第6話

午後11時58分。


 日本中の画面が、一斉に暗転した。


 テレビ。

 スマートフォン。

 駅構内のデジタルサイネージ。

 深夜営業のコンビニのモニター。

 病院の待合室。

 警視庁の監視画面ですら——例外ではなかった。


 一秒。

 二秒。


 そして、奴が現れる。


 ピンク色のフリル。

 不自然なほど大きな瞳。

 ハート型のステッキ。


 ——プリクラで限界まで加工されたような、“イタさの極地”の顔。


 そして、少女の声。


「やっほ〜♡…日本のみんな、起きてるかな?」


 ふざけたイントネーション。

 甘ったるい語尾。


 SNSでは即座にコメントが溢れ出す。


「きたwww」

「待ってました」

「この時間に草」

「また来たよこの子」


 だが、迅は——笑えなかった。


 脳の奥が、ぎゅっと掴まれる。


(来た……)


魔法少女“X”は、くるりと一回転する。


「明日はね〜、いよいよ“中間テスト”だよ♡」


 ハートのエフェクトが画面を埋め尽くす。


「みんな、ちゃんとお勉強した?脳みそ、使ってるかな〜?」


 くすくす、と笑う。


「テストはね、簡単だよ!ペンも紙もいらな〜い♡

 ――スマホもテレビもなくて大丈夫♡」


 その言葉に、

 一部の視聴者が一瞬だけ黙った。


 だがすぐに、空気は元に戻る。


「設定凝ってるな」

「配慮してる風で草」

「フェアでえらい」


 迅の額に、冷や汗が浮かぶ。


(……“いらない”って言った。つまり——脳そのものを使う)


 魔法少女Xは、画面に顔を近づける。


 不自然なほど、近い。


「中間テストの結果はね〜、朝9時ちょうどに出るよ♡」


 ハートの中に、デジタル時計が浮かぶ。


 08:59:59


「それまでにね、“基準点”に届かなかった脳みそは——」


 ステッキを振る。


「どーん♡」


 可愛らしい爆発エフェクト。

 花火みたいな音。


 笑い声。


「心配しないで♡

 ちゃんと一瞬だから♡

 痛くないよ♡」


 ——その瞬間。


 迅の視界が、一瞬だけ歪んだ。


 映像の“裏側”が、重なって見える。


 ピンクのエフェクトの奥。

 ハートの裏。


 数字。

 波形。

 評価軸。


(……これは……)


 魔法少女Xは、両手を振る。


「それじゃあ、明日——結果発表で会おうね♡」


 一瞬、声が——低く歪んだ。


 ほんの一瞬だけ。


「……“お勉強しなかった子”は、ちゃんと反省しようね」


 そして、元の可愛い声に戻る。


「ばいば〜い♡」


 画面が暗転。


 すぐにSNSが爆発する。


「明日9時www」

「演出ガチすぎ」

「社会実験かな?」

「ドッキリだろ」

「政府仕事しろw」


 誰も、本気にしない。


 だが—―公安の一部屋では、誰一人笑っていなかった。


 迅は、震えていた。


「……今の一瞬、声が変わりました」


 蒼馬は、ゆっくり頷く。


「ああ。解析班も同時に検知した」


 迅は呟く。


「……Xは、本当に“選別”する気です」


 そして、胸の奥で理解してしまった。


 これは止められない。少なくとも——“中間テスト”は。


 時計は、静かに進む。


 08:13:42

 08:13:43


 ——運命の朝まで、あと少し。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る