第3話 『盗賊団殲滅と、未来の主人公の人生改変』
アマミヤ家の更正を終えてから数週間。
領地は少しずつ健やかさを取り戻し、父母は帳簿と向き合いながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。兄弟たちも素直になり、最近ではカインが「鍛錬は毎日一緒にするぞ」などと言ってくるようになった。
だが――俺の目的は、ここで終わりではない。
この世界の“物語”を歪め、主人公たちの闇の道を断ち切る。
そのためには、彼らの最初の分岐点である“盗賊団の襲撃”を潰す必要がある。
「……そろそろだな」
俺はまだ一歳にも満たない幼児で、喃語も満足に話せない。
だが魔力操作で紙に文字を書くことはできる。
《ルートン でかけるよ》
「……また、何かあるのですね?」
ルートンの表情は、もはや驚きよりも覚悟の色が濃い。
執事である彼は、俺が時おり“未来を読んだように”動くことを不思議に思いつつも、決して問わなかった。
そして、もうひとつ。
リリィが俺の袖を掴んでいた。
「きると、どこいくの?」
彼女はまだ五歳。
しかし、俺に向ける眼差しには妙な直感が宿っている。
《すぐかえるよ》
そう書くと、リリィは小さな口をぎゅっと結び、やがて頷いた。
「じゃあ……いってらっしゃい。ちゃんと、かえってきてね」
胸が少し温かくなる。
俺はルートンに抱かれながら、馬車に揺られて村外れへ向かった。
―――
――主人公が生まれた村、ミーヴ村。
この村は原作で“主人公の悲劇の原点”として描かれる場所だ。
彼の一歳の誕生日、
その後、主人公は逃げ延び、奴隷として働かされるヒロイン(当時は赤子)を守るために、悪事に手を染めていく。
だが今、ヒロインはまだ“母親のお腹の中”にいる。
つまり、今ここで盗賊団を壊滅させれば、彼女も主人公も――世界も――大きく変わる。
「……来たな」
鬱蒼とした森の奥、篝火が揺れている。
盗賊団の根城らしき廃砦の前に見張りが二人。
だが俺はもう、生後半年で盗賊を倒した時の赤子ではない。
俺は魔力を纏い、ルートンの影からするりと抜け出した。
「キルト様!?」
《まってて》
地面に魔力で文字を残し、砦へと近づく。
見張りの足元に、小さな魔法陣が光った。
「な、なんだ――」
直後。
爆ぜたような衝撃が走り、二人は意識を失った。
俺が新たに編み出した《圧縮甘露>衝撃波》だ。
子供の力とは思えない魔力を一点に凝縮し、瞬間解放する。
内部に気づかれぬよう、静かに砦に侵入する。
暗がりの中、酔っ払った盗賊が酒瓶を倒しながら笑っている。
「明日の襲撃、楽しみだな。村人全部売れば、しばらく安泰よ」
「孕んでる女もいるらしいぜ。高く売れるぞ」
……原作でもこの会話はあった。
当時読んでいて胸糞だったシーンだ。
「んー……」
俺は手のひらを前に突き出す。
周囲の甘露(魔力)を吸い上げ、天井の梁に魔法を仕込む。
ぱんっ——。
一瞬で砦の内部が青白い光に飲まれ、盗賊たちは床に転げ落ちた。
「な、んだ……ぐ……!」
「ぉ……おい……こど……」
大の男たちが幼児ひとりに蹂躙される光景は、どう考えても異様だ。
だが、これでいい。
彼らが未来で主人公の人生を狂わせる方がよほど異様だ。
奥の部屋にいた首領格を見つけた時、男は驚愕に目をむいた。
「赤子……? いや、お前……どうやって……!」
答えるつもりはない。
俺は魔力を足元に叩きつけ、衝撃で男の武器を弾き飛ばす。
「ひ、ひぃ……!」
《もうわるいことはできないよ》
床の砂を利用して文字を描くと、首領の顔が蒼白になった。
「お、お前……何者だ……!」
一瞬考えた。
ここで名乗ってもいい。
どうせ“アマチャンマン”は原作の世界では噂だけの存在だし、名付けても悪くない。
《アマチャンマン》
首領の目が泳ぎ、最後に力なく倒れた。
――
―――
「き、キルト様……!」
森の外で待機していたルートンが、砦から煙が上がり始めたのを見て駆け寄ってきた。
「お怪我は……!」
《だいじょうぶ》
幼児の字でそう書くと、ルートンは深々と息を吐いた。
「……あなた様が、いずれ何をなさる方なのか。想像もつきません」
その言葉は、どこか誇らしげでもあった。
砦に残された金貨や武具はすべて回収し、村に戻る。
襲撃予定前日の夜。
村人たちはまだ何も知らず、穏やかな時間を過ごしていた。
「このお金……? こんな大金、どこから……?」
村長が震える声で尋ねてくる。
俺は魔力で文字を書く。
《おねがい にんげんを うたないで》
「……!」
村長は膝をつき、俺を抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう……!」
ルートンが村人たちに説明している間、俺は辺りを見回す。
この穏やかな風景が、主人公の心に刻まれる未来ならいい。
ヒロインは母親の腹の中。
父親は温厚そうな人物で、村も平和そのものだ。
このまま二人が普通に育てば――
主人公が世界を巻き込む悪行に手を染めることはない。
復讐も、苦しみも、必要なくなる。
―――
「……では、私たちはこれで」
ルートンが馬車を用意してくれた。
帰り際、村長が深々と頭を下げる。
「あなたは……我々の恩人です。願わくば、また村へ……」
俺はゆっくり手を振った。
――これで、主人公とヒロインの運命は変わった。
あとは、彼らが健やかに成長するのを見守りながら、近くで管理しつつ、必要なときに手を貸せばいい。
「……キルト様」
ルートンが小さく微笑んだ。
「あなた様のなさったことは、必ずや未来をよい方向へ導くでしょう」
俺は念話も言葉もまだ使えない。
けれども、胸の奥でしずかに言葉が浮かんだ。
――これで“主人公の闇落ち”は予防完了だ。
そして、次は。
世界を書き換えるのに、もっと大きな“基盤”が必要になる。
読者公募の俺キャラに転生したんだけど設定盛り過ぎで主人公を食えるから作者が一発キャラにしたのは正解なんだなって現地で思うなどした 風 @fuu349ari
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