ラジオから愛の歌を
しとえ
ラジオから愛の歌を
カセットテープをセットしてラジカセのスイッチを押す。
再生されるのはずいぶん昔のラジオの音声。
これを録音した日のことを思い出す。
もう3年も前のことだ。
「あのさ今日の夕方6時からのFMのサンデーミュージック録音して」
「いいけど…何、聞きたい番組があるの?」
「いいからさ!」
夫はちょっとぶっきらぼうにそう言うとカバンを受け取り玄関を出て行った。
なんとなく照れているように見えたが気のせいだろうか…
今日は遅番だから帰ってくるのは10時近くになるだろう。
夕方家に帰ってきて台所周りを片付けながら食事の準備を始める。
「……いっけない!」
しまったラジオの録音忘れるところだった。
慌ててカセットテープをセットすると録音を押す。
すでに番組の開始から15分が経過していた。
ごめん撮り損ねちゃった。
心の中で夫に謝る。
しかし何だって夫はこのラジオを今日に限って録音してくれなんて言ったんだろう。
確かに夫の好きな番組ではある。
そんなに聞きたい曲があったのだろうか。
そんなことを考えながら、野菜を刻み鍋に入れる。
今日はシチューだ。
付け合わせにサラダ とちょっとだけ果物。
シチューらメイン料理になるから、ほんのちょっと副菜があれば十分だと思う。
最も夫はシチューを汁物と考えているタイプだから何かメインの肉類を欲しがる。
まあ基本的に肉類が好きなタイプだけど。
健康のことを考えるともう少し控えてほしいかなと思う。
ただ私の食欲と彼の食欲の違いを考えるとそれはちょっと酷かもしれない。
……とはいえ最近食べ過ぎで夫は結婚前より10kgぐらい体重が増えてしまったのは確かなのだが。
鍋の火をかけラジオの音楽を聴く、45分ぐらいの番組だからそろそろ終盤のあたりになる。
「それでは最後に皆様のお便りコーナーだよ。今日はありがとうのメッセージを紹介するね!それでは1枚目は、『るみママちゃん大好きさんから』」
その名前を聞いて私はドキッとした。
私の名前は、春美。
夫は独身時代の付き合っていた頃ずっと私の事をルミちゃんと呼んでいた。
いや、偶然に違いない。
いやいやいや、それだったら夫はわざわざラジオを録音してなんて言わないかもしれない。
どうしよう、心臓がバクバクする。
ラジオの音声はメッセージを読み上げる。
「いつも頑張ってくれてるママへ、お礼を言ったりするのが苦手でいつも感謝しているけど君への思いを少しも伝えられないのでこの曲をリクエストします。『君に送るありがとう』それではいってみよう!」
ラジオから音楽が流れる。
君に言えない言葉があるんだ
どうか聞いてほしい僕の思いを
いつも美味しいお料理 ありがとう
いつも 洗濯してくれてありがとう
いつも笑っていてくれてありがとう
君にいっぱい 言いたいありがとう
僕はどうしても言葉を伝えるのが
苦手だからね言いたいことが
言えなくってだから歌うよ
いっぱいいっぱいありがとう
不器用でダメな僕だけど
伝えたいよこの想い
ありがとうありがとう
感謝を込めて 君に ありがとう
私はカセットテープを止めた。
何度聞いても顔が真っ赤になる。
録音してからもう3年も経ってるのに。
ドキドキする……どうしよう。
うまく言葉で言えないのはきっと私も一緒だ。
玄関で物音がした。彼が帰ってきた。
ありがとう、私もそう伝えたい。
ラジオから愛の歌を しとえ @sitoe
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