第4話

 公安での聞き取りを終えた翌日。

 迅が学校へ向かう途中、街の雰囲気が昨日と違っていることに気づいた。


 コンビニ前には、大学生らしき若者たちがスマホを見せ合いながら笑っている。


「あれ見たか? “爆破しちゃうよ♡” リミックス動画!」

「誰だよこの神編集w」

「魔法少女垢、もう公式マークついてんの草」


 —SNSは、完全にお祭り騒ぎだった。


 *witter、*ikTok、*ouTube。

 どこを開いても、魔法少女の加工映像が溢れている。


 声真似動画、魔法少女のコスプレ、爆破エフェクト合成遊び、MAD動画、手描きファンアート、「期末テストまであと◯日」とカウントダウンするネタ垢…


 世間は、あの恐ろしい映像を——

 完全に“住民参加型の悪ふざけコンテンツ”として処理していた。


 迅は、背中に薄い不安が広がるのを感じた。


(……なんで、こんなに軽い?――怖くないのか?)


 昨日、公安で見た“ログの異常”。

 脳の奥に入ってきた“ざらつき”。


 あれを思い出すだけで、迅は胸が冷たくなる。


 だが、周囲の誰もそんな話はしない。



 天城高校の優秀な生徒たちでさえ、この騒動を“笑える事件”として扱っていた。


「見ろよ、このコラ画像!」

「中間テスト満点のやつだけ生存とか設定クソ重いのに、絵のせいで台無しw」

「声真似のやつマジで似てるな」

「魔法少女推しの子、増えてるらしいよ」


 凛が迅に話しかけてくる。


「迅、昨日のこと……蒼馬さんにどこ連れてかれたの?」


「……ちょっとした事情聴取。ログのことで」


 凛の表情が曇る。


「やっぱり、迅だけ変な反応出たんだ……」


 周囲はまだ笑っている。


 だが凛は、迅の異常を“気のせい”では処理しなかった。


「迅、なんか……怖い顔してるよ」


 迅はゆっくり首を振る。


「怖いっていうより……嫌な予感がする。みんな、軽すぎる」


「まぁ、誰も本気にしてないからね。いきなり爆破しますで信じる人なんていないよ」


(——でも、僕は“感じた”。本当に、あれはただの映像じゃない)


 自分だけが見ている地獄の入口。


 その感覚は、孤立と共に重く沈む。


 放課後、迅と凛が商店街を歩いていると、

 露店で「魔法少女ステッカー」が売られていた。


「ほら見て迅、あれ完全に流行ってるよ」

「……変な世の中だな」


 テレビの店頭モニターには、ワイドショーが映る。


「“魔法少女”は何者!?専門家に聞く!」

「映像の加工クオリティは?どこまで本気?」

「中間テストって何のこと?」

「ネットで急上昇中、魔法少女の人気!」


 真偽よりも、面白さを優先する空気。


 コメンテーターたちは口々に笑いながら話す。


「まぁ、実際に爆破なんてしないでしょ」

「あれはギャグでしょ。テロにしてはセンスが独特すぎる」

「魔法少女というキャラクター性から見ても——」


 凛が小声で言う。


「……なんか、ここまで軽く扱われると逆に怖いね」


 迅は呟く。


「多分……こうなることを奴は分かってる」


「え?」


「人は、理解できないものを“笑い”とか、“崇拝”に変えて処理する。だから、危険への警戒も減る。奴はそれを利用してる気がするんだ」


 凛は息を呑む。


「迅……それ、本気で言ってる?」


 迅は頷いた。


「僕だけに“届いた”信号。あれがただの冗談ならいい。

 でも……もし違うなら」


 その瞬間——迅の脳の奥が、ふっと“ざわり”と震えた。


(……っ)


 あの気持ち悪い感覚。


 昨日より“強い”。


 凛が気づく。


「迅!? 大丈夫!?」


「……っ、まただ……!」


 息が詰まる。


 頭に触れられたような感覚。

 背筋が逆立ち、視界の端がざらつく。


 ——まるで“遠くから信号が送られた”ような。


 迅は確信する。


 これは偶然じゃない。

 “何か”が動き始めている。


 しかし、街は笑い声で満ちていた。


 『中間テスト』まで、あと5日。

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