのは分かるけど。弟の方からすると姉に信頼されてないんじゃないかって思ってしまうものだ。

 ラブコメ主人公って、なんでたまに聖人みたいなやつが出てくるのかな。抜きゲー主人公みたいに欲望のままでいいのに。


「俺は姉さんを手伝いたいだけなのにな……」

「うんー。しょうがねーな、あんたがそこまで言うなら」

「俺は何をすればいい?」

「昔みたいにボクのことお姉ちゃんって呼んで?」

「嫌だ」

「えーっ!」


 いい歳した男の子がそんな呼び方できるかぁ! 本来のすばるでも厳しいのに、中身の俺は18禁ゲームを遊べる成人なんだぜ! きついのも程がある!


「そんな……」

「ブラコン卒業ができない姉を持つのは辛いな」

「失礼な、家族思いって言うてくれや」

「はいはい」


 はるきというキャラはとっくに知り尽くしていると思っているが、目の前に本人がいるとまた複雑な気持ちになるものだな。

 彼女が幸せになれるといいな、俺は心の中でそう願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る