第2話 『アマミヤ家改革・零歳児の静かな反逆』

アマミヤ家に来てそろそろ半年。

表向きは、俺はまだ「ようやく喃語を覚えた赤子」である。だが実態はまったく違う。魔力操作でペンを浮かせて帳簿を読み、商家の取引記録を洗い、父の机に積み重なった書類をこっそり精査する毎日だ。


そして気づいてしまった。


――この家、貧乏貴族を名乗ってるけど、貧乏にしてるの身内だわ。


まず、領地の収支に妙な穴がある。

収穫量と納品数が噛み合ってないし、街道整備費が年ごとに跳ね上がってる。

領民から集めた税が“途中で消えてる”形跡すらある。


いやいやいや。

原作で「家計を支えるため奮闘する苦労人」って設定の父上、これ絶対わかってないでしょ……。


「……あー……」


赤子らしく喉を鳴らしつつ、俺はルートンの後ろで帳簿を魔力で操り、収支表をまとめ直す。

執事のルートンは俺が紙をぺらぺら浮かせているのを見るたび、血圧が上がりそうな顔をするが、彼は賢い。

俺が何をやっているか、ある程度察しているようだった。


「キルト様……これは、まさか……」


俺はにこりと笑った。

赤子の笑顔は最強の武器だ。


「ん、んー!」


言葉にならない声に偽装しつつ、作成した簡易帳簿をルートンに手渡す。

彼は真剣に目を通すと、しばし無言になり、すぐに父母を呼びに行った。


―――


「……こ、これは……本当に、うちの領地の数値なのか?」


驚きに眉を寄せたのは当主である父、アマミヤ・ガルソン。

誠実だけど、やや抜けてるタイプの男だ。

母のセレスティアは優雅に茶を飲みながらも、視線は鋭い。


「わたくし、以前から怪しいとは思っていましたが……まさかここまでとは」


「街道整備費……倍以上も……?」


俺は赤子らしい声で「あー!」と手を伸ばし、次の紙を浮かび上がらせた。

そこには、誰がどのタイミングで“余分に持っていったか”の推定が記してある。


父が青ざめ、母が目を細める。

ルートンはすっと背筋を伸ばした。


「……三男キルト様が、ここまでなさっていたと?」


「ば、馬鹿な……生後半年の子供が……?」


まあ普通はそう思う。

だが俺が説明できるわけもないので、赤子ボイスでごまかす。


「ん! んんー!」


母が俺を抱き上げ、優しく頬を寄せる。


「……あなた、この子……天からの贈り物かもしれませんわ」


いや、転生者です。


父は額を押さえつつも、帳簿をもう一度見た。


「これを元に、領地を立て直せる……。だが、誰が……どこから……」


俺は浮遊魔力で紙の端をつつき、“犯人候補”を示す。

そこには家臣の名と、取引先商人の癖、金の流れの不自然な点をまとめておいた。


「……完全に、第三者の視点だな……。ルートン、調査を」


「承知しました」


こうして、アマミヤ家は静かに改革の道へ進み出した。


―――


そして——

当然、俺が黙っているわけもない兄弟たちの耳にも噂は届く。


「おい三男坊。最近ちょっと調子に乗ってないか?」


長兄のマロスが、俺の遊戯室に踏み込んできた。

次兄のカインも後ろで腕を組んで睨んでいる。


……うん、この二人は典型的な“原作に出てきた嫌味兄弟”だ。

だが俺も、あの頃のアマチャンマンとは違う。


「ふぇ……?」


とりあえず赤子ムーブを装う。

だが、長兄が手を伸ばしてきた瞬間、俺は魔力でぴしゃりと指を弾いた。


「いっ……!」


「……なんだ今の?」


二人が揃って俺を見る。

俺は静かに、魔力でペンを持ち上げた。


兄弟たちの顔がこわばる。


「ま、まさか……魔法?」


「半年で浮遊魔法……?」


俺は心の中でため息をついた。

そりゃ驚くだろう。俺も驚く。


「んー……」


ペンの先を床に向け、滑らかに文字を書く。


 ――《テストしようよ》


「……読んだ、ぞ……? 字を書いたのか……?」


カインが喉を鳴らす。

俺は次に、二人の名前を書き、横に小さく点数表を描いた。


《計算・読解・魔力操作・倫理観》


「え、り……りりかん?」


長兄が噛んだ。

俺は「違うよ」という意味で、軽くペンを揺らす。


兄弟二人が顔を見合わせる。

しばらく沈黙した後、カインが息をついた。


「……やってやるよ、三男坊」


―――


テストは簡単だった。

普通の識字と計算、それから倫理の問題は「領民から余分に税を取った場合の影響は?」というもの。


結果。

長兄:読解ぼろぼろ、計算普通、倫理×

次兄:武の男らしく計算が壊滅、倫理も微妙。


「ぐっ……!」


「こ、これ……作ったのお前か……?」


俺はうん、と頷く。


「半年の赤子に負けた……?」


その瞬間、彼らの中で何かが崩れた音がした。

そのあと、代わりにしゅん、と萎むように態度が変わった。


……まあ、兄弟が素直ならそれに越したことはない。


「俺ら、少し……お前を侮ってたみたいだ……」


長兄がぼそりと言い、カインも「……悪かった」と視線を逸らした。


うん。

よろしい。


次は“喧嘩”での勝利だ。


魔力操作で軽く押し倒すだけだが、兄弟たちは完全に負けを認めた。

これで家の序列は実質的に修復された。


―――


「キルト様、本当に……お強いのですね」


ルートンの声は、いつもより少し柔らかかった。

リリィが俺を抱き上げ、頬を寄せながら笑う。


「キルト、えらいえらい!」


末妹リリィの柔らかな笑顔を見ると、胸の奥が少し温かくなる。


ルートンもまた、優しい目で俺を見た。


「……どうか、この家を導いてください」


俺は照れたふりをしつつ、二人の頬を小さくつつく。


「んー!」


――アマミヤ家更正、成功。


次は……主人公たちの番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る