第5話

 中間テストまで、あと1日。


 あれから三日。

 街に広がっていた浮ついた笑いは、完全に日常の一部になっていた。


 ゲームセンターでは「魔法少女ダンス」なるものが流行し、

 SNSはコラ画像と音MADで溢れ返り、

 大学の文化祭では“魔法少女ショー”の企画すら立ち上がる。


 迅は、笑い声が満ちる街を歩きながら、

 その明るさが“地獄の手前の静けさ”に見えて仕方なかった。


(……絶対、おかしい。)


 そして放課後、呼び出しの通知が届く。


差出人:蒼馬


「今すぐ本庁に来い。……まずいことになった」


 迅は無言でスマホを握りしめた。


      ◇


  本庁地下・公安技術解析室で。


 蒼馬は迅を迎えると、すぐに部屋の奥へ誘導した。


「迅。例のざらつき……まだ感じるか?」


「たまに。でも、頻度は増えてる気がする」


 蒼馬は硬い表情で頷いた。


「……実はな。お前だけじゃない」


 迅の心臓がひとつ跳ねた。


「昨日から、全国で“報告件数”が増えてる。ただ、全員が気にするほどじゃない“違和感”程度だ。だが——問題はこっちだ」


 蒼馬は厚いファイルを迅に渡す。


 そこには、解析班が三日間徹夜で調べた“ログの異常”がまとめられていた。


◆ 《データ解析報告:要注意項目》


① 映像に“二層目の信号”が存在する

 ・可視映像とは別に、極微弱な“脳神経刺激パターン”と一致する信号が乗っている

 ・脳波のα波・θ波領域を“揺さぶる”設計になっている


② その信号は、一部の人間だけ強く反応する

 ・迅のログは通常の200倍の反応値

 ・その他、全国で数百名が微弱反応


③ 現行のAI生成技術・映像加工技術では再現不可能

 ・「どうやって作ったのか」専門家が全員沈黙

 ・脳科学でも説明できない「生体同期信号」が含まれる


④ 信号は日に日に“増大”している

 ・放映後も強度が上がっている

 ・通常のデータファイルは“強くなる”ことはあり得ない

 ・何者かが“今も送り続けている”可能性


⑤ 発信元のIP・ルートは完全に追跡不能

 ・世界中の回線を“物理的に同時刻で使用”したログ

 ・理論上不可能な“多地点同時発信”が確認される


 迅の口が少し開く。


「……人間ができるレベルじゃない」


 蒼馬も同じ表情だった。


「公安でも議論になってる。“人間が作れる映像ではない。ならこれは——何だ?”ってな」


 迅の背筋が凍る。


(奴は……こんなもの、どうやって)



 蒼馬はファイルを閉じ、迅の目を真っ直ぐに見る。


「迅。お前は、この事件に巻き込まれた……と思ってるかもしれないが」


「……違うんですか?」


「違う。お前は事件の。」


 迅の呼吸が止まる。


 蒼馬は続けた。


「奴――まあ仮にXと呼称するが…は…“反応が強い人間”に情報を送り続けている可能性がある。」


「お前に、だ」


 迅は一歩、あとずさった。


 脳の奥がまた、じわりと震える。


(まただ……)


 蒼馬は迅を支えながら、低い声で言う。


「迅。……中間テスト、マジで来るぞ。冗談でもネタでもない。俺たちは明日、何かが起こる前提で動く」


 迅は唾を飲む。


「……止められるんですか?」

 

 その問いに、蒼馬は沈痛な表情で首を振った。


「“何が起こるのか”、誰も分からん。だが……“脳神経を直接狙う信号兵器の可能性”で内閣は緊急会議に入った」


 それは——

 単なる魔法少女の悪ふざけではなかった。


 科学技術の“外側”に足を踏み入れた、人類未知の領域。


 そして迅だけが、それに深く侵入されている。


  そして——午後8時。


 迅の脳に、突然強烈な信号が走る。


(――っ!!)


 痛みではない。

 熱でもない。


 ただ“脳のまん中を掴まれるような感覚”。


 目の前に、映像の断片がちらつく。


 ピンク色の魔法少女衣装、ハートのステッキ、歪んだ笑顔――


 そして…


『中間テスト、 明日だよ♡』


 声が“聞こえた”。


 迅はその場に崩れ落ちそうになる。


(……これはもう……逃げられない)


 中間テストまで——あと12時間。


――“半分の国民が死ぬ日”が迫っていた。

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