シーグラスの涙

しとえ

シーグラスの涙

 海へ行こう。


 そう思ったのはテレビでシーグラスの工房のニュースをやっていたからだ。

何気なくつけた夕食後のニュース。

その工房は私が昔、父と言った 海の近くだった。海で拾ったシーグラスをネックレスや指輪に加工してくれるらしい。

明日は休日だ。

電車に乗って出かける。

おそらく2時間から3時間ぐらいはかかるだろうが、車窓の外の風景を眺めながらずっと父のことを思い出していた。

 父が亡くなったのは私が4歳の時。

交通事故だった。正直言って思い出はあまりない。


 そんな父との思い出は唯一、一緒に海に行った時のことぐらいだろうか……

「ねえパパ見て宝石見つけたよ」

「すごいじゃないか」

そう言って父は頭を撫でてくれた。

「グミみたいとっても綺麗」

私がそう言うと笑顔で、

「シーグラスだね。海が作った宝石だよ」

私はその後も必死でシーグラスを探した。

小さな子供の両手いっぱいのシーグラス。

帰りに飲んだラムネの瓶を洗ってそこに入れた。

淡い月明かりのような、ぼやけた色合いのシーグラスは瓶 いっぱいになって私は宝物を手に入れたつもりで大事に 抱えて帰った。

 優しかった父との思い出。

だがもう思い出せるのはそれだけなのだ。

その後シーグラスだが大切に保管していたはずなのに学生時代 引っ越した時に失くしてしまい、とてもショックだったのを覚えている。

他人から見れば価値のないただの硝子のかけらに過ぎないかもしれないが、それは父との思い出に彩られ、海の歳月と硝子という人工物、つまり誰かの手によって作られ打ち捨てられ 再び 海の中で生まれ変わった存在なのだ。

ばかばかしいかもしれないが、私にとっては下手な宝石よりも美しく価値があるものだった。


半透明のぼやけた朧月の様な硝子のかけら。


 それはもうとっくの昔に失われてしまった、私の時間。

なんとなくもう一度見に行けば取り戻せるような気がした。

空は灰色、海もまたくすんだ色をしていて波ばかりが白い。

シーズンではないため人気もなく、誰一人浜辺を歩いていなかった。

洗れた砂を手で撫でて、シーグラスを探す。

小さなかけらが砂の中から姿を見せた。

白くて小さなそのかけらは朧月のようだった。

どこまでもぼやけていて、そして優しい色。

空に向かってかざせば、ほんのりと透けて向こうが見えるよな気がした。

『すごいじゃないか……』

記憶の中の音声が再生される。

父の撫でてくれた優しい手。

シーグラスを探しながら、あの日の私は再び私の前に現れる。

幼子だった私。

いつのまにか持ってきた小さなビニールの中にたくさんのシーグラス。

あの日のようにラムネ瓶に詰めようか……


だが私はそのシーグラスを持ってテレビで放映されていた工房へと向かった。

シーズン外であるため シーグラスを持って訪れる客は少ないが工房自体は他にもアクセサリーや金属加工などをおこなっているらしい。

「できましたよ」

そう言って渡されたシーグラスのネックレスは涙の形をしていた。


父との思い出、幼かったあの日。

それを身につけ私は生きてゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シーグラスの涙 しとえ @sitoe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画