夢喰い紳士
しとえ
夢喰い紳士
悲しき夢よ 恐怖よ
辛さから生まれた怪物よ
どうかこの夢を食べておくれ
夢の中ですら
安らげないのなら
この世は地獄
どこにも逃げることすらできない
夢よ夢よ夢喰いよ
どうか私の夢を食べておくれ
窓辺にはドリームキャッチャー、アロマオイルを炊いてよく眠れるという枕。
どうか悪夢を見ませんように……
「バク、バク、バク」
悪夢を食べてくれるおまじないを唱える。
もちろん睡眠薬は飲んだ。
寝つきが良くなると言うからホットミルクも。
ここまで書けばわかるだろうが、私はともかく夢見が悪い。
夜が来るのが怖い眠るのが怖い、だが人間というものは睡眠を取らなければ死んでしまうもので当然私も1日に最低限の睡眠は必要となる。
また睡眠を取らなければ体力は低下し、健康被害は甚大だ。
眠るという行為は必要なわけだが私にとって幸福だった記憶はあまりない。いつからこんなに眠るのが怖くなったのだろう。
大概は夢を見てそれは悪夢である。
昨日見た夢はどんな風だったか…そうだみんな死に絶えてしまったのだ。一人一人死んで消えて私1人。街中に怪物が闊歩し叫び声が聞こえて、私は耳を塞ぎ目を閉じて、それなのに怪物の姿が見える。どこかに逃げ出したいのにどこにも行けず、泣くこともわめくこともできず声を殺してそこから一歩も動けない。
また夢が切り替わって今度は別の悪夢だ。
私は何かから逃げている。
ひどく汚いところにいて、あぁ多分ここは水回りだ。掃除しても掃除しても綺麗にならない。
糞尿が溢れかえっていて、掃除したと思えばまた水が詰まり溢れ出し糞尿まみれになってしまう。
よくわからない閉塞感と何かに追われている感じ、いくら片付けても掃除しても全く綺麗にならない世界。
また別の悪夢が始まる。私は得体の知れない巨大なショッピングモールとも博物館とも駅の地下とも言えないような建物の中にいる。人はいっぱいいるのに顔は全く見えない。話しかけても何を言っているのか全く通じない。一体ここはどこだろう?得体の知れない不安が胸を押しつぶす。どこかに行っても一体どこに自分がいるのかさっぱりわからない。そうこうしているうちに世界が崩壊し始める。一体何に私は怯えて潰されてゆくのだろう。いけないまた私が死んでしまった。
世界はオールカラーのはずなのにひどく薄汚い、その上暗い。
そしてどういうわけだかいつも終わりかかっている。
夢から覚めれば 訳が分からず泣いていたり、不安に押しつぶされそうになっていたり、悪夢から逃げて現実世界もやはり悪夢のようなものだ。
どこにも逃げ場がない。
お願い助けて!
そう叫ぶが声は出ない。
そもそも夢の中で音声は酷く不鮮明だ。
ノイズがかかっているわけではないが、ノイズがかかってるかのように聞こえない。
足取りは重く、そのくせ痛みははっきりと記憶に残る。
……よくアニメなどで夢かどうか確かめるのに頬をつねったりするが、私の場合、夢の中の痛みははっきりと記憶に残っているのだ。
どこがどう痛かったかは分からないが、目が覚めれば痛かった記憶だけがはっきりと残っている。
今日もまた夢を見る。
一体私はどこを歩いているのだろう?
周りが死体だらけだ。
死体がネチャネチャする。嫌だなと思うが、どうすることもできない。怪物の声がする、あぁまた始まった……
私は必死で逃げている、もう少しで追い付かれそう!
「助けて!助けて誰か!」
そう叫んだ時に誰かが私の手を掴んだ。
夢の中ではっきりと自分の声を出せたのは、ほぼ初めてなんじゃないかなという気がする。
もちろんそんなことはないのだが、話しても実感として声が潰れて何を言っているか自分でもわからなくなってしまうのだ。
私は何者かに抱えられている。
ふわりふわりと空を飛んでいる。
――空に月
あんなにもはっきりと。
夢の中では光というのははっきり見えない。
どこまでも薄ぐらい夢の中で、月明かりがはっきりと見える。
それは美しく私を包み込んでくれる。
自分を抱えて空を飛んでいるのが歳の若い紳士だというのがわかった。
いつも顔などはっきり見えないのに……
瞳が赤いのがわかる。
それは朝焼けの光に似ていた。
下には怪物。
うめき声をあげ世界を食い潰す。
「ダメ、下には降りないで!怪物に食べられちゃう」
私はとっさに叫んだ。
紳士が笑ったのがわかる。
「お嬢さん、こんな怪物は私が踏み潰してあげましょう」
彼はそう言うと怪物に向かって流れ星のように降りて行く。
怪物は彼の足元で小さくなってあっという間に消滅してしまった。
その時になってやっと私は彼の姿をしっかりと見た。
随分と古めかしい古風なコートをまとった紳士。
トンビコートというのだろうか?いや…二重回し?
彼はふわりとマントを広げる。
するとその世界の おぞましいものは全て消えてしまい後に残ったのは月明かり。
夜明けの光に似た瞳でふわりと笑う。
「ありがとうあなた誰?」
「あなたが呼んだんですよ。私のことを」
彼はそう言った。
そして歌うような節回しでこう言ったのだ。
夢というものは人間の心の鏡像である。
記憶の処理の残像から生まれ混ざり合い、混沌とした意識の中で成熟される。
夢というものは人間の心そのものを映し出すのだ。
今日もまた一人苦しむ夢を見る者がいる。
――夢喰いは夢の中へ――
悪夢は人の心の混沌、そのものなのだ。
「あなたの悪夢おいしゅうございました」
そうか私の悪夢を食べてくれたんだ。
その日から私は悪夢を見なくなった。
悪夢はきっと私の心の不安、悲しみ閉塞感。
行き場のない心たちだったんだ。
ドリームキャッチャーおまじない枕にホットミルク、それでも無理だから睡眠薬。心を必死で集めようとして、苦しいことから逃げようとして、だけどうまくいかない日々。
彼がやってきて食べてくれたんだ。
今日もまた夢喰いが悪夢を喰いに現れる。
夢喰い紳士 しとえ @sitoe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます