第2章-1 森で目覚めたらポケット0アクア
目覚めた瞬間、俺は言葉を失った。まず目に入ったのは、空が消えていたことだった。
代わりにあったのは、果てしなく続く深緑の天蓋。
一本の枝が軽く数百メートルはあるだろう。
その葉は掌ほどの大きさで、裏側が淡い金色に透け、朝陽を浴びるたびに内部を流れる汁液が宝石のように瞬く。
光が葉脈を通るたび、微かな虹の筋が走り、それが無数に重なって、頭上全体がゆっくりと呼吸しているように見えた。風が吹く。
すると森全体が波打った。
ざあぁぁぁぁ……という、まるで遠い海のような音。
葉の波がこちらに向かって伝わり、俺の頭上を通り過ぎる。
その瞬間、無数の光の粒が降り注いだ。
粒は空中で小さなリング状の虹を作り、地面に落ちる前にふっと消える。
地面に届くまでに三回も色を変える粒もあった。足元は、まるで生きている絨毯だった。
厚さ50センチはありそうな苔が、深海のサンゴ礁のように盛り上がり、沈み、盛り上がり。
色は深いエメラルドから淡いミントへ、そして銀鼠へとグラデーションしている。
踏むたびに、ぷにゅっ、ぷにゅっと沈み、ほのかに温かい。
苔の表面を銀と金の菌糸が網の目状に走り、光を受けてゆっくりと明滅している。
まるで巨大な生き物の脈拍を踏んでいるみたいだった。空気は甘い。
滝のしぶきと、花の蜜と、朝露が混じったような匂い。
深呼吸をすると、肺の奥まで冷たく澄んだものが流れ込み、頭がくらくらするほど気持ちいい。そして、視界の彼方。世界樹ユグドラシル・コア。もう「木」と呼ぶのは失礼なレベルだった。
地平線を埋め尽くすほど巨大な、生きている塔。
幹の表面を、滝が逆さに流れている。
水は根元から吸い上げられ、幹を伝って雲の上へ、雲の上へと昇っていく。
その水しぶきが太陽光に当たって、常時十二重の虹の環を描いている。
虹は固定されておらず、ゆっくりと回転しながら色を増やし、減らし、増やし。
七色なんて可愛らしいものじゃない。
見たこともない深紅や、透き通った紫、燃えるような金色まで、無限に色が生まれては消えていく。風が強くなった。
世界樹の滝が轟音を立てて水しぶきを撒き散らし、
そのしぶきがこちらまで届く。
顔に当たった水滴は、冷たくて、少しだけ甘い。
一滴が頬を伝って落ちる瞬間、ぽっと小さな虹が俺の目の前で生まれて消えた。俺は呆然と立ち尽くした。
膝が震えた。
理由はわかった。この世界は、
俺が前世で一度も見られなかった美しさを、
最初から全部、容赦なく見せてくる。「……こんな場所が、本当にあったのか」ポケットに手を突っ込む。
やっぱり空。
所持金0アクア。
腹は減っている。
でも、なぜか涙が止まらなかった。前世では、コンクリートの壁と通帳の数字しか見ていなかった。
友達の笑顔も、恋人の横顔も、虹すらまともに見たことがなかった。なのに今、
俺の目の前には、世界で一番美しい朝が広がっている。その時、苔の上で小さな足音がした。
ぽん、ぽん、ぽん。
まるで光の粒を跳ねさせながら近づいてくるような音。「にゃはは~~~!」虹色の瞳をした、50cmの小さな住人が、
俺の目の前でぴょんと跳ねて、両手を大きく広げた。「おはよ~! 新入りさん、泣いてる~?」俺は涙を拭って、初めて笑った。
震える声で、でも確かに言った。
「……ここ、めっちゃ綺麗だな」
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