小鳥1羽分の重さ

しとえ

小鳥1羽分の重さ

 妻が死んで1年が経った。


 法事に来ていた娘たち夫婦は昨日帰ったばかりだ。

妻の墓に今日も線香を供える。

娘夫婦は同居しようと勧めてくれるが、妻と共に過ごしたこの地を離れる気にはなれず断っている。

一人暮らしにはずいぶん慣れてきたと思うが、静かになった家にいればやはり思い出されるのは妻のことばかりだ。

気晴らしの散歩。

だが向かう先はいつも同じで妻の墓だった。

気温はずいぶんと暖かくなってきて桜の花はすっかり散り、若葉の眩しい季節だ。


 そういえば妻と出会ったのもこんな季節だったなと思い出す。

妻はほがらかな性格で小鳥を買うのが好きだった。

インコや文鳥といったありふれた鳥ばかりだが、それまで俺は鳥を買ったことなどなかったものだから意外と人懐っこい ことに驚いたものだ。


 野鳥の鳴く声があちらこちらから聞こえる。

そういえば家の近くでツバメが飛んでいたな ということを思い出した。鳥たちも子育ての季節だ。

 墓地の井戸のそばで鳥の声がする。

近くまで来ているのだろうそう思って顔を上げたら、水道のすぐそばにスズメのヒナが落ちていた。

チイチイと鳴きながら、こっちを見分ける。

 ふと足を怪我していることに気がついた。

本来、 野鳥のヒナというのは触ってはいけない。

近くに親鳥がいるだろうし、触ることで親鳥は 寄り付かなくなるし、野鳥自身が病気を持っている可能性もある。

人間にとっても野鳥にとっても決して幸福なことにはならない。

だが俺は怪我したスズメの子供を放っておくことができなかった。

……これは緊急保護だ。

自分に言い聞かせてそのヒナを保護し、動物病院に連れて行った。

そうして先生の話のもと数日間ヒナを預かることになった。

怪我が治るまでの間だ。

チイチイという鳴き声を聞きながら、妻が病気だった時のやり取りを思い出していた。

亡くなる1年前、病院での話だ。


「21g何の重さだかわかる?」

「……なんだよ急に」

「魂の重さ21gなんだって。ちょうど小鳥1羽分ぐらいだね」

「……」

「私が死んだら小鳥になって会いに来るからね」

「バカなこと言うなよ」


 俺はコーヒーを飲み干した。

そうだスズメのヒナに名前をつけようか。

別に名無しでも困らないと言えば困らないのだが、こうして俺のところに縁があってやってきたわけだから……

 しばらく考えてから、チイという名前をつけた。

それはチイチイと鳴くからというのもあるが、独身時代に妻のことを『ちぃちゃん』と呼んでいたからだ。

妻の名前は千春という。

あまりにもバカバカしい考え かもしれないが彼女がこのスズメの子を俺のところによこしてくれた様な気がした。


彼女の魂がスズメになって会いに来たとは思わないが……


 チイは日に日に元気になっていった。

初めは入れた餌をちゃんと食べてくれるか心配したものだが全くの杞憂で、もりもり餌を食べおまけにひどく人なつっこい性格 らしく、俺の手や肩に乗ってくる。

怪我 もずいぶん良くなったらしい。

あちらこちら跳ねながら飛び回っている。

 放し飼い状態だからそのうち自然と出て行くのだろうと思う。

穏やかな日差しの中で 緑はほんの少しずつ 濃くなってゆく。


俺はチイを肩に乗せて妻の墓参りに行った。

いつものように散歩がてら。

チイは初めて会った 墓地の水道のあたりで飛び空へ舞い上がっていった。

それは短い間共に過ごしたチイとの別れだった。


青空の下で、妻の笑っている顔がふと思い出された。

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