タイムカプセルとケーキ

しとえ

タイムカプセルとケーキ

記憶は永遠のタイムカプセルの中に

閉じ込められたかのように忘れられても

いつかその箱が開かれた時に

また思い出し時間は動き出すのだ

懐かしい思い出、希望や夢

それがたとえ叶わなかったとしても

ある時タイムカプセルの中から出てきて

それはキラキラと輝くのだ。


 壁に1枚の絵が貼られていた。

それは黄ばんで所々にシミのあるクレヨンで書かれたケーキの絵。


明は学校から帰ってくるなり、とても良い匂いがすることに気がついた。

キッチンに上機嫌の父がいる。


「お父さんこのケーキどうしたの?すごく美味しそう!」

「ふふふ、このケーキはな…」

父は何か企んでいるような子供っぽいようなそんな笑顔を浮かべた。

テーブルの上のケーキを父は切り分けると明の目の前に差し出す。

甘いクリームの味が口いっぱいに広がる、ふんわりしていて そして なおかつしっとり甘くて美味しいスポンジ、季節の旬の果物がふんだんに入っており、その下は上のものとは 食感の違うチョコレートのスポンジだ。

創意工夫がされたケーキは幸福を運んできてくれる。


 家の近くのケーキ屋は全国チェーンのお店だからいつ行っても大概メニューは一緒。

もちろんシーズンごとの限定商品は出るが、チラシや店の前の看板に載っている商品にはこのケーキはない。

一体このケーキはどうしたのだろう?

ふと台所の方を見ると 生クリームのついたボールが置いてある。だとしたらこのケーキは父が作ったのだろうか…


 物語は数日前に遡る。

同窓会に行ってくる

そう言って父の剛は家を出た。

もう30年ぶりだ。

小学校の頃以来だろうか。

集まったのはやはり小学校の教室の一室だ。

もちろん学校側に許可は取ってある。

30年も経つと同級生も随分と変わるものだ……

随分と剥げちまってまあ俺も変わったしな、などありきたりな事を考えながら同級生たちと盛り上がる。

ここにやってきたのは卒業式の少し前に埋めたタイムカプセルをみんなで掘り起こすためだ。

もちろん 来ていないメンバーもいるが連絡が取れる連中には後で郵送で送るという話になっている。

「確かここだったよな?」

「あぁ、ここで間違いないはずだ」

そんな話をしながらスコップを片手に 体育館裏の桜の木の根元を掘り始める。

当たり前だが木がずいぶんと大きくなっていて掘りにくい。

根っこを傷つけてしまわないように気をつけながら掘り進めていけば、コツンと何かに当たった。

それはみんなで埋めた タイムカプセルだ。

タイムカプセルというものは埋めて忘れられてしまったり、結局のところ掘り出そうとした時に周りの環境が変わって 掘ることができなかったり、あるいは埋めたタイムカプセルの容器にあたる部分があまり上等ではなかったためにダメになってしまうなどということはよくあることだ。

だからこうして掘り始めて数時間で掘り当ててしまうというのは実はとても運が良いことだったのだが、もちろんそのことに気がついているメンバーは少ない。

 三重になった缶を開けて中に詰めていたそれぞれの手紙を出す。手紙はいくらか 甘く 水が染み込んでいたとはいえ、よく持っていたものだ。


 封筒の中から出てきた画用紙を見て剛は何ともほろ苦い気持ちになった。

そこに描かれていたのはマジックとクレヨンを使って書かれたケーキの絵。

そうだ俺はパティシエになりたかったんだ……

子供の頃の夢というのは往々にして叶わない。

夢見てそれなりに努力はしてきたが、やはりいざとなった時に違う道を選んでしまった。

そもそも家族にパティシエになりたいというのがちょっと恥ずかしかったのもある。

何度かケーキ作りに挑戦してみたり、お菓子の本を買ったり、家で作ったことも実際にある。

だが行ってしまえば所詮その程度しかやってこなかったのだ……

本当になりたければもっと真剣に努力すべきだったかもしれない。違う道を選んだのはきっとそちらの方がふさわしかったのだろう。


けれど……


 その日、同級生たちと別れた剛は帰りに本屋で1冊の本を買って帰った。ケーキ作りの本だ。

今からパティシエを目指すつもりはない。

真剣に取り組むにはあまりにも努力が足りなかったと思うし、そこまで向き合う気持ちも持てそうにない。

けれど子供の頃パティシエになりたいと思ったその気持ちを、そのまま置き去りにするのはあまりにも悲しいと。

その日から少しずつ材料を揃え、仕事が休日の今日それこそ20数年ぶりにケーキを作ったのだ。

パティシエの仕事から見れば完全に素人だろう。

だが息子は喜んで食べてくれている。


壁の絵は夢の証拠。

いつか見た夢の……

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