3.お姉ちゃんを離しやがれっ!
ゲームだと桜木は人気のない倉庫に拉致されてしまう。
それらしい場所は俺が既に知っている。警察に通報し、俺はマップアプリを見ながら倉庫へ向かう。
その途中、俺は全くはるきの姿が見当たらない。
さすがバイト戦士系エロゲ主人公の身体能力と言うべきか。
少ししてから、俺はその倉庫へ辿り着いた。
ゲームの背景イラストと全く同じ姿をしている、ここで間違いない。
「ーっ!ーっ!」
中から暴れる声が聞こえる。
はるきはもう中に入ったようだ。
開いているゲートから倉庫の中を覗くと、俺は思わず腰が抜けそうになる。
そっち方面の業者さんの顔をしている黒服が、倉庫を埋め尽くせるような人数で集まっている。十数人が入っているのは間違いない。
「ぐぐぐ! ぐぐぐ!」
倉庫の奥で、口がガムテープを貼られた桜木が声にならない悲鳴をあげている。
「や、やばいよ、ここ」
俺は怖い人と喧嘩したことないわけではない。だけど、この数の「本物」が集まる場面なんて人生初めてだ。
それなのに、はるきは、
「邪魔だオラッ!」
「ぐはっ! このメスガキがっ!」
迷わずに戦っている。
相手は黒服二人だけで、彼女は明らかになめられている。
それでも彼女は善戦していて、恐れる素振りは全くなかった。
「な、なんで」
彼女は怖くないのか?
なんであんなやつらがいることが分かっているのに、それでも中へ突っ込んだんだ?
彼女は主人公だからか? 主人公だから何も恐れないのか?
俺にはわからない、だけど、
「頑張れ……!」
彼女のような勇気を持てない俺は、隠れて虚しい応援を呟くことしかできなかった。
俺は主人公じゃない、かっこいいセリフを吐くことも、無謀な勇気を持つこともできない。
情けない、情けなさすぎる。
そもそも俺はどうしてここに来たんだ? こんなことになるのは簡単に想像できるじゃないか?
それにゲーム通りだと、もうちょっとしたら、桜木財閥のSPたちがここに来て、みんなを助けてくれるんだ。
そんな惨めな思いをするくらいなら、俺は最初から大人らしくすればよかった。
『すばるはここに残って通報しろ』
なんで俺ははるきのあの緊張している顔を忘れられないのだ。
「捕まえたぞ、メスガキが」
「離せっ!」
俺が葛藤してるうちに、はるきは一人の黒服に背中を取られた。
「さっきのお返しだっ!」
「あがっ!」
もう一人の黒服が思いっきりはるきのお腹を殴った。
その瞬間、俺は頭の中のなにかが切れた。
「お……」
この野郎……。
「
なにやってんだよ俺は!
俺の、俺の大事な
「すばる⁉︎ こっち来んなっ!」
「またガキが来やがったのか!」
俺とお姉ちゃんと過ごした時間は実質二ヶ月だけなのかもしれない。それでも彼女は俺のお姉ちゃんだ!
『気持ちだけ受け取るよ。ありがとな、すばる』
『わ、わりぃ。ボク以外の人が台所に立つのにまだ慣れてなくて』
『あんたが作った味噌汁は毎日飲みたいぐらいおいしいんだぜ!』
むかつくほどお人好しで、ブラコンで、ちょっとうるさくて、そんな彼女。
ドライな感じに装おうとしたけど、やはり俺は彼女のことを思っている。そして彼女も俺のことを思っている。
心のどこかでそれを認めたくなかった、ここはゲームの世界だからか、それとも俺はただの他人だからか。
俺の精神が弱かったのだ。
でも俺はもう迷わない。
「邪魔だゲス野郎ぉおおおおおお!」
お姉ちゃんを、助ける!
彼女の殴った方の黒服に向かって裏拳を繰り出す。
狙いは頭部の一番弱い部分であるこめかみ。そこの骨は脆く、そして奥には血管や神経が集まっている。
そこを拳の一番硬い部分である手首で叩くと、
「はうっ」
相手は一発で失神する。
「なんだこのガキは⁉︎」
倒れた仲間を見て、残されたもう一人の黒服はお姉ちゃんを離して臨戦体制を取る。
だけどそれはもう遅い。
「しゃあっ!」
ガラ空きの股間に向かって、渾身の金的をぶち込む。
「いってぇええええええええええええ!」
黒服は悲鳴をあげながら体を曲げる。
その隙に俺は彼の首に腕を絡ませ、全力で後ろへジャンプ。
「D・D・T!」
相手の全身を引っ張って、二人の体重を乗せたまま相手の頭を地面に激突させる技だ。
着地点に血溜まりができていた。黒服の鼻血か血反吐なのかは知らない。
「あさひ、あんたは……」
お姉ちゃんは驚いた顔をしていた。それもそうだ、弟が急に大男を倒したからな。
そんな展開、予想できる方がおかしい。
でも俺はそんなことを構わずに、彼女を庇えるように前に立つ。
「お姉ちゃんは俺が守る」
「あさひ……」
他の黒服たちもこの異常事態に気づき、観戦を止めて俺たちの方に寄る。
「調子に乗んなガキが」
「遊びはもう終わりだ」
本気になった彼らは得物を取り出して、俺を仕留めようとしてるのがわかる。
俺の方はどうなってるのかを言うと、
「はぁ……はぁ……」
かっこいいセリフを吐いたが、実は結構限界が来ていて、息を荒くしている。
二ヶ月前までの俺はただの中学生、筋トレをしたとは言え体力は元々と大差ない。
しかも俺はさっき思いっきり大人ひとり持ち上げたから、もうスタミナが残っていない。
「俺が、相手だ……!」
絶対絶命のその時だった。
「全員動くなっ!」
倉庫の外からの叫び声。眩しいライトが倉庫内を照らした。
いつの間にか外は車に囲まれていて、光源は外にいる車のハイビーム。そしてその車たちから、無数の黒服が降りてくる。
俺はそいつを知っている。
「なんで桜木の犬がここに⁉︎ 増援はとうした⁉︎」
「もう全部捕らえたんだよ」
「なにっ⁉︎」
「我々桜木財閥に刃を向いた自分の愚かさを恨みな」
財閥のSPたちは俺の知っている通り来てくれた。
こうなったらこの茶番はもう終わりだ。
さらなる多勢に無勢に囲まれて、誘拐犯たちはあっさりと制圧されてしまった。
「お嬢様ご無事か⁉︎」
「わたくしは平気ですわ。貴方たちと、そこにいるお二方のおかげで」
「そうなんですか」
SPたちは一斉に俺の方を見る。
「いやっ、その、あの」
神妙な目線に囲まれて、俺はうまく言葉が見つからない。
「ゲホッ! ゲホッ!」
その雰囲気を打破するかのように、後ろにいるお姉ちゃんは咳をし始めた。
「お姉ちゃん⁉︎ 大丈夫」
「ゲホッ! ボクは、なにも……ゲホッ!」
「なにもないわけあるか!」
「ゲホッ、さっきの、あんたは、ゲホッ、かっこよかった、ぞ」
「そんなこと言う場合かっ!」
ふざけんなっ! 自分が苦しんでいるのに、なんで最初に言うセリフは俺のことなんだよ!
様子を見るに、多分彼女はさっきのパンチに肺がやられて、うまく呼吸できないと思われる。
いや、下手すると肋骨が骨折した可能性も……。
「貴方たち! 早くお二方の手当を!」
「「「はっ!」」」
いきなり、SPの対応をしていた桜木は大声の命令を発した。
その命令と共にSPが全員動き出す。
一部のSPは俺とお姉ちゃんを囲み、「どこか痛いですか?」などと気にかけてくれて、もう一部のSPは電話をかけて、外で向かいにくる救急車を誘導する。
そしてあっという間に俺たちは救急車に運ばれた。
こうして、誘拐イベントはその幕を下ろしたのだった。
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